8−2・勝負手【分析室】

 高山は、自信満々の猿橋から目が離せずにいた。

 その横には、〝シナバー〟も立っていた。高山からの連絡を受け、数分前にラップトップを抱えて駆けつけたのだ。彼女は敏腕のホワイトハッカーだったが、今は警視庁の嘱託技官として本部の科捜研に在籍している。

 部屋着のままのような、ダブダブのジャージを着ていた。まるで、夜中のコンビニにたむろす〝不良少女〟を思わせる。しかも、寝起きのまぶたを億劫そうにこすっている。

 しかしその視線は、真剣そのものだった。

〝シナバー〟の本名は大河内辰砂(しんしゃ)だが、そう呼ぶ知り合いはほとんどいない。本人がシナバーと呼ばれることにこだわっているのだ。辰砂は赤の顔料や水銀の原料となる鉱石の名で、「賢者の石」の別名も持つ。英語名がシナバーで、革新的な変化をもたらすパワーストーンとしても珍重されている。

 篠原や高山と共に危機を切り抜けたこともあり、気心が知れた〝仲間〟だった。本来は好奇心を剥き出しにした快活な女性だったが、今は黙ってミラー越しに篠原たちを見つめている。

 あらゆる情報を吸収し、統合することに専念しているようだった。

 岸本が高山を見上げる。

「データも、サルさんの直感と矛盾しません。びっくりだな……なんか、斜め上にぶっ飛びましたね。でもなんで、あんなに自信が持てるんだろう……私なんか、よほど明確なデータの裏付けがなければ、断言できないのに。サルさんって、読みを間違えたことないんですか?」

 高山が呆れたようにつぶやく。

「とんでもない。5回に1回は間違えている。そして後悔を繰り返している。俺と初めて組んだ時からして、大ポカだったからな」

「ポカって?」

「……レイプ犯の出所を判定する精神鑑定で、クレヨンで絵を描かせたんだ。下手くそな絵だったよ。描いたのが無害な鳩だと思って、サルは釈放を進言した。だがその犯人、シャバに戻った途端に再犯だ。麗子さんと同じ年頃の娘をレイプし、結果、自殺に追い込んだ。だから余計に、麗子さんを助けたいんだろう」

「でもそれって、サルさんの責任なんですか?」

「後で絵を逆から見たら、鳩ではなくて悪魔だったそうだ。下手な絵だったから、本当にそうなのかは分からない。俺には鳩にも悪魔にも見えなかった。だからサルは、自分を戒めるためにいつもスケッチブックを持って犯罪者に向き合っている。忘れられないんだよ」

「そんな修羅場を……そうは見えませんよね。けど……そんなこと話しちゃって、サルさん、怒りません?」

「あいつはもう乗り越えてる。後輩の心配をすべき立場だ」

「後輩って……自分のことですよね」

「失敗を繰り返すと、立ち直れなくなるヤツも多い。逆に、本物に化けるヤツもいる。サルはそっちだ。お前は?」

 そう言った高山もまた、数知れない失敗と後悔の上に自我を確立してきた。仲間の大半も同じようなものだ。警官とは、そういう人種なのだ。

「自分にもできるのかな……」

「天才なんだろう? 他人の真似をする必要はない。ただ、波風なくって望むのは無理だな。折れそうになったら、サルを思いだせ」

「人の心って、本当に難しいですもんね」

「嘘つきってヤツは、自分自身にさえ嘘をつく。本気で改心することもある。それでも、本性は変わらない。間違えるたびに、サルは1週間は落ち込んでる。あんなにはっきり言い切るサルは、久々に見た」

「サルさんの目には、特別なものが見えてるんでしょうね……」

「それに、篠原さんも成長した。あの人がここまでサルを信頼するなんてな……」

「珍しいんですか?」

「助言は取り入れてくれる。だが、捜査方針の根幹は譲ったことがない。今はそれをサルに委ねている。上に立つ者の風格が備わってきた」

「サルさんも、信頼に応えているみたいですしね」

「極左を支援するのは、実態を暴かせるためだった――か……。だが、政府の不正を暴くと言ったり、暴力グループを吊し上げたり……一貫性が希薄じゃないか?」

「どっちも社会にとっては迷惑な連中ですから、本質は一緒だともいえませんか?」

「だったら、誘拐は警察に入り込む口実でしかなかったのか?」

「マスコミを煽って事件を公にするのにも役立っています」

「狂言なら、麗子さんも左翼シンパだということになる」

「だったら、中里は麗子さんを裏切ってますね」

「麗子さんと共謀している可能性は薄いか……」

「麗子さんも極左に騙されているなら、そうともいえませんけど。逆に麗子さんが組織員なら、主体は彼女の方になります。その計画を手伝うフリをしながら、ドブさらいを企んだのかも」

