第28話 誰ガ為ノ切札

 「あー……最低でも一ヶ月は入院ですねぇ」


サウラシストップの腕を誇る医者・キースからこんなことを言われた。イージスは自分の今の状態に笑うしかなかった。


「なにやってんだよ、お前」

「いやぁ、まさか親友を爆弾にされて投げつけられるとは……想定外だったよ」

「ちょっと責めにくくなるコメントやめろ?」


ジョーカーとのやり取りに、ケラケラと笑っているところを見ると、案外、イージスは大丈夫なのかもしれない。一方で


「爆弾にされた?」


キースはやはり、この言葉に首を傾げる。


「えぇ。トーマスさんも、あの女性も、闇族が作ったという共通認識でした。ザックに装置が付けられていたわけではありませんし、薬の類でしょうかね? 女性の能力を考えると、熱に反応する何かなのかとも思いましたが……あの人なら、能力を使わずとも完結できる薬を作れそうです。そもそも人を爆弾に変えること自体、あり得ないのですから。そして、こんな非現実的なことができる闇族は、唯一人……」


ニコラ=ニーチェ。例の、『アレルゲンX』の開発者。


「ニコラか……。あいつ、本当に、何を考えて何をやらかすか、わからないな……」


呆れたように言うキース。そこに、イージスは笑いながら


「効果は普通の爆弾より、やや弱めでしたね。いやぁ、そこだけが救いでしたねぇ! 本気で死ぬかと思った!」


なんて言うものだから、「なんでそんなにハイテンションなのよ」と、今度はヴィオラが彼に呆れる。そこに、「どうせ、こいつのことだ。元気ですアピールして退院を早めたいんだろ」とジョーカーが呟く。その言葉に、キースは、イージスをキッと睨むと


「ある程度『回復』はしましたが……我々は神ではありませんからね。ここから先は、地道に回復を目指すしかありません。、です。良いですか? ですよ」


だいぶ強調して告げた。少しでも動けるようになったら次に進もう、というイージスの目論見が見透かされ、イージスは自分の目論みを暴露したジョーカーに対し、あからさまな舌打ちと大きなため息を送る。


「本当に、お人好しとお人好しの間に生まれた子って感じよね」


ガラガラと扉が開かれたかと思えば、背の高い美人な女性が病室に入ってくる。青色ショートに空色の瞳。爽やかな印象を受ける彼女は


「こんにちは、イージスくん。旦那と息子が、お世話になったみたいで……って、あぁっ! はじめましての子がいる! はじめまして! トリシャ=ディールですっ!」

「……母さんだ。一応、サウラシス次期国王になると思う」


トリシャ。口を開くと子どもらしいが、一応、アーサーの母親である。年齢も、四十を超えている。とても四十には見えないが。


「トリシャさん! お久しぶりです。寝たきりですみません……」

「良いのよ。あなたが無事でよかったわ」

「トーマスさんのことは……その……本当に、申し訳ありませんでした」

「大丈夫、大丈夫! 人間なんて、いつか死ぬから! あの人、早死にしそうだったし、既に覚悟はできていたわ。それに、なんて使われたら、為す術はないじゃない? そんなことより! あの人の死に様、カッコよかったみたいで安心したわ! うふふふふ」


 能力解放。それは、命懸けの契約。

 『最終奥義』なんて言えば聞こえは良いが、要するに『自爆』である。命を消費することで膨大な力を得る。故に、能力解放の使用者は、死ぬ。そして、能力解放した暁には、敵を葬るまで止まらない。最低一人は、使用者に道連れにされる。

 つまり、女が能力解放を使った時点で、あの六人の中の誰か一人は確実に死ななければならなかった。その役を、トーマスは迷うことなく買ったのである。


 楽観的なトリシャ。夫が格好良く死んだのは確かであるが、それを笑い飛ばされても反応に困る。どう返すのが正解か、流石のイージスもこれにはわからず苦笑を浮かべる。昔からこういう人ではあった。相変わらずのようだ。


「イージスお兄ちゃん、この人とも、知り合いなの?」


アリアが聞けば、トリシャは、がばっとアリアに近づき


「そうなのよ〜! セントラシルドに行った時にね? 私ったら、道間違えて、王城のお庭に入っちゃって! もう、侵入者と間違えられて大変大変! で、その時に助けてくれたのが、イージスくんなのよ〜」


そんなことを話した。


「母さん、そんなことしていたのか!?」

「昔の話よ、昔の話っ!」

「あぁ、もうっ! ……すまなかった、うちの母親が迷惑をかけたようで」

「いえいえ。こちらこそ、まさかサウラシスの王妃様だとは思わず……当時はご無礼を……」


確かに、彼女を一発で『サウラシス王妃』だと判断するのは難しそうである。


「どうやったら王城の庭に迷い込むんだよ」とジョーカーが呟けば、「信じられないくらい、極度の方向音痴なんだよ」とアーサーは話す。


「そんなことより、アーサー、さっき、『次期国王』って言っていなかった?」


ヴィオラが言えば、トリシャは腕を組んで


「そう。この私こそが、次の王になる女よ!」


堂々と決めポーズをして見せる。


「本当に大丈夫なのか?」


ジョーカーの疑心の目が彼女に向けられる。が、しかし


「逆に、私以外だと不都合じゃないかしら?」


トリシャはスッと真面目な顔に戻って話す。


「私は旦那を支えてきた女よ? 実力も、こう見えて結構あるの。それに、二人の目的だって知っているし、その目的に賛成もしているわ。改めて次期国王を説得する時間も不要。何よりあの人の意思を正確に受け継ぐことができる。ほら、なかなか優良物件じゃない? そして、私が王になった暁には、なんとイージスくんにアーサーをプレゼント!」


「流れ変わったな」と、アーサーは思わず声を漏らす。最後の一文が、一気に胡散臭さを放っている。ネットショッピングか何かか?


