初期装備が風呂なんですけど
龍宮真一
第1話 やっぱ風呂は最高だな
風呂は良い。一日の疲れを取り除いてくれる。
風呂は良い。体の芯から温まる。
風呂は良い。とにかくまぁ…良い。
仕事場まで家から一時間と四十分ほど。
行きと帰りで三時間半くらいかかる計算になる。
自宅から駅までの十分と、駅から仕事場までの十五分、この合計二十五分が徒歩だ。それ以外はほぼ満員電車に揺られている。
自分のタスク以外にもガンガン振られてくる仕事は、いつまでたっても終わる気がしないし、実際に自分がゆっくりできる事はなく。
だから終業時刻が来たら無理矢理にでも帰っているけど、そうなると仕事が溜まる。
出社で疲れて、仕事で疲れて。
それの繰り返しを週末の土日を寝て過ごして回復する。
自分で改めて考えてみたが…なんだこの毎日。
そうか、ここが地獄だったのか。
そんな、どん底に落とされた気持ちですら、風呂という存在は温かく包み込んで癒してくれる。
そのおかげでと言うか何と言うか、俺は今のところまだこの地獄のような日常を生き抜いている。
「あぁ…やっぱ風呂は最高だな…」
日曜日の夜に入る風呂で、俺が必ず言う言葉だ。
それは翌日の月曜日から新たな一週間を戦い抜く自分へ向けた、いわば自己暗示に近かった。
俺は思う存分バスタブでぬるま湯に浸かった。
「さぁて…っと」
バスタイムを終えることを決心して湯船から立ち上がり、ドアに手をかけた。
さぁて、バスタオル、バスタオル…
ドアを少しだけ開けて、脱衣所に置いてあるバスタオルへと手を伸ばす。置く場所は決まっているから、少し手を伸ばすだけで特に見なくてもすぐに…
プニぃっ
「ん?」
思わず声が出た。
タオル…だよな?
プニプニっとしていて、ひんやりした手触り。
何度かムニムニと握ってみたり撫でてみたりしたが、どう考えてもタオルとは言い難い手触りだ。
「なんだぁ?」
中途半端に開けていた扉をグッと開く。
『プルプルンっ…』
「…は?」
それは、音だ。
音?
いや、タオルは触っただけじゃ音なんて出ない。
あ、音は出るか?
でもこんな音なわけがない。
『プルルルルン…』
俺は自分が触っているモノを、改めてしっかりと見てみることにした。
扉の向こうにあって、自分が触っているモノ。それは、綺麗な水色をしていた。
透き通っては…いないな。
これは…なんなんだ?
『プルンプル~ン』
音と共に、俺の手を包み込むゲル状の何か。
ん? 若干痛い? あ、痛いかも。痛…!?
「いってぇ!?」
俺は必死にゲル状の何かを引きはがした。引きはがされたそれは地面に落ちて、再びプルプルという音を立てた。
俺は右手を見た。赤く腫れて、火傷のようになっている。
「な、なんじゃこりゃぁ!?」
どこかの刑事のような叫び声をあげてしまった。
扉を急いで閉める。
向こう側にちらりと見えた光景を無視し、とにかくまずは身を護るために扉を閉めたかったのだ。
俺は右手にねっとりとこびり付いている粘液を急いで流水で流した。
水道水で洗い流した粘液が身体の他の部分につかないように注意して流し切るが、まだヒリヒリしている。やはり軽い火傷のようになっている。
「マジかよ…てか、なんなんだよ…」
扉の先に見えた光景。そう、光景。
それはいつもの見慣れた脱衣所ではなかった。
あれは…岩肌だった。
意味が分からん。
なんだ? 夢か? 俺、風呂入ったまま実は寝てる?
いや、この右手の痛みは…現実だ。これはさすがに夢じゃない。
「なんか…やばい」
口に出てた。
あまり考えたくはないが、今の状態が有名なアレか。そう、アレ…
「…なんだっけ?」
本気で思い出せないとかヤバくない?
いや、まぁ、今はそれは置いておこう。
今必要なのは、この状況を打開する方法を見つけることだ。
正直なところ、まっっっっっっっっっったく、思いつかないんだが!
…とにかく、現状確認だ。
どうやら外に居るゲル状の何かは、風呂場には入ってこないようだ。となると、ここに居れば安全なのか?
いや、そうとは言い切れないか。
となれば、できるだけ早く何とかしたほうが良いだろう。
にしても、この外が異世界になっているとなると…
「あ、思い出した」
この現象の名。それは…
「これ、異世界転移だわ」
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