誰ガ為ノ最終戦争

葉月 陸公

プロローグ

第1話 誰ガ為ノ分断

 __その日、家族の絆は絶たれた。


 硝煙が立ち上る。瞬く間に火の海と化す故郷と、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げて死にゆく知人たち。


 そんな中、イージスは妹のサラを庇いながら姉・アグネスの背中を見ていた。


「イージス。あなたは賢い子。その頭で、妹を守ってあげてね」

「姉さん……姉さんは……」

「私は大丈夫だから」


危険な状況下で到底出せるものではない、落ち着いた、優しい、温かみのある声。アグネスの目線の先には、この戦いの首謀者の姿が__兄・パトリックの姿があった。


「まさか、あなたと戦うことになるとは。世界って、残酷ね」

「あぁ、残酷だな。母の仇に、愛しの妹たちが洗脳されている。耐え難い現実だ」


パチパチと炎が音を立てている。パトリックは妹たちに手を差し伸べると


「さぁ、在るべき姿に戻ろう。せめてお前たちだけでも、私は守りたい」


その一方で、アグネスは手を伸ばす代わりに、銃を兄の額に向ける。


「洗脳されているのはあなたの方でしょう?」


パトリックは静かに目を伏せると、自分も銃を懐から取り出し


「聞き分けのない愚妹だな。劣等種の血が濃いからか? ……仕方ないな。母さんには申し訳ないが、イージスを守るためだ。お前のことは諦めよう」


「残念だ」と、妹を躊躇なく撃ち殺した。


「お姉ちゃん!」

「見ちゃダメだ、サラ!」


自分の胸の中で泣き叫び暴れるサラを抑え込みながら、イージスは兄の方を見る。


「イージス。賢いお前なら、お前ならば、私の言葉をわかってくれるね?」


いつもの、優しい声だった。大好きな、兄の声だった。アグネスを殺した張本人である彼は、間違いなく、兄の姿をしていた。


「兄さん、僕は……」

「人殺し……!」


イージスの言葉を遮り、サラは叫ぶ。


「人殺し! 人殺し! 人殺し!」

「……イージス、サラを寄越せ。それはお前に寄生する害虫だ。私が駆除してやろう。お前の手を汚したくはない」

「どいて、イージスお兄ちゃん! あいつは、パトリックは私が殺す!」

「イージス」


胸の中からも殺気、背後からも殺気。メキメキと柱が音を立てて崩れていく。倒れた柱は家具を巻き込み、思い出を燃やしていく。


「帰ろう、イージス。お前は、母さんの大切な子だろう。賢くて優しい、劣等種とは大違いの誇るべき人間だ。大丈夫、これからは愛のない父の代わりに、私がお前を守るよ。何も心配は要らない」


パトリックはその場から動くことなく、弟へと言葉を投げかける。


「ほら、イージス。良い子だから。その愚妹を渡せ」


イージスの本能は告げる。ここで、サラを差し出せば自分は助かる。だが、差し出せばサラは死ぬ。とはいえ、サラを庇い続けるには限界がある。時間がない。全て失う前に、決断をする必要がある。


 イージスは深呼吸を一つすると、サラに小声で言った。


「僕は……サラ、君を愛しているよ」

「イージスお兄ちゃん……?」

「君の気持ちが変わらないなら、父さんの元へ逃げなさい。僕は、兄さんと話がしたい」

「嘘、ダメよ、そんなの、ダメ……ッ!」

「サラ。良い子だから。ね?」


サラの額にキスを残すと、イージスは、サラをパトリックの方に向けた。


「兄さん。僕は……」


何かを言いかけたように見せかけ、サラの左肩に軽く力を込める。左から右へ。サラはそれが「逃げろ」という合図だと悟ると、持てる力を全て出し、全速力で走り出した。


「あっ、サラ!」


追いかける素振りを見せるイージス。しかし、パトリックは


「良い。追うな」


意外にも、簡単にサラを見逃した。そして彼をひしと抱きしめると、


「お前が無事なら、それで良いんだ」


安堵の声を、イージスに聞かせた。


「よかった。母さんとの約束を、どうやら私は果たせそうだ」

「母さんとの、約束……?」


未だ震える体を兄に預けると、兄は弟をきつく抱いて離さない。あたたかな温もりが、確かに体を包み込む。


「……あぁ。お前たちを託されたんだ。特に、お前のことは気がかりだったようでね。『私が死んだら、魔の手があなたたちに襲い来るかもしれない。お父さんはイージスを殺すかもしれないから……パトリック、あなたがイージスを守ってあげてね』と」

「父さんが、僕を、殺すかもしれない……?」

「あぁ、そうだ。母さんは確かにそう言った」

「まさか。あんなに優しかった父さんが?」

「突然、こんなこと信じられないよな。だが、私は兄として、お前を守る義務がある。お前が平穏に暮らせるよう、私が全ての劣等種を殲滅しよう。私が、この戦争を終わらせてやる」


イージスは「信じられない」といった様子で、兄の服を握りしめた。まだ震えは微かに残る。


「僕、は……怖いよ……戦うなんて……」


パトリックは自分の腕の中で震える、小さく、細い、今にも壊れてしまいそうな弟に、繊細なガラス細工を扱うかのように触れると


「そうだな。お前は優しい子だ。こんな、汚い世界なんて見なくて良い」


花を愛でるような声色で言う。


「私の友人が、セントラシルドの中央、つまり王城にいる。彼に助けを求めなさい。もしも、お前に万が一のことがあれば私も駆けつける。別に用がなくても良いさ。会いたくなったら、言ってくれ。たまに顔を見せに行く。平穏な、セントラシルドの街で暮らしなさい。例え離れ離れになっていても、私は、私だけは、お前の味方だ」


パトリックは最後にイージスの頬にキスをすると、再び炎の中へ歩き出した。


「兄さん!」


思わず、イージスは呼び止める。


「……死なないでね」


不安げな弟の、悲痛とも言える哀願に、兄は、兄らしい柔らかな笑顔を向けて応えると、何も言わずに立ち去った。

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