第27話 誰ガ為ノ永訣
ズカズカとイージスに近づいてくる二人の前に、ヴィオラは、かろうじて動く右腕を大きく横に開き、立ち塞がる。
「お! もしかしてイージスの彼女ちゃん? いいねぇ、美しい愛だ」
男は楽しげにヴィオラに近づき
「でも、残念だなぁ。お前はここでさよなら。退場なんだよなぁ〜!」
思い切り、鞭を打つ。ここで避けるとイージスとアリアに当たる。故に、自分が壁になって、当たるしかない。殺傷力を生み出すために付けられた刃が肌を切る。咄嗟に身体強化を使ったとて、せいぜい肉に到達するのを防いだ程度。攻撃を受けた痛みと、能力を使ったが故の貧血に、思わず体勢が崩れる。なんとか踏み止まるが、
「あっは! 結構根性あるじゃん! んじゃ、こんなのどうよ?」
敵は容赦なく再び鞭を振り上げる。ヴィオラが次に来るであろう痛みに、ぎゅっと目を瞑る。と、
「……っ、あ?」
ザクッと、何かが首に刺さる。痛みに反応し、ナイフが刺さったのだと気がついた時にはもう遅かった。男は、血を吐き出しながら倒れる。
ナイフの飛んできた方を見れば、トーマスが肩で呼吸しながら立っていた。柔らかい印象を受けた優しい紫の瞳が、怒りを宿し、ギラギラと揺れ動いている。
「まだ、動けるかい?」
トーマスの問いに、ヴィオラは頷く。
「なら、二人を部屋の端へ」
言われるがままに、ヴィオラはイージスを引き摺りながら、アリアと部屋の隅に移動する。
「さて。戦いやすくなったかな?」
トーマスは、にっこりと笑みを女に向けると、銃と刀の両方を手に取る。
「手負いのお前が、雑魚を守りながら、この私と対等に戦えると? 随分と、舐められたものだな」
「卑怯な手を使わなければ、私に傷を合わせることができない。そんな奴に負けるほど、私は弱くないつもりだがね」
空気がピリピリ痛い。互いに笑みを浮かべてはいるが、その笑みの奥には、どす黒い負の感情が渦巻いている。
「使えるものは何でも使う。それが戦場で生き残るための常識だろう」
女は炎を纏わせた弓矢を引きながら言う。一方
「人を爆弾に変えるとは……こんな非人道的な兵器を使った闇族も闇族。だが、それを簡単に使ってしまう光族もまた、光族だな」
トーマスは武器を構えることなく、憂うように話す。イージスはそれを聞きながら、ぐっと下唇を噛む。まだ、親友の死が受け入れられない。ショックで冷静な思考判断ができない。
「非人道的な兵器を作る。そうわかっているのなら、何故、闇族に手を貸す? このまま奴らを生かしておけば、世界は塵と化す。特に、あの『ニコラ』とかいう男……奴とその周りの闇族だけは、絶対に殺さなくてはならない」
「それは、君の仲間がニコラの発明した兵器に殺されたから? それとも……イージスくんと組まれると、厄介だからかな?」
「……イージスは本来こちら側にいるべき人間だろう。あれを闇族に渡すにはもったいない。光族のために生き、光族のために死ぬ。それがそいつの宿命。そうでなくては困る」
女はそこまで言うと、矢を放った。が、
「彼の人生を、他人である貴様が決めるな」
トーマスは一振りで矢を斬り落とす。カランッと音を立てながら、また、火花を散らしながら、力を失った矢が地に落ちる。いつもは、優しい雰囲気を纏っている彼だからこそ、その一声は氷の矢の如く、冷たくて鋭い。
アリアは必死に未来を見た。もしかしたら、自分が未来を見続けることで、トーマスを支援できるかもしれないと。一縷の望みにかけて。
しばらく能力を使い続けていると、バンッと勢いよく扉が吹っ飛んでくる未来が見えた。
と、その刹那、トーマスが動き始める。刀による接近戦。女は弓で攻撃を防いでいる。
トーマスが扉の近くまで来た時、彼はサッと扉から離れた。扉の正面には女がいる。
__バンッ
扉が女を巻き込みながら、吹っ飛ばされる。
「……あれ? もしかしてやっちゃった?」
気の抜けた声と共に、ジョーカーが姿を現す。
「いや、まだだ」
その後ろからアーサーも姿を現し、すぐに戦闘体勢をとる。