「決めつけるのは危険だが、可能性は捨てきれんな」

「自分はそっちにベットします。その方が断然面白そうだし」

「賭けでも遊びでもないぞ。だが、情報は徹底的に集めんとな。あの篠原さんが一歩引いて、サポート役に徹しているんだからな」

「でも、それだったら結果も安全に収束します。人命を傷つけないように腐心している理由も分かりますし」

「それはそうだが……ヤツがテロ組織まがいのグループに挑んでいるとすれば、何がそんなことをさせる動機なんだ?」

「内紛――という可能性はあるかもです」

「流血のない内ゲバか……。それなら、究極の目的はやっぱり革命だな。だが、国内の混乱を助長したいなら、逆効果にならんか? テロ組織が実態を現せば、国民を警戒させるだけだ。なぜこんな極端な行動に出る? 調査ファイルでも、これまでは活動家的な言動は見られない。というより、左翼的な傾向があるとも思えない……」

「そこは自分の専門外です。サルさんに分析してもらいましょう」

 うなずいた高山がマイクのスイッチを入れる。

「サル、適当な理由を言ってこっちに来てくれ。相談したい」

 取調室を見つめる高山の元に、部下が報告に来る。

「高山さん、報告が上がってきました。依然として麗子さん足取りは掴めません。都内広域の監視カメラ映像の顔認証では、事件発生以後の反応なし。宮城県周辺にも捜査を拡大していますが、同様です。脚での聞き込みは空振りばかりです。各地のログハウスやペンション周辺での異常も発見できません」

 部下が去ると、高山がぼやく。

「車はすぐに発見できたのにな……。中国とかなら、数分で居場所が分かるとかいうのに。ここまで手がかりが得られないとは思わなかった。変装とかさせられているのか、顔認証ソフトの能力が劣っているのか……?」

 中里のバイタルを精査しながら、岸本が応える。

「最近の顔認証AIは、顔の凹凸や虹彩とか、体全体の動きとかまで総合するので、簡単にはごまかせませんって」

「だが、女は化粧で別人になるぞ」

「化粧ぐらいじゃね。人間を騙せても、AIは無理でしょう。凄まじく進化してますから。確かに中国並みに全国に監視カメラを張り巡らせれば、一瞬で行動経路を確認できるかもしれないけど。そんな権力をお望みですか?」

「ちょっと愚痴ってみただけだ。俺だって日本を丸ごと牢獄にはしたくない」

 と、猿橋が言った。

『ちょっと席を外させてください』

 篠原があえて怪訝な顔を見せる。

『どうした?』

 猿橋は恥ずかしそうに顔を伏せ、席を立つ。

『さっきから、具合が悪くて……』

 そして取調室を出る。

 トイレに行くフリではあったが、2人とも中里が単純に騙されるとは思っていない。それでも、何度か繰り返されてきた彼らの連携は崩されることはなかった。

 猿橋が分析室に入って、シナバーに気づく。

「あ、来てくれたのね。助かる」

 シナバーがようやく口を開いた。

「こんな面白そうな事件、見逃せないもの」

「あなたならそうでしょうね。概要は聞いた?」

「大体。資料のデータも迎えの車の中でざっと見ました」

 そしてラップトップを見せる。

「で、感想は?」

「あの人、面白いですね」

「面白いだけならいいんだけど、怖いよ。大勢の命がかかってるから」そして高山に言った。「何か発見があったの?」

「サルの意見が聞きたい。ヤツが仲間のフリをしながら極左の実態を暴こうとしていると仮定して、その動機はなんだと思う?」

「それって、今、気にすることですか?」

「事件解決には遠回りだとは思う。だが、どうしても納得できない。サルもヤツの一貫性の無さが気になるんだろう? 俺もそれが鍵だと思えて仕方ない。昭和の刑事の戯言だと思ってくれていいがな」

