第16話 まぁ、そういうわけだ

 それにしても、おやっさんは察しが良い。本当に助かる。

「なるほどなぁ。となると…薬屋か」

 俺はさらに頷いてから、ふと思いついたことがあった。

 もしかしたら、固有名称であれば同じ発音になるのではないだろうか。

 だとすれば、唯一それだけは日本語でも通じることになる。

「アデル!」

 俺は薬屋として商人の霊に紹介された名前を日本語で発音してみた。

「ん? アデル…ああ、薬屋アデルか。まさか兄ちゃん、アデルの主人と知り合いなのかい?」

 その質問には、首を横に振って答えるしかなかった。

「なんだ、そうなのか。じゃあなんでアデルなんだ? 他にもっと大きな薬屋はいくつもあるだろうに」

 そうは言われても、俺は商人の霊から紹介されただけなのだ。

 どんな人なのか、どんな店なのか、まったく知らないのだ。

 何とも言えない表情をするおやっさんに、俺も同じように何とも言えない表情で応えるしかなかった。

「ま、詮索はしないさ」


 しばらく歩いたのち、おやっさんが口を開いた。

「とりあえず、我が家に到着したら薬屋アデルまでの簡単な地図を描いてやるよ。それを見ながら行けばいい」

「ありがとうございます!」

 俺は元気に礼を言い、おやっさんに頭を下げた。

「ハハッ! 今のは俺でも分かるぜ? ありがとう、だろ? 良いって事よ! 困った時はお互い様さ!」

 おやっさんはガハハと豪快に笑いながら、俺の背中をバンバンと平手で叩いてきた。

 思わぬ行動だったので、ちょっとふらついてしまった。

「おっと、悪ぃ悪ぃ。ちょっと強すぎたな」

 そう言って悪戯っぽく笑うおやっさんを見て、この人の性格がさらにもう少し分かった気がした。


 ◆ ◆ ◆


 俺はおやっさんの家に招き入れられた。

 おそらくダイニングと思われる部屋に通され、椅子に座るよう促された。

 四人掛けのテーブルと、それにあわせた四つの椅子。

 机の上には花が一凛、小さな花瓶に飾られていた。


 これはさすがに女性が飾ったんだろうな。

 花を見ながらそんな風に思う。

 あのおやっさんが花を飾るとは、ちょっと思えないからな。

 いや、案外そう言ったところまで気が回る人なのかもしれない。

 が…

 多分無いだろうな。


 部屋の中を軽く見まわしてみる。

 簡素ながらも必要なものは揃っていそうだった。

 さすがにナイフなどがそのまま置いてある訳ではなかったが、棚と食器は見て取れた。ガラス戸が付いていないところをみると、もしかしたらこの世界でガラスは高価なのかもしれない。

 街中を歩いていた時に見たお店にはガラス戸が付いているところも複数有ったので、ガラスが使われていることは間違いない。

 それに、おやっさんの家でも窓はある。

 使う場所を限定している感じ、と言えばいいだろうか。


「すまんな。俺はそろそろ寝ようと思ったんだが、ミィナのやつが朝の野菜を採りに行っててな。もうすぐ戻ると思うんだが…」

 ミィナ…というのは、おやっさんの奥さんだろうか?

「あぁ、ミィナっていうのは俺の妹でな」

 妹さんか。

 おやっさんがなんか、すげぇ優しい顔してる。

 そうとう妹を大事にしてるんだな。

「俺たちは兄妹二人で暮らしているんだ。まぁ、なんだ。両親はもう居なくてな。この町の住民も、前の大陸戦争で大勢亡くなったからな…」

「大陸戦争…」

 日本語での発音は、おやっさんにどう聞こえたか分からない。

 が、戦争という言葉は強烈な力を持っていた。

「まぁ、そういうわけだ」


 大陸戦争。大勢が亡くなったという戦争。これは後で商人の霊に聞いてみた方が良さそうだな。

 そんなことを考えていると、玄関のドアが鈴の音と共に開いた。

「ただいま兄さ…あら、お客様?」

「あぁ、ミィナ、帰ったのか。おかえり。野菜は俺が持っていくから、お前は彼にお茶を出してやってくれないか」

「え? うん、わかった。じゃあこれ、お願いね」

「おう。任せてくれ」

 籠いっぱいに入れた野菜を床に置いて、綺麗な女性が部屋に入ってきた。

 おやっさんは籠を肩にかけると、家の奥へと入っていった。

「えっと、私はミィナって言います。あの、兄とはどういった関係で?」

 まるで彼女の両親に言われるみたいだな。

 てか、おやっさん! 頼むから状況を説明してから行ってくれよぉ!

「あ、えっと、ですねぇ。実は俺、日本語しか話せなくてですね」

「あら、外国の方でした? もしかしてバベル語が話せない感じです?」

 ミィナは俺の方を不思議そうに見つめながらそう言ったのだった。

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