光ト闇ノ最終戦争

開幕

第2話 誰ガ為ノ旅立

 「国王が、死んだ……?」


その知らせを受けて、イージスは呆然と言葉を繰り返した。真っ白の肌に、地味な黒髪。左の目元に黒子ほくろが一つ。比較的整った、母親譲りの優しいその顔が、ほんの少しだけ動揺に歪む。


「はい。魔力の痕跡を調べるに、大方、光族の仕業かと」

「しかし、現在、このセントラシルドに侵略を試みているのは闇族です。何故、光族が。同盟を結んだと言うのでしょうか」

「まさか! 大方、光族が漁夫の利を狙っての犯行だったのだろう」

「国王を殺せば、セントラシルドは自分たちのものだと。そう考えたのかもしれんな……」

「光族の国民が何人も攫われているとの報告も受けている。本格的に乗っ取るつもりなのかもしれん」

「この混乱に紛れて同胞だけ回収し、残りは国ごと火の海へ……奴らなら考えそうなものだ」

「逆に闇族は闇族で、光族回収に何一つ触れていないんだ。光族を回収してもらったところを国ごと自分たちのものにしようと考えているのかもな」

「クソッ、下賤な奴らめ!」


兵士たちの言葉を聞き流しながら、イージスはカーテンを開けると、静かに窓の外を眺めた。


 遠くの方で、ちらほら硝煙が上がっている。この王城に黒雲が浮かぶのも、もはや、時間の問題である。


 イージスは壊れゆく第二の故郷を眺め、痛む心を鎮め、言葉を口にする。


「……わかった。僕が行く。光族と闇族の拠点を直接叩き、この戦争に終止符を打ってくる」


彼の大きな発言に、兵士たちは騒めく。


「セントラシルド国王は僕の恩人だ。そして、その国民こどもたちは僕の家族だ。僕を救ってくれたこのセントラシルドを、今度は僕が救おう」


突拍子もないことを言う。イージスに戦闘経験などない。その彼が、戦争を終わらせる?


「馬鹿なことはよしなさい、イージス。国王もお前が死ぬことを望んではいない。そんな細い腕でどう戦うと言うのだ。本当に国王を、この国を思うのなら、次期国王になるのはどうだ。きっと国民も喜ぶ」


国王の側近として活躍していたエリクは言うがイージスは首を横に振る。


「僕は国王の器ではありません。彼の後を継ぐには、あまりにも力不足です」

「しかし戦闘経験のないお前に何ができる? あの方はお前をいたく気に入っていた。命を粗末にすることこそ、恩知らずのすることだ」

「確かに僕には戦闘経験がありません。でも、僕には……国王の認めた頭脳があります」


それを言われると何も言い返せない。確かに、イージスの頭脳は国王に認められていた。元は一般人であるが故に、国民に寄り添う政治を。時には医療、時には軍事、時には生活の知恵を発揮し、セントラシルドの発展に貢献。数々の困難を乗り越えてきた。その頭脳に、どれだけ助けられたか。イージスと共に国王を支えた彼が、知らないはずもない。


「僕の兄は光族の、そして、妹は闇族の戦士。この二人の仲は最悪ですが、僕との仲はどちらとも良好。僕が直々に双方の内部に潜り込み、この戦争の収束を目指します」

「だが、それではお前が……」

「これは僕にしかできないことです。どちらでもありながら、どちらの味方でもない僕にしか」


強い意志を宿した黄緑色の瞳に見つめられ、「お願いします」と頭を深々と下げられれば、エリクも他の兵士たちも、頷く他になかった。


「……そこまで言うならよろしい。認めよう」


エリクは諦めたように言う。が、「ただし」とすぐに付け加えた。


「ただし、お前一人で行くな。この国の誰かを連れて行け」

「この国の誰か、ですか?」

「誰でも構わん。戦力になる者を連れて行け。用心棒を付けるのだ。そうでなければこの話は無効とする」


みるみるイージスの顔が再び歪んでいく。彼の性格上、大切な仲間ほど、危険な仕事のお供に選べない。それを踏まえた上で、エリクはこの条件を出したのであった。


 セントラシルドの国章でもある、モノクロの十字架が、キラリとイージスの胸で光る。


 イージスは伏し目がちに考え込んだ後、目を閉じ、もう一度、黄緑の瞳をエリクに見せると


「では、ジョーカー。彼を連れて行きます」


静かな声で、言い放った。


 エリクはあからさまに動揺した。エリクだけではない、その場にいた全員が再び騒めく。


「誰でも構わないのでしょう?」

「いや、確かにそう言ったが、アイツは……」


イージスは聞く耳を持たず、歩を進めた。無論、『ジョーカー』のいる場所へ、である。


 追いかけてくるエリクに目もくれず、スタスタと歩き続けるイージス。もはや、何をいっても無駄に終わった。やると決めたことは意地でもやり遂げる。まさに頑固者である。


 そんなイージスを追いかけて、エリクは遂に『ジョーカー』の元へと来てしまった。ゴクリと息を飲むエリクとは対照的に、イージスは、澄ました顔で彼に話しかけた。


「ジョーカー。話がある」


冷たい鉄格子越しに話しかけられた男は、後ろを向いて寝転がった状態のまま、やや気怠げに


「端的に話せ」


短く言った。その低音に、肩を跳ねるエリク。一方、イージスは顔色一つ変えず彼に話した。


「お前を檻から出してやる。が、条件付きだ。僕と共に、この国の未来のために戦え」

「嫌だ、と言ったら?」

「お前の未来は変わらない。それだけだ」

「なら断る」


何事もそう簡単に思い通りにはいかないもの。ジョーカーは欠伸をしながら、イージスの方を見ることなく誘いを断った。囚人とは思えないほどの綺麗な白い長髪が、絹のようにさらりと流れる。流石のイージスもこの態度にはイラッとしたようで