「わたしも引っかかってはいたんです。ずっと考えていたんですけど……根本原因は、娘さんの死ではないかという気がするんです」

「20年以上前の? ヤツ自身が関係ないと言っていただろう?」

「だからこそ、です。感情の乱れは読み取れなかったんで嘘ではないと判断しましたが、逆に隠すべき出来事だったのかもしれません。教授が感情を抑制する訓練を積んでいることは、疑いようがありません。事件後に社会生活に戻るためにも、不可欠だったのだと思います。それが四半世紀も積み上げた努力なら、それを暴けるほどの実力は、わたしにはないかもしれません」

 岸本もうなずく。

「ですよね……センサーにすらバイタルの変化を読み取らせないなんて、常人を超えている。仙人レベルですよ。だけど、教授という呼び名にはわずかに嫌悪感のような反応が出てますね」

「それは間違いないと思う。教育が仕事なんだから、不正確だとしても教授という名称を嫌う理由はないはず。嫌っているのは、教育者という立場そのものじゃないかしら。それもかなり根深い感情で、怨恨に近いような……」

「だったらなぜ何10年も助教を続けているんです?」

「何らかの理由で辞めることが許されない――とかかな」

 岸本は他人事のように応じる。

「まあ大抵の人間は、仕事が嫌でもやめられないって言いますからね。子供の教育費とか、住宅ローンを抱えてとか……自分には信じられないけど」

「あんたははみ出し者だからね。でも教授は、ローンのためなんかじゃない。単身で能力も高いんだから、望めば自由に生きられるはず。特別の目的にために耐え続けてきたに違いない」

「やっぱり仙人ですかね。耐えるというより、受け流すスルースキルが突き抜けているんでしょう」

「多分わたしたちは、教授の精神力をみくびっていたんでしょう。知力は高いし、感情のコントロールも見事です。どこに隙があるのかさっぱり見えません。ここに来てからも頭の中の計画を隠したまま、警察や記者をいいようにあしらってきました。一体、どんな人生を送ってきた人なんだろう……。悔しいけど、この先にも何か企んでいるとしか考えられない……」

 高山が考えこむ。

「身代金の奪取も、不正の摘発も、極左の解体も、全てが目眩しなのか? その先って、なんなんだよ……?」

「教授は最初、この誘拐をゲームになぞらえていました。それが本心だとするなら、これまでの経過の中で最終地点に向かって1手づく状況を整えているんでしょう」

「王手に向かって警察を追い詰めている、と?」

「警察だけじゃない。教授は初手からマスコミを巻き込んで事件を公開させようと駒を進めてきました。それは分かるんですけど……」

「だから、最終目的は?」

「謎です。けれど、これほど周到な計画には必ず成し遂げなければならない目的がある。わたしたちには見えなくても、教授には人生を賭けるに足る目的があるんです」

「ヤツの頭にもっと深く入り込め――ってことか」

「努力はしてるんですけど、難解で……。鍵はきっと、ほんの些細な場所に転がっています。『神は細部に宿る』といいますから」

「分かる気がする。知的犯罪者ほど細部をおろそかにしないものだからな。劇場型オレオレ詐欺のシナリオやチームワークなんて、見事なものだぞ」

「結局は教授も詐欺師だと?」

「欲しいのは金ではないと思う。だが、得体の知れない目的のために警察を騙しているなら、稀代の詐欺師と呼んでも間違いではない」

 岸本が加わる。

「人質の公開やら爆弾やら目安箱やら……確かに、何か要求してくるたびに事件が拡大してますもんね。でも、詐欺師っていうのはしっくりこないですよ。事件の拡大そのもの、日本中の注目を集めることに執着してるというか……」

「わたしも同意です。そして世間の注目が最大限になった時に、何かをやろうとしている……そこで、真の目的を明かすのでは?」

 高山が苛立ちをあらわにする。

「だから、その目的は⁉」

 岸本が肩をすくめる。

「やっぱり究極の愉快犯――だったりして」

「それはあり得ないわ。いくらスルースキルが高いとしても、何10年も自分の心を圧し殺し続けたらどこかに軋みが生じる。耐えに耐えた末に行動に出ざるを得なかったのなら、もっと切実なはずでしょう? 行動の端々に、犯罪者とは対局の常識と理性を感じる。だからこそ、怪我人さえ出さずに警察を動かそうとしているんだと思うの」

 高山がうなずく。

「そこは認める。ヤツに凶暴性は見られない。人が苦しむ姿を見て喜ぶ人間なら、爆弾だって無駄には使わない。あれだけの爆薬なら、ビルの1つぐらい潰せるからな。だがサル、お前は奴に同情してるんじゃないか? 仮に娘の死に耐えてきたからといって、明らかな犯罪者だ。決して何かの犠牲者じゃない」

