第12話 これは試練じゃて
『なんだ? 薬草が欲しいのか?』
「師匠。そうなんです。薬草と、あとはヒトが食べられるキノコや木の実もですけど、それらを採取できればそれを売ってお金を手に入れられそうなんです」
『なるほどな。それくらいならオイラが分かるぞ』
そうだった! 師匠はこの森を熟知しているんだった!
「師匠! 俺は信じてました!」
『弟子の為だからな。教えてやんよ!』
「よっ! さすが師匠! 森の主! イケカブトムシ!」
『はっはっは! そう褒めるなよ。イケカ…イケ…なんだって?』
「イケカブトムシです」
【イケカブトムシとは?】
「あー…えっと…カッコイイカブトムシ、って事ですね」
『なるほど! イケカ…イケ…なんだって?』
【イケカブトムシですね】
『長くないか? オイラ、覚えられねぇぞ』
「いや、覚えなくても良いと思…」
【短縮してみてはどうです?】
俺の発言キャンセルしないで⁉
『短縮か。なるほどな!』
「いや、ですから…」
『イケ…ト…?』
【イケ…ト…シ?】
『イケトシ! いいじゃねぇか!』
「えぇ…」
声に出てた。
なんだよイケトシって…
【良いですね。イケトシ】
『だろぉ?』
【短くて覚えやすいですし、どことなく良い響きです】
『はっはっは! だよな? じゃあイケトシで!』
【よっ! イケトシ!】
『なーっはっはっは! もっと褒めて良いぞっ!』
なんだこの地獄は…
◆ ◆ ◆
「うん。なんとか薬草だけで洗面器いっぱいに出来たな。これならそれなりの金額を手に入れられるんじゃないか?」
【そうですね…大金にはなりませんが、釣り針を買う金額くらいにはなるのではないかと思われますね】
「え、それだけ? ナイフは無理そうですかね…」
【ナイフですか。そうですねぇ。粗悪なもので良ければ何とか購入できるかもしれませんが】
「粗悪品、ですか…なるほど…まぁ、とにかく実際に売ってみて、手に入った金額を見てからどうするかは考えましょうか」
【そうですね】
商人がニッコリと微笑む。よし、そうしよう。
『町へ行くなら、オイラは外で待っているからな』
「えっ⁉」
『正直なところ、森を出るまでは構わんのだが、町に入るのはちょいと抵抗があるんでな』
「師匠…ついて来てくれないんですか?」
【残念ながら、私も同行は出来かねます】
「え…じゃあ俺一人で行くの?」
『弟子よ。これは試練じゃて』
「師匠、しゃべり方そんなんでしたっけ?」
『ふぉっふぉっふぉっ』
完全に雰囲気だけでしゃべってるじゃないですか。
【ふぉっふぉっふぉっ】
いやあんたは関係ないがな。
『てことで、頑張って来いよっ!』
良い声で言いやがる…
【一番近い町は、こちらへまっすぐ行くとほどなく見えてくるでしょう。私の生前から変わっていなければ、薬屋アデルが一番信用できます。町の東口から大通りをまっすぐ行って、噴水広場の右手…北側ですね。そちらにある商店街の看板を探せば見つかると思います】
「なるほど…」
看板…俺、分かるのか? この世界の文字とか知らないぞ?
俺は師匠と商人の霊を交互に見た。
言葉を話すカブトムシ…確かに街中では目立ちすぎるな。
身体が半透明の商人の霊…まぁ街中入ったら大騒ぎだわな。
うん。確かに一緒に町へ行くのは無理かな!
「一人で何とか頑張ってきます」
『おう! オイラは樹液でも舐めながら待ってるぜ!』
カブトムシですもんね。
【うまくいくことを祈っております。あ、神に祈ると私自身が浄化されてしまうかもしれませんから、祈るとは言いましたがそれは上手くいくように願っているという事でして】
うん。勝手に成仏しないでね。
俺はニッコリと微笑み返すと、そのまま無言で町の方へと歩き出した。
外套の下は、真っ裸なわけだが…それを思うとちょっと変な気分だ。
下手すりゃ変態だ。
いや、世界が違うから大丈夫か?
「んなこたぁねぇ」
思わず自分の思考に音声付きでツッコんでしまった。
そうこうしているうちに、道らしきものが出てきた。
カーブの頂点に合流した感じで、このまままっすぐ行くと町に行きつく…らしい。
俺はこの後の大問題に、この時点では全く気付かないまま、意気揚々と洗面器いっぱいの薬草を持って道を歩いて行ったのだった。
「足、痛くねぇや!」
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