第13話 見ない顔だな

 近づいてくる町の入り口。その両脇には、申し訳程度の装備をした兵隊が立っていた。

 とんでもなく暇なのだろうか。面倒そうな、ダルそうな、なんともシャキッとしない立ち姿の門番たちだ。

 俺は怪しまれないようにするため、できるだけ普通に町に入るようにしようと心に決めていた。他の人たちと同じように。


 だが…


 十分ほど少し離れた場所から観察をしていたのだが、町に出入りする者は居なかった。

 まさかこの町…人の出入りが極端に少ない町なのか?

 もしもそうだとするのなら…普段見ない者が町に訪れたりしたら、色々と調べられる可能性が高い。

 それに、出入りが少ないほど普段の出入りする人物は顔を覚えられているだろう。

 とするならば…珍しく見たい顔が町に入るとなると…

 自然と俺の眉間には皺が寄っていた。


 ◆ ◆ ◆


 あれから小一時間ほど経った。

 ずっと町への出入りを見ていたが、この間に出入りした人数わずか三名。

 とんでもなく少ない。

 しかも、その三名は全員が門番と顔見知りだったようで、挨拶と談笑だけで通されていた。

 これはさすがに無理ゲーでは?

 町に入るための門番とか、令和の日本じゃ考えられない。

 空港の手荷物検査とかはあるが…

 まぁあれも門番と言えなくはないか。

 それにしても…


「どうやって入るんだよ、これ…」


 小声ではあったが、思わず口をついて愚痴がこぼれた。

 思わず右手で口を押え、周囲を見渡す。

 どうやら誰にも気づかれていないようだ。

 危ない、危ない…


 状況を整理し、思案したものの答えは出ず。そして再び整理し直して思案し…と繰り返すうちにさらに時間は過ぎていく。

 このままでは日没が来てしまう。


 …日没?


 そうか、闇に紛れて侵入するのは古代からの定石だったな。

 でもそこまでやる必要があるのか?

 ぶっちゃけ、色々調べられたくはない…

 なにしろコートの下は全裸だ。

 自分が犯罪者だからとかそんなことでは決してないのだが、状況を正直に話して理解してもらえるとは到底思えない。

 あぁ、ダメだ…考えれば考えるほど、纏まらない。


 その時、いつだったか友人に聞いた言葉を思い出した。

 ―考えてダメなら、動くっきゃねぇよな?


 思い出して、ちょっと笑ってしまった。

 ほんとにその通りだわ。

 ま、やるしかねぇわな。


 ◆ ◆ ◆


 俺は町に入りたいだけだ。

 普通に歩いて、普通に入る。ただそれだけだ。

 声をかけられたら、普通に挨拶を返すだけ。

 それだけだ。

 それだけ…


 俺は自分に言い聞かせながら、生まれて初めてじゃないかと言うくらいにバクバクと音を立てる心臓を感じながら、門番二人が待ち構えている町の入口へと歩いた。


「お、見ない顔だな。商人…でもないか? ん? その草はなんだ? 悪いが、毒草かどうか鑑定をさせてもらえるかな」


 思っていた通りというか、まぁそうなるよなっていう普通の反応だ。

 仕方がない。これはもう、仕方がない。

 俺は笑顔でこう言った。

「もちろん! お仕事、ご苦労様です!」

 つとめて明るく。敵意が無いことをアピールするように。それでいて普通に。

 そんなことを頭で何度も考えながら、そう言った。


 瞬間、門番の表情がひきつった。


 俺はその、急速に変化する門番の表情を目の前で見て、何かをやらかしてしまったのだと理解した。


 ◆ ◆ ◆


「お前…何て言ったんだ? 外国人か?」

 門番に普通に返事を返しただけだ。

 たったそれだけのことだ。

 言葉だって複雑なものではない。いたって普通の言葉だったと思う。

 だが、門番は俺のその言葉を認識できなかったようだった。

 そう。俺が話した日本語が、通じなかったのだ。

「なぁ、兄ちゃん。もう一回だけ、話してみてくれねぇか?」

 門番が二人して、俺に詰め寄る。


 おかしいじゃないか。

 俺には、この門番が話している言葉がハッキリと理解できるんだ。

 だからこそ俺は、その言葉と同じ日本語を使って返事をしたんだぞ?

 門番たちも日本語で話しかけてきたんだ。

 日本語で。

 …日本語…だよな?


 俺は自分の顎に手を当てて、考えを巡らせた。


 もしかしたら、俺は大きな勘違いをしているのではないだろうか。


 俺は日本語で話し、この世界の話せる者たちと日本語で会話していた。

 でも普通に考えたら、そんな都合の良い事が有るわけがないのだ。

 それこそ漫画やアニメじゃないか。

 だが、実際に俺は今までに出会った師匠と商人の霊の二人とは、日本語で話していた。

 カブトムシと、ゴーストと…

 なんだろう、俺は話していたんだろうか。

 ちょっと思い出してみる。


 確かに俺は、口から日本語を発声していた。

 だが…二人の言葉はどうだったろうか。

 音声…いや、違った。

 あれはどちらかと言うと、自分の脳に直接理解できるような状態…思念での会話と言うか、そんな感じだった。


 ヤバいかもしれない。

 俺の背筋を嫌な汗が伝って落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る