 岸本も言った。

「〝社会の犠牲者〟とかって、常套句ですものね。情状酌量を勝ち取るにも都合がいい、魔法の呪文です」

「わたしはそこも不思議に思ってる。自分から警察に来た以上、逃げ道はないと覚悟しているはずよね? だから何をやらかすにしても、きっと最後は裁判で情状酌量を訴える――って予測していた。なのに、教授は潔い。すべての退路を経って、未来も諦めているような気がして仕方ない」

「まあ、サルの直感はバカにできないからな……」

「自分もサルさんには何度か出し抜かれてますしね……。でも、全て狂言誘拐だっていう前提の話ですよね」

「決めつける訳にもいかんだろうが……困ったことに、俺にはもうそれ以外の可能性が思い浮かばない」

「わたしも同じ。教授は基本的には犯罪に手を染める人間じゃない。誘拐も似つかわしくない……」

 高山が意を決したように言った。

「まあ、狂言以外の可能性は全国の所轄が全力で調べている。関係者の足取りが掴めるのは時間の問題だろう。ヤツと向かい合っている俺たちぐらいは、狂言にこだわっていても大勢には影響がない。しばらくはその線で考えてみよう」

「狂言だとするなら、麗子さんは主犯側? 教授はなぜこんな危険な計画に協力するんだろう……」

「女子高生1人で考えられる犯罪ではないだろう。爆発物まで用意しているんだから、背後に何らかの組織がある」

「過激派グループ? そんな人たちに、麗子さんが取り込まれるかしら? お堅いお嬢様学校の高校生なんだし」

「確か中里の勧めで、休日はボランティア団体の活動に参加していたはずだ。治療の一環だ、とか」

「それは見たけど……公園の清掃とかやってる福祉サークルよ?」

「その団体、中里の大学の学生が主体だったはずだ。大学は過激派や新興宗教の狩場だから、勧誘の技術はルーティン化されている。入り口はだいたい無害なサークルや語学やヨガの教室なんかだ。中里の大学も例外じゃないだろう。海外のテロ組織にはエスタブリッシュメントの子女が加わる例も多い。『父親たちの所業に嫌悪感を覚えて、正義の戦いに身を投じる』って構図だ。南氏は不正を噂される高級官僚だ。その子供が狙われるのはある意味当然で、洗脳されてテロ組織に加わることはあり得る。父親とは不仲だったようだしな。そんな要素がどこかで交差した可能性は高い」

「だとしたら、組織が企てた計画に加担させられてるってことね。教授は……その計画を知って、便乗した?」

「やっぱりそうなるか……」

「確かに、大学ってほとんどリベラル系よね。教授仲間とか学会も、幅をきかせてるのは左翼ばかり。教授も見た目はそれっぽかったし。でも教授がそこに反感を抱いていたなら、大学の構造自体をぶっ壊したいと思ったかも……」

「それなら、やましい寄付先を暗に告発するような行動は理解できる。仲間のフリをしながら摘発を誘導した――って読みは正解だな。ここにきた時のリベラル風の服装も、偽装として身に染み付いたものなんだろう」

「そうだったら、とんでもない策士ね。大学の息苦しさを我慢しながら、ずっとチャンスを伺っていたことになる……。だけど、そんな仮面を何10年も保っていられる?」

 岸本が肩をすくめる。

「それ、死ぬよりつらそうですね。自分にはムリだな」

 と、高山は不意に思いついたように言った。

「ヤツの行動から考えると、3つの爆弾ってのはフェイクだと思うが、サルはどう判断する?」

「実在するとしても、脅しのため。絶対に起爆はしないと思う」

「断言できるか?」

「わたしは確信してるけど、読み違いはあり得るかな。爆弾を仕掛けたのが極左側なら、教授は関われないかもしれないし。そもそも、教授の精神構造を確定できるだけの情報が集まったともいえない」

「爆弾が本当にあるとして、これまでの会話の中に場所の手がかりはないだろうか?」

「何も感じなかったけど……」

 岸本も付け加える。

「まして、場所自体が動いているなら、発見は不可能かと……」

 それまで沈黙して彼らの会話を咀嚼していたシナバーが、口を開く。

「爆弾、移動しているんですか?」

 高山も苦しげな表情を見せる。

「ヤツはそう示唆していた。本当かどうかは分からない」

「でも、生中継とかゴルフ場の爆発とか、よほどのスキルと自信がなければできませんよね。だったら、本当なんじゃないですか?」

「だが場所が動くってのは、どうすれば可能だ? 農薬ベースの爆薬なら、かなり大きなものだろう?」

 いったん会話に加わったシナバーは、堰を切ったように予測を展開する。充分な情報を吸収し、脳内での統合を終えたようだった。

「例えば……トラックで移動し続けるとか、列車もありかも」

 高山の頭も、自然に議論の体勢に切り替わっていた。

「車で移動するなら、必ず共犯が必要だ。運転者は死ぬ覚悟ができているとでも?」

「宅配便に紛れ込ませるとか?」

「宅配便では、爆発する場所は選べない。ヤツの言葉に嘘がないなら、場所は都内だ。移動するにしても、範囲は限定されているはずだ。列車の貨物なら圏外へ出てしまうかもしれん。トラックで都内を周回していると考えるのが妥当だ。首都高速をぐるぐる回る、とかか……」

「共犯者が運転しているなら、爆弾だと知らないのかも」

「サイズはどれぐらいになる? 重量はどれほどになる?」

 シナバーはテーブルでラップトップを開き、すぐさま計算の準備に入る。

「宮城の爆発の規模から試算してみます。岸本さん、爆発現場の写真をこっちに回してください」

 猿橋が言った。

「爆弾が動いていたら、どうやって爆発させるの? タイマー?」

「Wi―Fiがあれば信号も送れると匂わせていたな。スマホでも起爆できるんだろう。そんなものが高速の渋滞の中で爆発したら、地上に火がついたガソリンが降り注ぐ……」

「最悪を想定する必要はあるものね……」

 と、爆発現場の場像を見ていたシナバーが不意に声を上げた。

「あ! そうか!」

「何か分かったか⁉」

 シナバーが高山を見上げた。

「爆発現場、ゴルフ場の外国人従業員の住居ですよね。これ、コンテナハウスです!」そしてモニターの写真を指差す。「ほら、ここ。残骸が見えるでしょう!」

「それがどうした?」

「人質がログハウスに監禁されてるっていうの、犯人が見せた映像からの印象でしょう? 監禁場所が車だったら? 簡単に移動できますよ。運送屋みたいな大型車の内部を改装すれば、ログハウス風にもできるでしょうし。こっちからは暗視カメラ映像しか見られませんから、細部は確認できません」

「移動しているのは爆弾だけじゃない、ってか……」

「キャンピングカーとか宅配便の2トントラックとか、それなりのサイズがあれば偽装できそうです。軽トラ程度の容積では難しそうですけど……」

「分かった! その視点から人質の映像を解析してくれ。人質が監禁されている部屋の大きさを割り出せ。最小でどの程度の大きさなら偽装が可能か、計算してくれ」そして高山は背後の部下に大声で指示した。「捜査方針を付け加える。人質は宅配便などのトラックに監禁されている可能性がある。各所の監視カメラ映像を洗い直せ。長時間駐車している不自然な車両を探せ!」

 と、猿橋がつぶやく。

「爆発は宮城……仙台から高速を降りたのよね。なぜわざわざ仙台に――って思ってたけど、車ならフェリーに乗ったんじゃない?」

 高山がうなずく。

「フェリーのトラックの中、か?」

「それなら、いくら探したって見つからない」

 さらに高山の指示が飛ぶ。

「仙台港周辺のカメラを重点的に調べろ! フェリー乗り場が中心だ!」そしてシナバーを見る。「だが、海上から映像が送れるか?」

「フェリーは陸からあまり離れませんし、これもWi―Fiが繋がれば……」言いながら、サイトを調べている。「あ、ダメな場所もありそう。携帯がつながらない区間も多いかも」

「だったら、麗子さんの映像が途切れることもあるはずだろう?」

「ですね。ずっと中継されてたってことは……あ、衛星ルータか。イリジウム衛星通信用のルータを用意していれば、人工衛星経由ですから理論上地球上どんな場所でもネットに接続できます。通信料さえ気にしなければ、市販されているサービスです」

「密閉した車内とでも通信できるのか?」

「偽装アンテナを車外に出すのは簡単です。常に電波が出ているので、アンテナが発見できれば車両はすぐ特定できます」

 高山がさらに指示を加える。

「最近の衛星ルータの契約を調べろ! 可能なら、契約者の人相も確認しろ!」

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