7−2・禁じ手【分析室】
鏡の向こうに見入っていた高山がうめく。
「こいつ……愉快犯ですらなかったのかよ」
岸本も呆れている。
「犯罪者と呼んでいいかも、分かりません。革命家……なのかも」
「日本に革命なんぞ必要ない。そうして2000年以上も国を保ってきたんだ。だが、自爆テロともいえんしな……。これが『警視庁を崩壊させる』って意味なのか?」
「確かに、これまでの警察には官僚主義がまかり通っていましたからね……」
「誘拐犯を相手にしていたはずなのに……俺たちはどこに連れて行かれるんだ?」
「でも、爆弾が移動するらしいことは分かりました」
「篠原さんの手柄だが……余計に話がややこしくなったぞ」
彼らの背後のスタッフには、募金サイトに記載されていた団体の情報が集まりつつあった。
1人が報告に現れる。
「20件ほどの団体を洗い始めた段階ですが、すでに不審なNPOが出ました。ホームレス支援団体ですが実質的な活動は3年ほど前から停止し、先月代表が交代しています。代表の身元を検索したところ、20年以上前に新左翼系の分派で爆弾未遂事件を起こしています。現在は組織から離脱したとされて監視対象から外されていますが、かなり確信的な活動家だったようです」
高山の表情が厳しさを増す。
「現在でも組織と関連がありそうか?」
「調査中です。公安にも依頼して、過去に関係していた人物や極左暴力集団の動向を統合してもらっています。案外、大きな絵が隠れているかもしれません」
「そう考える方が自然だろう。特に外国勢力の浸透に気を配れ。地下組織の資金源になっている場合も多いし、情報操作で〝クーデター〟を誘発しようとしている恐れもある」
岸本がうなずく。
「実際アメリカじゃ、大統領選で国の分断が隠せない状態になりましたからね。他国からの工作も大きかったようですし」
「募金も活動資金獲得のためだな。サイトに記載されていた団体に均等に寄付を分けたとしても、10件ほど配下の団体を紛れ込ませれば数億は稼げるはずだ。地下に潜伏していた反政府団体が国内の混乱を狙ったなら、マスコミを煽り立てる理由も分かる。身代金奪取に失敗したとしても、政情不安は起こせる」
「中里って、やっぱり活動家なんでしょうか? そうは見えないんですけど……」
「記録には現れていない。だが、ほとんどの大学は左翼の溜まり場のようなものだ。留学生や共同研究で中国と手を組むところも多い。アメリカの政権交代以降、特に動きが活発化しているからな。密かに洗脳されて、玉砕覚悟で乗り込んできたのかもしれない。過去の動向や学内での様子は徹底的に調査する必要がある」
報告にきたスタッフがうなずく。
「進めていますが、完璧を期すように念を押しておきます」
「頼んだ。それと、狂言だとするなら麗子さんの仲間が加わっているかもしれない。彼女の交友関係を徹底的に洗い直せ。特に左翼系の団体に近い者がいたら、そいつの周辺や銀行口座も調べろ」
部下が去ると、岸本もコンソールに向かう。
「こっちも気を引き締めないとね。あいつの人格もなんとなく掴めてきました。もう一度分析し直してみます」
「頼んだぞ」
そしてマイクスイッチを押し、新情報を伝える。
新たな展開を知った猿橋が中里に質問を投げかける。
『プランBを始めたってことは、募金は諦めたの?』
『とんでもない。まだ人質は危険にさらされているんですよ? 私は、身代金は募金サイトに――って言いましたよね。これから様々な企業と政府との癒着の内部情報が暴かれるでしょう。どんな企業が俎上に乗せられるかは、神のみぞ知る。でもそれって、企業価値を大きく毀損しますよね。スネに傷のある企業なら、あらかじめ防衛策を打っておく必要はあるでしょう? 人質を救うために、そして福祉団体を援助するための寄付行為なら、イメージアップは期待できます。後で爆発の被害者を出さないためだったと分かれば、効果も爆上がり。卑劣な犯罪を防ぐために協力したのなら、株主に対しての言い訳にもなります。不正に直接手を染めた人間だけを切り捨てれば、企業存続の障害にはならないでしょう? 人は見た目が9割、企業だって似たようなものですからね』
『100億円は諦めない、と?』
中里はカメラに向かう。
『記者の皆さん、目安箱の開設の際には、人質の件と同時に必ず募金サイトを広報してください。誘拐犯の要求は〝福祉施設への募金〟なんだと、はっきり分かるように。もしも100億円以上の寄付が集まったなら、私はこの計画にまつわる全ての情報を開示して、終わりにします。さて、これからは時間との勝負です。タイムリミットに間に合うように、頑張ってください』
猿橋が何かを言いかける。
同時に、高山がマイクにささやいた。
「サル! 何も言うな! 寄付が目眩しだと知っていることは悟られるな。せいぜい義賊を気取らせておけ。その間に、こっちでもっと確かな情報を集める。対抗策を考えるのはそれからだ」
それを聞いた猿橋がつぶやく。
『義賊のプライドは捨てない……ってことかしら?』
『利益を得るのは私じゃありませんから』
『でも、たくさんの人に不利益を与えることにもなるのよ』
『政治家とか、官僚とか、巨大企業とか……にね。あ、警察も、かな。しかし、そんな不利益を喜ぶ民衆は、何千倍、何万倍もいるでしょう。私は、彼らの代弁者なんですよ』
『デファンド・ポリス? それが〝警視庁を崩壊させる〟っていう意味なの?』
『正しい警察なら、必要です。私も治安が乱れることは好みません。でも、不正が放置されることはもっと許せません』
『それを、あなたが決めるの?』
『違います。人々の集合知が決めることを期待しているんです。そのためには、正しい情報が欠かせないでしょう? 政府やマスコミに操作された情報ではなくてね。その情報を提供するツールを作りたかっただけです。ウィキリークスの日本版、といったところでしょうか。ただ、不正を暴くだけではなく、是正まで求めていますけどね』
『それが大きな混乱をもたらすことが分かっていても?』
『未来は誰にも予知できないでしょう? まあ、様子を見守りましょう。どこのテレビが最初に報道を始めるか、賭けますか?』
猿橋が呆れたようにつぶやく。
『あなたにとっては、やっぱり遊びなの?』
『ゲームの一種ではあります。たった1つのちっぽけな誘拐をテコにして、どこまで事態を拡大できるか……。極限まで知恵を絞りましたよ。だけどゲームには、最終目的がある。私が勝利できれば、福祉団体に寄付が集まり、世の中の澱が多少でも白日の元に晒される。それが〝アガリ〟です』
『あなたは犯罪者として裁かれるけど?』
『そんな小さな代償、考慮に値しません』
『腹を括っているのね』
『すでに囚われの身ですし、しかも現行犯。というか、取調室の中で犯罪を遂行しているんですから、逃げられるはずもない。さて、テレビに変化が出たら教えてください。私は少し眠ります』
そう言った中里はテーブルに突っ伏した。
猿橋も口をつぐむ。
その間、中里の言葉を繰り返し解析し続けていた岸本が言った。
「でも、こいつ本当に左翼活動家なのかな……?」
「そうとしか考えられんだろう。状況証拠ではあるが」
「ちょっと引っかかるんですよね」
「何が」
「サルさんじゃないんですけど、あいつの言い回し……」
「どこが?」
「専門外なんで自信はないんですけど、あいつちょっと前に、テロリストを解放したのは〝愚かな首相〟だって言いましたよね」
「実際にテロの連鎖は拡大した。結果的に愚かだったことは間違いないだろう?」
「だけど、左翼的な正義を盲信しているなら、あの行動を〝愚か〟だと評しますか? 『人命は地球より重い』なんて、いかにもお花畑的なお題目じゃないですか。アメリカでそんなこと口走ったら、幼児扱いですよ。勝手に庭に入っただけで撃ち殺されたりしますから」
「おまえ、本当にサルみたいなことを言うな」
「なんか乗り移りましたかね?」
「だがその疑問、いい線突いてる。あいつ、まだ何か企んでいるかも。他にも良からぬ計画を隠しているとしたら……」高山の頭にも、別の可能性が浮かび始めていた。「今のところ、あいつは政治的な確信犯だっていう立場を崩していないが……」
「最終目的を隠す演技だとすれば、何がしたいんでしょうね?」
高山がニヤリと笑う。
「それ、すでに白状してるかもな」
「はい?」
「身代金目的だって、ずっと言っていたじゃないか」
「本当にそれが目的⁉」
「なんらかの方法で寄付受け取りの口座を操作できたとしよう。高度なハッキングはできないとしても、口座から引き出す情報を握っていたらどうだ? 暗証番号とかぐらいなら、手にしているかもしれない。公の募金でさえ、何割かは事務経費に取られているというしな。それなら数億円程度の身代金は掠められる。殺人も巧妙に避けているので、重罪は避けられるかもしれない」
「まさか」
「狂言誘拐や共犯がいる可能性は排除できない。むしろ、馬鹿でかい爆破まで見せつけた計画をたった1人で実行できると考える方が不自然だ。根本の計画は極左集団が準備したとして、奴は〝役者〟として敷かれたレールに乗っかったとしたら、どうだ?」
「極左グループの狂言や恫喝に乗じて、個人の利益を計ったと?」
「だとすれば、犯罪の主体は極左の方だ。彼らに脅迫されたとでも言い訳すれば、奴自身は被害者の側にさえ立てるかもしれない」
「だから堂々と乗り込んできた⁉」
「全て憶測だ。だが、可能性がないわけじゃない。深掘りしてみる価値はある。さすがMIT出だ。いいとこに目をつけたな」
「サルさんの物真似ですから、褒められるのはどうかと」
「だったら、実力を見せろ。データでヤツの脳味噌を解剖してやれ」
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