「……っていうのは、半分冗談で。アーサー、イージスくんと行きたいんでしょ? だったらアーサーは国王になるべきじゃないわ」


そう言うトリシャは、母親の顔をしていた。


「あの人の切札なのよ、あなたたちは。いつも言っていたわ。『イージスくんとアーサーが手を組めば、きっと……』って。ジグルドさんと自分ができなかったことを、あなたたちなら、成し遂げることができるだろうって。ずっと、そう信じていた。だから、ね」


トリシャはアーサーを引き寄せ、イージスと彼をぎゅっと抱きしめる。


「あの人たちの二の舞にならないよう、二人は二人のやり方で、仲良くね。支え合って、生きなさいね。絶対に、どちらかが泣くことがないようにね」


二人がくすぐったそうに笑うと、トリシャは、くるりとジョーカーとヴィオラの方を向き


「この子たち二人を、どうかよろしくね」


そう深々と頭を下げた。こちらの二人も、互いに顔を見合わせて、くすりと笑う。

 微笑ましい空気が流れる。と、思えば


「トリシャさん! 手続きが終わっていないというのに勝手に抜け出して! あなたは本当にいっつも、いっつも! もう〜っ!」


風に乗ってバタバタッと駆け込んできた人物。それは


「チッ。早いわね」

「コラッ、舌打ちしない! ほら、帰りま……えぇ〜っ!? イ、イージス殿?!」

「こんにちは、ヴァンさん」


元・サウラシス四天王、ヴァンであった。


「なんでアンタがここにいるんだよ」

「えっ、あぁ、いや……呼び出し喰らって」

「呼び出しぃ?」

「たまにあるんだよ。引退後にも、政府側から支援を求められることが。トーマスさんがいろいろあったらしいじゃないか。その後始末や、引き継ぎの手伝いに……」


そんなことをジョーカーと話していると、思い出したかのようにトリシャは手を叩き、


「あ。そういえば、このままヴァンには国政を手伝ってもらうから」

「あー、はいは……はあああぁぁぁぁぁ!?」


そんなことを言うものだから、ヴァンは思わず大声を上げる。キースから「お静かに!」とのお叱りを受け、ヴァンは咄嗟に口を手で覆う。が、


「いやっ、聞いていないんですけど!?」

「言っていなかったからね。今言った」

「なんで?! 私、引退したはずじゃ……」

「イージスくんへの恩返しのためにでしょ? サウラシスを平和な国にすることが、イージスくんへの最大の恩返しになるわよ。あなたなら彼の目的を知っているでしょう? ということで、国のために働きなさい」

「とんだ暴君だな!?」


始めこそ声を抑えるものの、トリシャのせいで少しずつ声が大きくなっていく。一方で


「イージスくんが回復したらキースにも戻ってきてもらうから」

「……そんなことだろうと思いましたよ」


キースの方は諦めたように、素直に承諾した。


「キースさんも、なんだね。人手不足なの?」


アリアが問えば、トリシャは首を傾げながら


「キースもヴァンと同じ、元・四天王よ?」


そんなことを言うものだから、イージス一行は驚きを隠せない。


「イージスがいるのに、警備をつけないわけがないだろう。彼が、その役割を兼任してくれているんだよ」


当然の如く話すアーサー。キースは涼しい顔をしてこれに頷く。


「彼もイージスくんの考え方に賛成派なのよ。性格はちょっと厳しめだけど、まぁ、ジグルドさんに似ていると思ってくれれば……!」


イージスはそれを聞くと「心強いですね」と、微笑みを向けた。


「とにかく! ……こっちはなんとかするわ。心配しないで。いざという時は協力もするし。こちらの心配をするくらいなら、早く、目的を果たして来なさい。それで私たちも救われるのだから」


トリシャの言葉に、イージスは頭を下げる。

 イージスは、バタバタッと仕事に戻っていくトリシャとヴァンを見送りながら、ふと、窓の外を眺めた。


 トーマスの死を受け、人々は騒めいている。このままで良いのか、明日は我が身ではないかという不安が、心を揺らしている様子。

 故人の想いを受け継ぐのか、或いは、失敗として切り替えるのか。

 切り替えた先も悪夢であることに違いない。だが、だからこそ、迷いが生まれる。

 王が死に、国が動き始めた。トリシャがどこまでできるのか。サウラシスの国民がどこまで協力してくれるのか。新たな歩みにより、この国が今後どのように転がっていくのか。

 それは、まだ誰にもわからない。


 __早く、目的を果たして来なさい。


 イージスは、この戦いに巻き込まれて死んだ人々のことを思い出しながら、グッと拳に力を込めた。必ず、この戦争を終わらせる。なるべく早く、そして確実に。そんな覚悟を、強く瞳に宿して。




           -激動のサウラシス-

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