第21話 誰ガ為ノ人脈

 「いや〜、イージス殿に再びこの宿を選んでいただけるとは! 光栄です!」


一発で宿が決まった。


「急に押しかけて申し訳ないです。またお世話になります」

「あ、頭を上げてください! あなたには感謝してもしきれないんだ。あの時のお礼をさせて欲しい」

「しかし……」

「困った時はお互い様。あなたの言葉ですよ」


目の前で繰り広げられる会話。どうやら面識があるらしい。五十代くらいだろうか、宿の主はぺこぺこと頭を下げ、イージスを歓迎する。


「お兄ちゃんの知り合い?」


アリアが問えば、宿の主はにっこりと笑い


「イージス殿は、私たちの救世主様なんだ」


そう言って、アリアの頭を撫でた。


「さぁ、中に入ってください。一番良い部屋をご案内します」


強引に彼は四人を宿の中へと入れる。イージスはにこやかな笑みを浮かべたまま、その身を彼に委ねた。


 宣言通り、一番広く、一番綺麗で、一番良い部屋に通される。そして初めに出されたのは、大人組にはコーヒーと、アリアにはココア。そこに、フルーツいっぱいのケーキをホールで。


「おぉ、わかりやすく歓迎されている……」


ジョーカーが呟くと、宿の主は


「歓迎しますとも! イージス殿は神も同然のお方です!」


と、再びイージスを祭り上げた。


「イージスお兄ちゃん、なにをやったの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


アリアが首を傾げると、宿の主は身を乗り出し


「お話ししましょう、イージス殿の功績を!」


自慢げに、何やら語り始めた。


「あはは。恥ずかしいのでお手柔らかにお願いしますね、ヴァンさん」


ヴァンと呼ばれた彼には、イージスの言葉は、もはや届いていない様子であった。


 「イージス殿との出会いは、もう、三年前になります。当時のイージス殿は、十七でしたか。

 当時、大雨の影響で浸水被害に遭いまして。衣食住がダメになり、みんな途方に暮れていました。政府に助けを求めても、どこもかしこも同じような状態でしたから、復興支援も滞ってしまいまして。

 そんな時、セントラシルドから復興支援の話が来ました。その話の中枢にいたのが、そう、イージス殿だったのです!

 そもそも、セントラシルドは中立国。貿易の話は今までもありましたが、我がサウラシスに助力することは決してありませんでした。ですから、今回も自国の力のみで解決するしかないと、人々は諦めていたのです。

 しかし、イージス殿はそんな我らに救いの手を差し伸べてくださりました。戦争ではないのだから、支援をしても構わないだろうと。

 毛布や寝袋、食料などはもちろんのこと、我々光族の能力を活かし、いち早く元の生活に戻れるように、復興の指揮をとっていただきました。

 何よりありがたかったのは、子どもたちの、心のケアです。不安で泣いてしまう子どもたちの面倒を、一人一人に寄り添いながら、見ていただきました。そのおかげで、大人たちは作業に専念できたのです。

 子どもだけではありません。我々大人にも、気を遣っていただきました。中にはイージス殿に強く当たる者もいましたが、その寛大な心で全てを許し、心身共に癒していただきました。

 イージス殿の働きかけで、約一ヶ月という、短期間での完全復興が実現したのです。あの時のイージス殿は、まさに救世主。神でした」


 三年前のサウラシスの災害はウェスティーニにも噂が届いていた。被害は甚大だったと耳にしていた。だからこそ、それを一ヶ月で完全に復興させたというイージスに驚きを隠せない。目を輝かせて聞いているアリアとは対照的に、ヴィオラは驚きのあまりぽっかりと口を開けてイージスを見ていた。


「……流石と言うべきかしら。あなたの偉業はセントラシルドに留まらないのね」

「いや、僕はただ、復興に向けた指揮をとっただけで……頑張ったのはサウラシスの国民だ。偉業と呼ばれるほどのことはしていないよ」


似たようなセリフをどこかで聞いたことがある気がする。ヴィオラは「どこまでもイージスはイージスなのね」と、軽くため息をついた。


「こう言って、我々からの感謝の品を、あまり受け取ってくださらなかったのです。なにやら、お礼に送った特産物の大半が孤児院に送られたらしく、後日、お礼の品のお礼が届きました。これと一緒に」


そう言ってヴァンが引っ張り出してきたのは、いくつかの写真と、手紙、そしてダンボール。写真には、多くの子どもたちの食事の様子が。手紙には、差出人の記載部分に、『イージス=アルタナヴィア』の文字が。大きなダンボールには、子どもたちが描いたであろうイラストがぎっしりと詰められていた。


「お礼が! まったくできていない!」


ヴァンは机をバンバンと叩きながら言う。


「あまりにも聖人すぎる! 欲をお母様の腹の中に置いてきてしまったのか!? あなたへのお礼が、まさかセントラシルドの子どもたちへ送られるとは思いませんでした! でも、その子どもたちからのお礼のイラストと写真がもう可愛くて可愛くて嬉しい……! いや、しかしこちらはイージス殿にお礼がしたいのです! 頼むからお礼させて!?」


「アンタも苦労するな」とジョーカーは笑う。受けた恩を返そうとすると、その返された恩が別の人のところに行き、その別の人からの恩が届けられる。恩返しをしたい人間からすると、『イージス=アルタナヴィア』とは、本当に、もどかしいシステムである。


「今、絶賛、ご迷惑をおかけしているわけなのですが……」

「足りませんよ!」

「えぇ……?」


食い気味で言うヴァンにイージスは困惑する。彼はしばらく考え込むと、ふと、もう一つだけヴァンへの要求があったことを思い出した。


「それでは、もう一つだけワガママを言っても良いですか?」


もぐもぐと、大好きな苺を美味しそうに食べるアリアに、自分の分の苺を与えながらイージスは問う。その様子に、ヴァンは「またか!」と内心思いつつも、笑顔で「なんなりと」と返す。


「情報をいただきたいのです。この国の主であるトーマス=ディール、それからその息子であるアーサー=ディール、彼らについての情報を、できる限りで構いませんので、ください」


ヴァンは「そんなことで良いんですか?」と首を傾げる。が、


「あなたにこそ頼みたいことです。彼らのことはよくご存知でしょう? ねぇ? サウラシスの四天王・疾風のヴァンさん」


イージスはにっこりと笑って言う。


「し、四天王!?」

「おぉ〜。なんかスゲェ〜」

「おじさんもすごい人なの?」


ヴィオラ、イージス、アリアの反応にヴァンはわかりやすく焦った。


「元! 元、ね! 今は引退したから!」


そう、この男……普段はこんな感じであるが、実はかなりの実力者である。ヴァンは咳払いで誤魔化すと、


「……わかりました。あなたのお力になれるのならば」


トーマスとアーサーについて、知っていることを話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る