「チッ、分が悪い……!」
一対三。全員が男、なおかつ三大能力者。力で敵う相手ではない。女は舌打ちをすると、グッと拳を握る。
「……ならば、私の覚悟を見せよう」
ゆらりと、三人を見据える女。
「解放・
それを聞いた瞬間、トーマスは、アーサーとジョーカーを突き飛ばす。二人が呆気に取られると同時に、アリアが悲鳴を上げる。
女を見れば、ゴウゴウと真っ赤な炎を全身に纏っている。離れていても伝わる熱。もはや、彼女に意識はない。炎に操られるようにして、女はトーマスに突進する。
「アーサー、イージスくん」
何かを悟った様子で、トーマスは二人へと呼びかける。
「二人は、仲良くね」
優しい笑顔で、そんなことを言うものだから。アーサーは思わず父の元へ駆け寄ろうとする。しかし、アーサーはジョーカーに止められる。強くアーサーを抱き締め、止めるジョーカーの手を振り解こうと暴れてみるが、なかなか抜け出せない。バッと強引にジョーカーの顔を見てみれば、悔しそうに唇を噛み、トーマスの姿を見つめている。
(あぁ、そうか。これ、避けられないタイプの攻撃なのか)
父から読み取れる諦観と、ジョーカーから読み取れる無念。理解してしまう。父の、やろうとしていることを。全て。
「自由に生きろ。今を生きる者たちの未来に、永久の幸あれ」
トーマスは、優しい笑みを浮かべたまま、女の突進をその一身に受けた。
一瞬の出来事だった。
二人が衝突すると同時に、炎が消える。
まるで、何事もなかったかのように。
炎と同様に、二人の姿も消えている。
まるで、何事もなかったかのように。
静寂が訪れる。
アーサーは、父がいたはずの場所へと、ふらふら駆け寄る。上手く歩けていないアーサーを心配して、ゆっくりと、ジョーカーもその後を追う。
呆然と虚を見つめるアーサー。跡形もない。トーマスの影は、何一つ残されなかった。その事実が信じられなくて、ガクリと膝を折る。
「……アーサー」
意気消沈している彼に、ジョーカーは言う。
「誇るべき父を持ったな、お前は」
「命懸けで、愛する息子を守り抜いた。立派な親父さんだよ」と。アーサーは、その言葉に、俯いたまま奥歯を噛み締める。
父のせいで、ずっと苦しかった。父を一度も恨まなかったかといえば嘘になる。だが、父は確かに憧れの存在だった。人に「そうあれ」と言われたからではない。自分を、心から愛してくれた。大切に育ててくれた。優しく見守ってくれた。アーサーはそんな父を尊敬していた。愛していた。
何も残らなかった。遺体も、遺品も、何一つ残らなかった。まるで、始めから存在してすらいなかったかのように、消えていった。自分を置いて、消えていった。まだ、話したいことがたくさんあった。イージスとのことも、話せていない。自分の本音も、話せていない。そしてこれからのことも、話せていない。ありがとうすら言えていない。
焦げた臭いが、鼻をつく。蒸し暑い部屋を、ただ、静寂が支配する。たまに吹き抜ける風が肌を焼き、チクリと痛む。
ジョーカーは、俯いたままのアーサーの肩を軽く叩き
「自由に生きろ……親父さんの想いは、無駄にするなよ」
ガシガシと、やや乱暴にその頭を撫でた。
「……無駄にはしないさ。絶対に」
くしゃくしゃになった髪を片手で整えながら、アーサーは、小さく、しかし力強く言いきる。
「父さん。あなたの想いは、この僕が受け継ぎます」
床に握り拳を押し付け、ふるふると肩を揺らす。
「必ず、戦争のない平和な世界を作ります。彼らと……イージスたちと、共に」
ポツリと大粒の涙が床に落ちてはシミを作る。一つ、二つ、三つ……シミの数は、時間と共に増えていく。
「ですから、どうか、見守っていてください。僕たちのこと、見ていてくださいね」
返事はない。感触もない。温度もない。
アーサーはしばらくの間、声を殺し、静かに涙を流した。そうすることの他に、できることなど一つもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます