第7話 誰ガ為ノ故郷

 ジグルドは腕を組みながら話し始める。


「そもそも、この戦争は、光族が引き起こしたものだ。我々はそれに抗っているだけ。私は、共存できるならその方が良いと思っている」


だろうな、とイージスは苦笑する。むしろそうでなければ、純闇族で幹部クラスの実力を持つジグルドが、光族の妻……イージスの母を、心から愛し、家族のために中立国に身を置くことなんてないだろう。無理に母を連れ去って、というなら別だが、そんな雰囲気ではなかった。それにもし無理に連れて来たのなら、始めからこのウェスティーニにいるはずである。中立国にいる必要性はない。よって、互いに合意の上なのであろう。


「問題は光族と、過激派の闇族だ。奴らは見境なく人を殺す。女だの、子どもだの、関係ない」


ジョーカーの表情が、微かに歪む。身に覚えがあったからである。被害者としても、加害者としても。


「もし、戦争を止めたいと思うのなら。光族の拠点・イーシストールと、過激派闇族の拠点・ノースィスの国境が、必然的に、最後の戦場になる」

「……イーシストール。あのパトリックがいるところね」


サラは奥歯を噛み締めた。パトリック……姉・アグネスを殺した男であり、長兄である。


「パトリックとの戦いは避けられないだろう。『闇族を全滅させることで戦争を終わらせる』というのが彼奴らの方針だ。どうしても行くと言うなら止めはしないが……一つだけ、約束をして欲しい」


ジグルドは静かに目を伏せ、そしてイージスの目をじっと見つめ、視線を無理にでも合わせ


「死ぬな」


一言、強く言った。


「私は、大切な娘・息子たちを殺したくない。一度は見逃すことができたが、お前まで彼奴に殺されれば、私はもう彼奴を許せないだろう。私に、パトリックを殺させてくれるなよ」


哀願だった。既に目は逸らされている。もし、イージスがパトリックに殺されたら。いよいよジグルドは限界である。それはイージスも父の様子を見て悟った。


「……光族は自分たちこそ至高の存在であると信じて疑わない。我々闇族を劣等種として見ている。和解は無理だ。いや、無理だった」


だった、ということは経験があるのだろう。


「闇族が始祖なのに? 普通に考えて、オールマイティに能力を使える方が凄くない?」


サラの素朴な疑問に、ジグルドは一つ頷く。


「代償を払って能力を使う我々と、代償なしに能力を使える奴ら……奴らは自分たちこそ成功例だと、神に近い存在だと、考えているのだ」


「くだらねぇ」と、舌打ちをしてジョーカーは呟く。


「何が神だ。あいつら、ピンチになったらすぐにでも仲間を見捨てる外道だぞ。神どころか、人間以下の存在だろ」


過去に見捨てられた経験がそう言わせているのだろうか。ジョーカーは不機嫌そうに言う。


「だからこそ止めに行くんだろ。二度と悲劇が起こらないように」


イージスは静かに彼を宥めた。


「闇族の過激派は、どんな感じ?」


イージスが問えば、言いにくそうなジグルドの代わりにサラが答える。


「……本当、闇族の恥晒しだよ。光族と何一つ変わらない馬鹿。見境なく光族を殺すし、自分たちが正義だと思い込んでいる。関わりたくはないね」


神妙な面持ちの妹。イージスは、続けて質問を重ねる。


「逆に、ここの人たちはどういう感じなの? 闇族の本拠地にしては穏やかな印象だ。とても戦争している雰囲気じゃないよね」


今度はジグルドが答えた。


「ただ安寧を願う人たちだ。だから私はここにいる。ウェスティーニでは奪う戦いはしない。そもそも我々は争うつもりなどないんだ。もし戦いがあるとすれば、守る戦いだけだ」


 「百聞は一見にしかず。気になるならその目で見て来い」という父の助言を受けて、イージスたちはしばらくウェスティーニに滞在することになった。案内人に、サラを加えて。もちろん宿はこの城のような家である。