「なるほど、残念だ。お前に復讐のチャンスを与えようと言うのに」

「……何?」


挑発的なイージスの態度に、ここでようやく、ジョーカーは彼の方を見た。真っ赤な右目が、鋭い視線をイージスに向けている。


「お前を虐げてきた光族と闇族への復讐。僕と来れば、どちらも叶えられるぞ」


そう、この男・ジョーカーは復讐の鬼である。光族だの闇族だの関係なく、自分を虐げたこの世界の人間の命をたくさん奪った。故に、罪人として幽閉されていたのだ。

 イージスの、とても善人とは思えない過激な発言と表情に、エリクは顔を顰める。今までの温和な彼はそこにいなかった。エリクが困惑を隠しきれずにいる一方で、ジョーカーの心は、ぐらぐらと揺らいでいた。


「僕と共に来るのなら、お前の復讐の手伝いをしてやる。誰もお前を咎めない。お前は正義の名の下に殺しができる。どうだ、それほど悪い話ではないだろう?」


怪訝そうな表情で、ジョーカーは問う。


「何が目的だ」

「僕の目的? ……そうだな。このくだらない戦争を終わらせる、といったところか」

「三千年も続く戦争を? 正気か?」

「至って正気だ。必ず、終わらせてみせよう」

「お前一人に何ができる?」

「一人じゃない。僕と、お前。二人だ」

「……狂っている」

「あぁ、何とでも言え。この戦いの終わりに、僕の正しさが証明される。共に、歴史に刻んでやろうじゃないか。我々の名を、功績を!」


それを聞いたジョーカーは、くつくつと笑いをしばらく堪えながらも溢していたが、終いには耐えられなくなったようで、額に手を当てて、豪快に笑い出す。


「ハッハッハッ! ……クククッ、人殺しが、英雄に、なぁ? 随分と支離滅裂じゃねぇか」

「さて。果たして本当にそうか? 英雄なんてみんな人殺しだろうよ。勝利を手にしたが故に讃えられているだけだ」

「ハッ、違いない! だが、綺麗事が大好きな中立国に、まさかこんな悪党がいたとは。驚きだな」

「失望したか?」

「まさか! 良いな、面白い! お前みたいな奴は嫌いじゃねぇ。……お前、名前は?」

「イージス=アルタナヴィアだ」

「イージス……? イージス、か」


ジョーカーは、その名を噛み締めるようにして呟くと


「よし、気に入った! イージス。その名前、覚えておいてやるよ」

「良かった」


イージスは満足げに笑うと、檻の鍵を開けて、ジョーカーに手を差し伸べた。


「さぁ、もう一度、答えを聞こう」

「必要ないね」


彼はサッと跳ね起きると、意外にも、背の高い身を軽々と操り、イージスの肩に手を回して、ニヤニヤと笑いながら言う。


「楽しませてくれよ、


イージスは「もちろんだ」と微笑むと、エリクに視線を向けて


「交渉成立、ですね」


悪党のように笑って見せた。


 牢から出て、地上に立つ三人。ジョーカーは久しぶりの澄んだ空気にご機嫌であった。後ろで高く束ねられた長髪が、風にゆらゆら揺れている。彼は空気全てを吸い込まんというほどに息を深く吸い込んだ。


「本当に、お前に任せて良いんだな?」


エリクが不安を溢すと、イージスは「えぇ」と短く答えてから


「国王を裏切るような真似はしませんよ。因果応報。罪には罰を。そういうことです」


優しい声色で続けた。


「彼だって、元は被害者ですからね」


遠くの緑を見つめながら、イージスは呟く。


「彼となら、終わらせることができると思うんです。僕らはきっと、似たもの同士ですよ」


「悪党と似たもの同士など、信じたくないが」と苦笑するエリクに、イージスは失笑した。


「おい、早くしろ。ぐだぐだするのは好きじゃない」


痺れを切らしたジョーカーが彼を急かす。


「それでは、お元気で」

「あぁ、健闘を祈る」


イージスはエリクとセントラシルドに一礼すると、ジョーカーの元へ駆けて行った。


 日は高く昇り、ギラギラと太陽が熱と輝きを放っている。草原を吹き抜ける風が進む彼らの背を押す。二つの影は、ゆっくりと、遠くなっていく。

 エリクは二人の姿が見えなくなるまで、彼の旅立ちを見守っていた。不安と、確かな期待を抱えながら。

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