第8話 誰ガ為ノ偽装
「ただいま」
ヴィオラは扉を開けながら、奥にいるであろう両親に帰宅を告げる。
「お邪魔します……」
イージスはぎこちない様子で、彼女の家へ足を踏み入れた。
部屋の奥へ進んでいくと、ヴィオラと瓜二つである母親と思われる女性と、同じく、赤髪の爽やかな父親と思われる男性がソファに座っている。
「あら、お客さん?」
「彼氏か?」
ヴィオラは父の言葉に赤面しつつ、「そんなんじゃないわ」と否定の言葉を返した。
「彼は、サラちゃんのお兄さん、イージスよ。ほら、噂の。セントラシルドの救世主」
二人から「あぁ〜!」と、感嘆の声が上がる。どうやら共通認識らしい。
「政治、軍事、医療、産業、子育て、教育などなど、あらゆる改革でセントラシルドの発展に貢献したっていう、あの有名な革命家ね!」
「その有名人が、どうしてここに?」
「って、いけない! おもてなしの用意なんて何もできていないわよ!?」
「ヴィオラ! 偉い人を招く時は事前に言ってくれとあれほど……」
急に慌ただしく動き始める二人に、
「えっと……突然の訪問で申し訳ありません。セントラシルドの政治補佐という立場は国王の死と同時に退きましたし、何よりプライベートですから、おもてなしは結構です。お気持ちだけありがたく受け取りますね」
イージスは二人に伝えると、ヴィオラを軽く小突いた。
「ご両親を困らせる言い方をするな」
小声で叱責すれば
「あなたが有名なのがいけないのでしょう?」
何食わぬ顔で反発する。
「好きで有名になったんじゃないし、そもそもここまで有名だったことに驚きなんだが?」
「あらヤダ、皮肉? あんなに偉業を成し遂げておいて、有名にならないはずがないでしょう。それだけの頭があれば考えられたはずよね?」
「そんな『偉業』と呼ばれるほどのことはしていないだろうが。僕はただ案を出しただけで、国を発展させたのは国民だ。頑張ったのは国民であって、僕は何もしていない」
「屁理屈ね。……そういうところ、私は、嫌いじゃないけどさ」
最後の一言で、ヴィオラの両親からイージスに向けて、注目が集まる。
「さては彼氏だな?」
「まさか彼氏なの?」
「違います」とイージスは真顔で答えるが、
「頑張りなさいね、ヴィオラ」
特に母親の方はどうやら見当違いな確信をしたようで、娘とその連れを鍵のある部屋に連れて行くと、お菓子と紅茶をそれぞれの前に置き、そのまま二人を放置した。
桃色の、なんとも女の子らしい部屋に男女が二人。当然の如く、気まずい空気が流れる。
「あの、さ」
始めに声を出したのはヴィオラだった。彼は、何度か揺らしていた紅茶を一口も飲むことなくカップを置く。お気に召さなかったのか、紅茶に冷たい視線が向けられる。と、切り替えて、彼女の方を見れば……
「イージスってイケメンだけど、その……彼女って、いるの?」
頬を赤らめながらそんなことを言われて、何も気がつかないほど鈍感な男ではない。だが、
「いないけど……。え、何、惚れたの? この一瞬で?」
直球かつ、デリカシーのデの字もない、空気の読めない男である。イージスの発言に、彼女は言葉より先に手が出た。
「バカバカ! このっ、バカ!」
軽々とその拳を避けつつ、イージスは
「図星か。僕に惚れる要素なんてあったか? あからさまにやめといた方が良いだろう。あ、もしかして、今まで男と接点なかった?」
彼女の怒りの炎に油を注ぐものだから、もう、その後は大変だった。
決して広いとは言えない部屋の中で暴れ狂うヴィオラ。当然、狭い部屋の中でわいわいしてしまえば
「あっ、危ない!」
ヴィオラが蹴り飛ばしたカップを、イージスが右腕で払う。無理に軌道を変えられたカップは壁に突進した。ガシャン、バシャッという音がほぼ同時に部屋に響く。本来なら、この割れたカップと、濡れた身体が、沈黙を呼ぶだろう。
しかし今回は沈黙の代わりに、ヴィオラから悲鳴が上がった。
「……クソッ、やっぱりか」
イージスは悔しそうに、自分の右腕をギュッと絞るようにして掴む。動揺して叫んだヴィオラとは裏腹に、彼は嫌に冷静だが、ふと見れば、彼の右腕の皮膚が爛れていた。紅茶のかかった部分にのみ、わかりやすく。
「その液体に触るなよ」
「な、なによ……なんなのよ、これ……!」
「毒だ。喉を潰したかったんだろう。まぁ始めから飲むつもりはなかったし、仮に、例え喉が潰されても意味はないんだが……」
「喉、を」
