第18話 地図を描いてやってくれないか
「お待たせしました」
声と共にミィナがキッチンから顔を出した。
手にはお盆と木のカップが二つ乗っている。
うん、自分の分もしっかり用意しているあたり、なかなかちゃっかりしている気がする。可愛らしい性格な気がする。
「どうぞ。あ、まだあまり冷めていないから、熱いと思うの。だから気を付けて飲んでね」
ミィナはそう言いながら、お盆から木のカップをテーブルの上、俺の目の前に置いた。
もちろんミィナ自身のカップも手前に置き、さっさと座ってニコニコこちらを見ている。
あ、これは早く口を点けないとダメなやつだ。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺は顔の前で両手を合わせて言い、ティーカップを両手で持ち上げた。じんわりと暖かい。このままずっと持っていると熱くなってくる気がする。湯気もたっているし確かに熱そうだ。
俺はゆっくりとカップを口に近づけ、軽く息を吹き付けて冷ましてからズズズッと口に含んだ。
うん。熱い。でも美味しいな。
町の入り口横にある門兵の詰め所でおやっさんが出してくれたお茶も美味かったが、こちらの方が味が濃い気がする。香りが濃い、と言うべきか?
こっちのは、ジャスミンティーのような香りだ。
「ふふっ。美味しい、ってことで良いのかな?」
俺は笑顔で頷いた。
「良かった。じゃあ私も飲もうかな」
ミィナは自分のカップを口に運び、満足そうにニッコリしている。
そんな彼女の顔を横目に、目の前のカップを見つめながら、何度もお茶を口に含む。
そうして香りを嗅ぎながら、再び考えを巡らせた。
魔法が有るかどうか、気になる。
異世界に紛れ込んでしまった身としては、そこは結構重要な部分だったりする。
なにしろ魔法を使えるとなると、この世界をより楽しめるはずだからだ。
ゲームでは当たり前に使える魔法。たまに魔法は無くて剣や拳のスキルだけで戦い抜くような世界観の小説やゲームもあるが、それはそれ。
やはり異世界、ファンタジー、中世っぽい、とくれば魔法だろう。
あるかどうかを確認するためには、魔法の道具が存在するのかを確認するのも良い手だと思っている。
俺の風呂場にあるシャンプーやリンスなどと同じような特殊な効果を持つアイテムがあれば、恐らく魔法も存在するだろう。
今のところは見つかっていないが。
まぁ町に入って日も浅いし、少し町を見て回れば色々と情報が手に入るだろう。
バベル語を話せないという最大の問題点はあるが。
目の前に座るミィナを見る。
ミィナは不思議そうにこちらを見ている。
魔法ってあるの? と聞いたところで言葉は通じない。
さて、どうやって聞けばよいやら…
相手の言葉が日本語に翻訳されて聞こえるのはありがたいんだが、ある意味困る仕様だ。
なにしろ、俺がどう発音すれば良いか覚える足掛かりをすっかり無くしてしまっているのだから。
固有名称は思った通り、そのまま発音されるという事は分かった。
その辺から何とか攻めていくしかないんだろうか。
うーん…いやいや、難しいだろそれ。
「野菜、冷暗所に置いてきたぞ」
「あ、ありがとう兄さん。兄さんもお茶、飲む? それとももうお休みする?」
「おお、すまんな。あっと…熱いのか?」
「もう、本当に猫舌なんだから。ちゃんとキッチンに冷ますために入れておいたから、そろそろぬるくなってると思うわ」
「はは、すまんな。助かるよ」
そう言って、おやっさんは苦笑いしながらキッチンへ歩いて行った。
あれは妹には頭上がらない感じだなぁ。
そう思うと、俺もつられて苦笑いしていた。
「あっつぃっ!」
キッチンからおやっさんの叫びが聞こえた。
どんだけ猫舌やねん!
「もう、どんだけ猫舌なのよ、もう」
ミィナと同時に心の中でツッコんでいた。
とんでもない猫舌ってので、某伝説のヒットマンを思い出してしまった。
キッチンから木のカップを持っておやっさんが戻ってきた。
ふぅふぅとしきりに息を吹きかけている。
そんなに熱くねぇだろうに…
「あぁ、そうだ。彼はどうやらアデルの薬屋に行きたいらしいんだが、地図を描いてやってくれないか。俺はこれを飲んだら眠気に勝てなさそうなんでな」
「そうなの? 分かったわ。安心して、私が描いた方が兄さんが描くより正確だし分かりやすいから」
「おいおい、俺も地図くらいかけるぞ」
「兄さんの地図はおおざっぱすぎるのよ。それで何回私が苦労したか知らないでしょ」
「んぐ…」
おやっさん…どんまい。
「ま、兄さんももういい時間なんだし、眠気も限界なんでしょ? さっさと飲んで寝ちゃってね」
「あ、あぁ、そうさせてもらうよ」
相変わらずふぅふぅして冷ましているおやっさんだが…いつ眠れるんだろうなぁこれ。
「てことだ。悪いが、地図は妹に描いてもらってくれ。俺はこの後眠らせてもらうよ。じゃあミィナ、後は頼んだ。まだ町の事良く分かってないと思うから、時間があるなら色々と案内してやってくれ」
「うん。分かったわ。という事で、よろしくね…えっと…外国のお兄さん」
「ん? あ、ああ、よろしく」
俺はぺこりと頭を下げた。
ところでおやっさん…会話についての情報、一切妹さんに教えずに寝ちまう気なのか?
俺のジトっとした視線など感じる余裕もないほど、おやっさんはカップの中のお茶を冷ますのに必死になっていた。
俺はミィナを見つめた。
俺と同時に、ミィナも肩をすくめるのだった。
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