沈黙のウェスティーニ

第6話 誰ガ為ノ再会

 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…………。


 肩で呼吸をしながら、荒くなった息を整えるジョーカー。一方で、イージスは平然と大きな壁を見つめていた。


「お前、意外と体力あるんだな……」

「まぁ、そこそこ?」

「知っているか、イージス。時に謙遜は皮肉になるんだぞ」


彼はイージスの肩に顎を乗せると、「一休み」と言って脱力した。イージスは、それをお構いなしに歩を進める。


「こっちだ」


ずるりと振り落とされたジョーカーは、一度はイージスを睨みつけたものの、すぐ諦めて彼に続いた。


 ウェスティーニ、唯一の入り口。そこには、黒いスーツを着たガタイの良い男が二人。見た目は完全に裏社会の者である。威圧感が凄い。


「イージス=アルタナヴィアです。突然の訪問ですみません。妹のサラに会いに来たのですが、通していただくことは可能でしょうか」


イージスは恐れることなく、しかし下手に出て話す。流石は、セントラシルドで国王補佐をしていた男である。


「アルタナヴィア……? サラの、兄……」

「ジグルド様の息子か!」


やはり父の名前が先に出てくるか。イージスは内心、苦い顔をしたが、表向きは柔らかな笑みを保ったまま


「はい。ジグルド=アルタナヴィアは、僕の父です」


今度は父の名前を持ち出した。


「どうする? 構わないと思うが」

「しかし、隣の男は」

「ジグルド様の息子の連れを追い出すのか?」

「追い出したら、印象は悪いよな……。だが、長男の件があるだろう。わからんぞ」

「イージスって、セントラシルドの奴だろう。中立国の男が、まさか、わざわざ闇族に喧嘩を売るか?」

「違う、問題は隣の男だ。中立国だからこそ、光族の奴もいるだろう。闇族とは限らん。見たことのない男だ。万が一、ジグルド様の息子を利用する、光族のスパイだったらどうする」

「それもそうだが……」


二人はコソコソと相談を始める。入国の判断に迷っているようだ。長くなりそうな予感。と、その時だった。


「イージスお兄ちゃん〜!」


まさに目的の人物・サラが門番二人を軽々押し退け、イージスに抱きついてきた。イージスと同じ黄緑色の瞳に、兄とは違い、美しい金髪の長い髪。やや控えめの胸。頭上のアホ毛は兄に会えた喜びを示すように、ぴょこぴょこと揺れ動いている。年はイージスの二つ下であるから現在は十八である。だが、その無邪気な様子と小柄な容姿は、十三から十五ほどの少女を想像させる。


「サラ! 久しぶりだね」

「え〜ん、お兄ちゃん、会いたかったよ〜!」

「僕もだ。元気そうでなによりだよ」

「お兄ちゃんも、ね!」


突然の出来事に、門番の男たちは狼狽える。


「サ、サラ! 何故、ここに……」

「お兄ちゃんの気配がしたから! 全力で駆けつけたの!」

「この時間、お前、鍛錬は……」

「んー、抜け出してきた!」


ヒッ、と軽く悲鳴が上がる。みるみるうちに、顔が青ざめていく二人。その理由はすぐに判明した。


「どこに行くつもりだ、サラ」


聞き馴染みのある声が、緊迫した空気を運ぶ。その声の先には、父・ジグルドの姿があった。サラに対する怒りを纏った彼は、まさに鬼そのもの。門番たちは今にも泣き出しそうな様子である。それもそのはず。ジグルドは、門番以上にガタイが良い。身長は二百センチと長身、細身だが筋肉量は凄まじい。真っ赤な瞳に、短く、整えられた黒髪。彼が闇の王だと言われても、納得できるほどの容姿である。実際は違うが。更に言えば声が低い。地を這うような低音が、脳へと響き渡る。


