幕間
第17話 誰ガ為ノ基地
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!?」
ヴィオラから悲鳴が上がる。鼓膜を破るようなその叫び声に、イージスもジョーカーもトロワさえも耳を塞ぐ。
「どうした……?」
イージスが耳を塞ぎながら問う。話を聞く気はあるのだろうか。
「なんでパンツしか履いてないのよ!」
あぁ、なるほど。ジョーカーか。確かに、彼の風呂上がりは常にフリーダムである。しかし
「全裸じゃないだけマシだろう。初めてここに来た時は全裸だったぞ。素晴らしい成長だ」
そう、この男、成長したのである。装備なしの状態から「パンツを履く」を覚えた。
「レディーの前ではちゃんと服を来なさい!」
それでもヴィオラは女性である。これが子どもなら許した。が、成人男性のだらしない姿には我慢ならない。配慮の欠片もないジョーカーに怒りを露わにする。
「なんだぁ? 裸体を見たくらいで騒ぐなや。思春期のガキかよ。見慣れてねぇの? お前、もしかして処女?」
その怒りの炎に油を注ぐのだから、ジョーカーも馬鹿である。そういうことじゃないんだよ。
ジョーカーをポカポカと殴るヴィオラ。彼は不服そうにしながらもきちんと服を着る。それを見て安堵のため息を溢した後、咳払いをし、それにしても、とヴィオラは話題を変える。
「この基地、意外と広いのね。普通の家くらいあるんじゃない? よく作れたわね」
「僕だけの力じゃないからね」
「でもお姉さんと二人だけで、でしょ?」
「そうだね」
「もちろんイージスもそうだけど、お姉さんも何者なのよ」
紅茶を飲みながら問うヴィオラに、イージスは一枚の写真を渡す。
「これは?」
「最後の家族写真。十年前のやつ。左から順に兄さん、母さん、僕、姉さん、父さんとサラ」
見れば、金色の長髪をさらりと流した男の子が母親の横に凛と佇み、その母親の手を握る黒い髪を持つ男の子は控えめに笑っている。これがイージスなのだろう。そのイージスの肩を持ち静かに笑みを浮かべる黒髪ショートの女の子。歳の割に大人びた印象を受ける彼女が……姉のアグネス。ちなみにサラは今とあまり変わっていないためすぐにわかった。
「僕ら下二人に対して、上二人の兄妹はすごいでしょ? 当時まだ二人とも十五歳未満だよ」
確かに、兄と姉は「大人か?」と思うほど大人っぽい。
「兄さんは佇まいでわかると思うけど、本当に強い人でさ。サラは兄似だよね。で、姉さんは頭脳派。自分で言うのも何だけど、僕は姉似だと思っている」
「金髪組が武闘派で、黒髪組が頭脳派か」と、ジョーカーは呟く。「髪色は関係ないと思う」というヴィオラの冷静なツッコミが入れば、「ウルセェ、わかってらぁ!」なんて喚くからイージスは静かに吹き出す。
「……姉さんは昔から欲を知識欲に全振りした人だったんだ。食事も睡眠も忘れて本を読んでいた。で、本だけじゃわからないことは現地に赴いて見学していた。『知る』ための行動力は恐ろしいものだったよ。勝手に、ニコラさんに会いにノースィスへ行っちゃうんだもん」
「ニコラ? どっかで聞いたことあるような」とジョーカーが首を傾げれば、
「ほら、アレルゲンXの開発者の」
イージスがそんなことを言うから、驚かずにはいられない。
「えっ、あの、毒薬作った人に!?」
「あの人、天才発明家だからね。別に毒薬だけ使っているわけじゃないし、医療品から武器、生活用品まで幅広く扱っているよ」
「……てっきり、死亡済みのジジイを想定していたぜ」
「勝手に殺すな。あの人、まだ三十代だよ」
「若っ!?」
思いの外、年が離れていないことに驚く二人。この時代に、『天才』と呼ばれるような人間が三人もいたことが衝撃的である。もしかしたら彼らはとんでもない時代に生まれたのかもしれない。
「この家も、姉さんがニコラさんのラボを参考にして作ったものだ。見ただけで、人の技術をコピーできる頭を持つ。それに加えてアレンジまでできちゃうんだから、姉さんもまた、天才と言わざるを得ないんじゃないかな」
イージスはコーヒーを啜りながら話す。
「僕は、ニコラさんと姉さんのファンだから。叶うなら、二人の合作が見たかった。きっと、世界を変える発明を形にしていたと思う」
あのイージスがここまで称賛する人間。ニコラとアグネス。ノースィスに行き、ニコラに会うことができたのなら。何か、鍵となるような、新たな情報が得られるのだろうか。
「……ニコラさんと、ノースィス、か」
ヴィオラの呟きに、イージスは苦笑する。
「ノースィス、一応激戦区だからね? まずはサウラシスからだよ。父さんの友人にも会ってみたいし。息子さん、僕と同い年らしいし」
「わ、わかっているわよ! ……えっ、息子は同い年?」
「げ。また二十歳か。俺だけ年上なの、居心地悪すぎ」
「それを言ったら私だって、女一人だけど? ってか、ジョーカーって年上だったの?」
「あ? 年上だわ。敬え」
「いくつなのよ」
「二十四」
「へぇ、兄さんと同じじゃないか」
「いや、おまっ……知らなかったんかい!」
てっきり、ジョーカーの情報はある程度知っていての勧誘かと思っていた。イージス、本当にどこまでも何を考えているのかわからない男である。何故ジョーカーを勧誘したのか、それもわからなくなってきた。ステータスを知っての勧誘だったのか、或いは適当だったのか。
頭を抱えるジョーカーの頭を、ツンツンと、イージスはつつく。
「大丈夫。お前が頼りになることは知っているから」
小悪魔の如く笑みを向ける彼に、ジョーカーもヴィオラも諦めのため息を吐いた。イージス、こういう男である。
イージスは飲み終えたカップを流しに置くと、「もう寝ようか」とベッドへ向かった。
「明日は電車を使ってサウラシスに行く。まぁ電車の中で寝ても良いけど、疲れると思うから今日は早めに寝なさい」
ヴィオラの「え、お母さん?」という呟きに、ジョーカーは軽く吹き出す。
ジョーカーは、なんだかこの三人なら末永くやっていけそうな気がした。
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