 __翌日。


 イージスはサラと共にジョーカーを引き摺るようにして連れ出し、街を歩いた。


「いや、だるいだるいだるい」

「文句言わないの! お兄ちゃんの用心棒なんでしょ? 仕事しなさい、仕事!」

「お前がいるなら安心だろ。街歩きなんかして何が得られるんだ。体力奪われて終わりだろ。やめだ、やめ。帰ろうぜ」

「こらっ、ジョーカー!」


実に賑やかなお供である。イージスは前を歩く二人の会話を聞き流しながら、街の様子をじっと見渡した。


 青く澄んだ空には、ふわふわと雲が浮かび、太陽の光が街を照らしている。小鳥の囀りと、賑やかな笑い声。平和を絵に描いたような街。


 イージスは、ほう、とため息を溢した。何か安心したかのような、柔らかい笑みを浮かべている。


「ご機嫌じゃん。どうしたの?」

「……いや、いい街だなって」

「お兄ちゃんも住む? 私たちは大歓迎だよ」

「僕にはもったいないよ。僕みたいな半端者が土足で立ち入って、こんな幸せな街を汚しちゃだめだ」


本心だった。サラもそれが本心だとわかった。反論しても聞かないだろう。だからこそ、それ以上は何も言えなかった。


「……お前は辛気臭ぇ雰囲気にする天才だな」


ジョーカーが「やれやれ」と首を振って見せると、イージスは静かに笑った。


 人が流れ、流れていく。


 この地がいかに平穏な暮らしを送っているかよくわかった。さて、そろそろ戻ろうか。そう考え始めた刹那のことであった。


「サラちゃん!」


一人の女性が、サラの手を引いた。妹が名前を呼ばれ、視界から外れた故、イージスは思わず妹の手を引いた女性の方を見る。赤髪の長髪を綺麗に流し、金色の瞳を輝かせている、所謂、美人。しかし


「……誰よ、あなたたち」


女性はイージスたちを睨んでいるではないか。確かに、サラとイージスはあまり似ていない。兄妹だと思えなかったのか、人攫いを見るかのような鋭い視線が向けられる。


「僕は……」

「イージス! いつも話している、例の、私の大好きなお兄ちゃん! ……とその連れ」

「おいコラ。連れって言うな、妹。イージスの相棒の、ジョーカー、な?」


イージスの自己紹介を遮り、代わりに、サラがイージスを紹介する。女性は「イージス?」と記憶を辿るように上を向くと、しばらくして、あっ、と手を叩き


「セントラシルドの救世主メシア!」


大きな声で叫んだ。それはもう、街全体に響き渡るくらいに。周りから注目される。ざわざわと噂が広がっていく。彼女が口にした二つ名に対しジョーカーがボソっと「絶妙にダセェな」と呟くものだから、イージスは自分の置かれた状況に赤面した。


「ごめんなさい、疑って。サラちゃんから噂は聞いているわ。はじめまして。私はヴィオラ。ヴィオラ=ローゼ。よろしくね」


女性は自らをヴィオラと名乗ると、深く丁寧にお辞儀した。


「イージス=アルタナヴィアです。妹がお世話になっているようで……」

「そんな余所余所しくしないで。サラちゃんにお世話になっているのは私の方だし。それに、あなた二十歳でしょ? 私と同い年! ほら、畏まる必要なし! 気軽にいきましょ?」

「えっ、あぁ、そうなのか? わ、わかった」


割と初手からグイグイ来る彼女に、イージスは困惑した様子であった。いつのまにか蚊帳の外になっていたサラとジョーカーは、互いに顔を見合わせると、苦笑を添えつつ、再び二人の方に目を向けた。


「そうだ! ウチに来ない? 両親にあなたをぜひ紹介したいわ」


ヴィオラの唐突な提案に、イージスは「えっ」と、それきり言葉を失ったが、彼女はその手を強引に引くと、自宅へと駆けて行った。


「……どうする?」


残されたサラはジョーカーに問う。


「戻ろうぜ」


ジョーカーはサッと踵を返し、サラの自宅へと足を向けた。

 サラは兄を心配しつつも、ジョーカーの後を追い、自宅へと歩を進めるのであった。

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