「僕の能力を、あいつらは『号令』だと勘違いしているらしい」
「待って、どういうこと? そもそも、なんで私の両親がイージスの命を狙うの?」
「君の両親が、偽物で、なおかつ僕の敵だからじゃないかな」
サラッと放たれた彼の発言に、ヴィオラは言葉を失う。当然だ。いきなり「君の親は偽物だ」と言われても納得できるはずがない。しかし、自分の実の親が、初対面の男に毒を盛るような人だとも思えない。彼女の心は、ぐちゃぐちゃだった。
「今、確認すべきは、君の実の両親の安否だ。どのみち僕は彼らと戦わなくてはならないから行くが、君はどう……」
言葉が最後まで紡がれることはなかった。
バンッ、と扉が押し倒されたと同時に、例のヴィオラの(偽物であろう)父親がイージスに襲いかかった。手にはナイフが握られている。取っ組み合いになる二人の後ろには、同じく、偽物の彼女の母親が銃を構えている。
「逃げろ、ヴィオラ!」
硬直するヴィオラにイージスは叫ぶ。が、このショッキングな状況を前に、動くことなどできなかった。足を震わせ、へたりとその場に座り込む。一方、男はかなりの実力者。防戦一方。ヴィオラを気にかけていると自分がやられる。
「どうした、セントラシルドの救世主。流石に右腕ナシじゃお手上げか?」
男はニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべながら、イージスに問う。
「……そっちこそ、こんなガキ一人相手に時間を食って、上司に怒られないか? 光族の密偵殿?」
こちらも随分と余裕な様子で煽る。内心は焦りでいっぱいだったが。
「おい、早く撃て」
男は女に向かって静かに言う。が、
「アンタが邪魔で撃てないの。そっちこそ早くソイツの動きを止めなさいよ」
どうやらポジションが悪いらしく、やや怒りを顕にして言った。女の方は短気らしい。
(さて、まずはヴィオラをどうするか……)
ぎゃいぎゃいと仲間同士で言い争いをしている中、イージスはヴィオラの方に視線を向けた。腰が抜けたのだろうか、微かに震えるばかりで少しも動けていない。
(正攻法で戦うのは無理かな)
イージスは諦めて脱力すると、あえて、押さえ込まれることにした。と、同時に左の人差し指に嵌めていた指輪の宝石を床に叩きつける。
「おっと、限界が来たか?」
ガクリと左腕から落ちたため、さぞかし自然な「疲労による敗北」だっただろう。そこに、舌打ちを添えれば完璧だ。誰も、彼の演出を疑わなかった。
「何か言い残すことはあるかな? イージス=アルタナヴィアくん」
「……三つ、聞きたいことがある」
「欲張りなガキね」
「いや、いいよ。教えてあげる」
「はぁ!?」
「任務に差し支えはないだろ。どうせあの人の前じゃ、コイツは無力だ」
右腕は使い物にならない。体は組み伏せられている。銃口が額に突きつけられ、その引き金を引けばイージスは死ぬ。この絶望的な状況から一体どこの誰が抜け出せるだろう。負けは確定しているように見える。
「一つ目、何故、僕を狙う?」
しかし、イージスは冷静に問う。男は、平然と答える。
「さっきもチラッと言ったが、俺たちの上司がお前を探していたからだ」
よし。イージスは心の中で軽くガッツポーズをした。勝機は見えた。彼らは、イージスを殺せない。
「二つ目、彼女の両親は殺したのか?」
「あぁ、もちろん。この世に同じ人間は二人も要らないだろう?」
「そうか……」
チラとヴィオラの方を見れば案の定、ショックで固まっている。イージスは、ゆっくりと目を閉ざすと
「最後だ。お前は……機械にどこまでできると思う?」
再びゆっくりと目を開き、言い放った。突拍子もない質問に、彼らは首を傾げる。
「僕はね、こう見えて自分の手腕をそれなりに信じているんだ。それが、姉の力を借りたものなら、尚更」
イージスが言うと、その刹那、窓硝子がパリンと音を立てて割れた。散乱する破片と共に室内に入って来たのは
「何?!」
「ば、爆弾か!?」
見覚えのある球体。
「……害虫を検知しました」
球体が人間の形に変化していく。真っ白な肌に水色の瞳、桃色の長髪。見た目は十二歳ほどの少女。そう、これは
「これより、駆除を開始します」
イージスと、その姉・アグネスが共同開発した雑用ロボット。トロワである。
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