「お父さんっ! イージスお兄ちゃんが会いに来てくれたんだよ!」

「イージスが?」


上機嫌なサラの言葉に、ふと父の声が和らぐ。


「ひ、久しぶり。父さん」


ぎこちなくもイージスが声を出せば、


「イージス、イージスか! はっはっはっ! 久しぶりだな。元気そうでなによりだ」


パッと明るい表情を見せ、息子の頭をガシガシと撫で回した。


「話したいことがたくさんある。歓迎しよう。私と共に来い」

「ありがとう。あ、あと彼も連れて行って良いかな?」

「ほう。そいつは?」

「僕の友人と言うか、相棒の、ジョーカー」


「よろしく頼む」とジョーカーはニッと笑ってみせる。


「ジョーカー……なるほど、本名は?」

「その件については、話すと長くなるけど」

「……訳ありか。わかった、お前もついて来るが良い。イージスの友人なら、歓迎しよう」

「ありがとう」


イージスは少し不安げに笑っていた。緊張しているのだろう。その背を、ジョーカーは叩く。


「しっかりしろ。大好きな家族なんだろ?」


彼にのみ聞こえる程度の小声。しかし、それに励まされるイージス。彼は自分の頬をバチンと両手で叩くと、父の後ろを堂々と歩き始めた。


 父に案内されたのは、まさしく、城。警備も万全であり、とても一般人が気軽に訪問できる場所ではない。まさか、父の実家はこの城だというのか。


「どうしたの? お家、入らないの?」

「いや、入るけど……城なんだね……びっくりしちゃった……」

「お兄ちゃんだって、王城暮らししてたみたいじゃん。噂は聞いているよ?」

「それとこれとは話が違うんだよなぁ」


サラとイージスの何気ない会話を、ジグルドは噛み締めるように聞いていた。そして自室まで来ると無言で扉を開き、三人を中に入れると、そっと鍵をかけた。

 部屋というよりは書斎に近い。本が棚に詰め込まれている。溢れた本は床に積み重ねられ、かろうじて動線があるくらいだった。


「待っていろ、用意する」


ジグルドは三人を椅子に座らせると、本を少しどかして机を出し、なんとか四人で話ができるスペースを確保した。


「まさか、イージスに会えるとは思わなかったからな。準備が全くできていない」

「だから日頃から片付けしなさい、って言っていたのにさぁ。父さんったら、相変わらず面倒くさがりで」

「お前だって大概だろう」

「私はちゃんと机の上は綺麗だし!」

「勉強しないからな」

「うぐっ……」


昔と何一つ変わらない親子の会話。イージスはそれを静かに、やや俯きながら聞いていた。


「ほら、茶でも飲んで休むと良い。ここまで、大変な道のりだっただろう」


受け取った紅茶は、昔と変わらない優しい味がした。それなのに


(苦しい)


イージスは喉の渇きを癒すように、一口、また一口と紅茶を口に含む。しかしその一口が喉を通るたび、針を飲み込むかのような痛みが彼を襲った。その痛みは、胸に流れて響く。平常を装いながら、イージスの心は満身創痍だった。


「早速で悪いが、その、『ジョーカー』という男は一体……」


ジグルドの問いに、息を飲み込み、イージスは答える。


「彼は元・囚人。殺人鬼だった人間だ。光族と闇族の両方を殺したいほど恨んでいる、光族の男だよ」


圧倒的に説明不足のイージスに、ジョーカーはわかりやすく焦る。焦りすぎて罵倒の言葉が「おいバカ!」「このバカ!」などと「バカ」しか出てこない。


「結論から話すのは良いが、そこで殺し合いに発展しそうな言葉のチョイスをするな。新聞の見出しじゃないんだから、そんなインパクトは要らん」


一方でジグルドは冷静だった。流石と言うべきだろうか、イージスをよく理解している。


「ジョーカーは光族から虐げられた過去を持つうえに、ただ光族だからという理由で闇族から暴行を受けた。光と闇……どちらにも居場所はなく、一人で生きてきたわけだ。だから、その復讐に燃えていた。結果、セントラシルドでは殺人罪が適応され、逮捕。無期懲役」

「そんな奴が、なんでお兄ちゃんと……?」

「僕が連れ出した。僕の相棒として。僕は恩人である国王を殺した戦争が、家族をバラバラにした戦争が、憎くて仕方ない。終わらせたいんだよ。でも力がない。だから、協力を頼んだ」

「自分と同じ、光族の味方でもなければ闇族の味方でもないコイツに、か」

「うん」


ジグルドは深いため息をつく。額に手を当て、息子の大胆な行動に感心する。あまりよろしくないが。


「たった二人だけで何ができる? お前には、平和に暮らしていて欲しい。だから私は、まだお前がセントラシルドにいると知っても無理に連れ戻さなかった。なのに、何故……」


父の暗澹のため息に、イージスは答える。


「真の平和を手に入れるためだよ」


意思の強い一言に、ジグルドはピタリと動きを止める。


「僕に力はないけど、神から授かった脳はあるだろう。この頭で思うことがあるなら、黙って考えているだけで終わらず、行動にしてみたい」


サラは父の横腹をつつくと、そっと苦笑した。諦めろ、とでも言うかのようだ。イージスは、昔からこういう人間である。ジグルドも、彼を説得することはもはやできないと悟ると、いよいよ諦めることにした。


「……わかった。情報くらいはくれてやる」

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