激動のサウラシス

第18話 誰ガ為ノ邂逅

 __ガタンッ、ゴトッ……ガタンッ……。


 ゆっくりと電車が走っている。

 窓の外に流れる景色は、本来の美しさを硝煙が台無しにしていて、とても楽しめたものではない。

 イージスは見慣れた景色にため息をつくと、正面に座る二人に目を向けた。案の定、二人はぐっすりと眠っている。夜遅くまで起きているからである。

 話し相手もいないため、暇になったイージスは軽くため息を漏らす。仕事で電車を使う時は、必ず隣に誰かがいた。国王の護衛としてならば国王が、他国との対談なら准将あたりの人が、重要な案件ならエリクが。常に誰かと行動していたイージスにとって、この沈黙は、耐え難いものであった。

 と、退屈が欠伸を誘った時のことである。


「すまない。隣、良いかな」


イージスと同じくらいの年の、深海を思わせる青い髪の男が彼に声をかける。ミステリアスな紫の瞳がこちらを覗いている。銃が主要な武器となるこの世では珍しく帯刀している。冷たい雰囲気だが鋭さはない。柔らかな印象を受ける不思議な人間。


「あぁ、もちろん」


イージスは自分の荷物を退かすと、彼を隣へと座らせた。


「……間違っていたら申し訳ないのだが、君、もしかしてイージス=アルタナヴィアか?」


男の問いにイージスは一瞬だけ驚いたが、すぐに「そういえば噂が広まっていたらしいな」と納得すると


「あぁ。その通りだ」


と、隠すことなく答えた。男はそれを聞くと、やや困ったような笑みを浮かべて


「僕から聞いておいてこれを言うのはどうかと思うが、君はもう少し自分の価値を理解して、自衛した方が良い」


そんなことを言った。


「こう見えて、人を見る目はある方だ。何十万という人間を見てきた。お前が悪い奴じゃないことくらいわかる」


平然と言えば、男は


「へぇ。例えば、どの辺りが?」


と興味深そうに問う。イージスは男の瞳をもう一度見つめる。相変わらず心は読めない。だが


「そうだな……例えば、さっき、お前は僕に『自分の価値を理解して自衛した方が良い』と言ったな。つまり、僕が、何者に狙われていることを知っているわけだ。お前がそいつの手下なのか否かはわからない。だが、護衛の連れが二人とも寝ているこのチャンスを活かさないということは……味方側だと見て良さそうだ」


正直な考えを話せば、男は驚いた顔をする。


「……セントラシルドの偉人に対する気遣いだとは思わなかったのか?」

「思ったよ。でも、今ので確信した。狙われていることを知らないのなら、その問いは一番に出てこないはずだからね」


男は更に目を大きく見開くと、ふと笑って


「……始めから、僕は君の手のひらの上で転がされていたわけか」


「観念した」とでも言うように足を組んだ。肘掛けに肘を置き、手で頬を支えている。


「君を操るのは難しそうだ。だから単刀直入に言う。頼みがあるんだ」


キッ、と鋭い視線が向けられる。一気に緊張が走る。


「大人しく誘拐されて、サウラシスのために、その頭を使ってくれ」


これに対して、「はい、わかりました」と言うことはできない。


「理由は?」

「決まっているだろう。この戦争を、いち早く終わらせるためだ」

「勝つために、という認識で良いんだな?」

「当たり前だろう。戦争は勝負がつかない限り終わらない。平和な世の中を作るために、君の頭が欲しい」


イージスは正面に座る二人の顔を見た。光族のジョーカーと、闇族のヴィオラ。そして、そのどちらにも属さない自分……。


「断る」


イージスは笑顔で返す。


「例えば、お前は勝負に負けた時『負けたから諦めよう』となるのかな?」

「まさか。勝ち以外はあり得ない。僕は完璧でなければいけないんだ」

「……そうか。だが、それが答えだ。戦争は、勝敗がついたところで終わらない」

「ならば、どうすれば終わる?」


簡単な答えは、敵の殲滅である。しかし、この男・イージスが思い描いている未来は、そんな力技のものではない。


「さて。説明したところで、果たして、お前に理解できるかな」


イージスは余裕の笑みを浮かべて男を見下す。と、男は冷静にそれを受け取ると


「要するに、方針の違いだな」


スッと立ち上がると、イージスを見下ろした。


「悪いが僕は必ず目的を果たす。仕事は完璧主義なんだ。何としてでも君を手に入れるよ」


目的地到着のアナウンスが流れている。


「今のうちに、彼らとは別れの挨拶を済ませておくと良い。君が僕の隣に座るのは、確定事項だから」


男はそう言うと、スタスタと消えていった。


「……助かったよ」


イージスは未だ狸寝入りをするジョーカーに声をかける。


「なんだ。気づいていたのか」


ジョーカーはニヤニヤと笑いながら、座り直す。


「あいつが来た時点で、警戒して起きてくれたみたいだな。それまで寝ていたのに。野生の勘ってやつか?」

「生憎、王城育ちの坊ちゃんと違って安眠できなかったからな」


イージスはそれを聞き、申し訳なさそうに笑うと、改めて、先ほどの男を思い返す。


(あれが、アーサー=ディールだよな……)


ジグルドの話を聞く限り、トーマスはこちらに理解がありそうだったが、その息子は、何やら拗らせているようだ。


「お前には、今回も迷惑をかけそうだな」


イージスは苦々しく笑うと立ち上がる。


「ほら、ヴィオラ。降りるよ」


ヴィオラを起こし、イージスは電車を降りる。


 目的地・サウラシス中央である。


 ジョーカーは降りてすぐに見える大きな塔を見上げると、小さく、ため息を漏らした。

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