第14話 質問を用意しよう

 どうやら俺は、この世界の住民の言葉を『日本語』として理解できるらしい。

 これもこれで充分に都合の良い話なのだが、残念ながらその逆は無理らしい。

 そう、俺の言葉はこの世界の言葉としてではなく、純粋に『日本語』として発音されているらしいという事だ。

 某青い猫型ロボットが出してくれる翻訳系のアイテムよろしく、自動的に聞く相手が理解できる言語に翻訳されるわけではない。と思われる。

 であれば、俺が何を言っても伝わらないという事なのだが…よし、あえて聞こう。


「えっと…私の言葉が伝わっていない感じですかね?」


 笑顔は絶やさず(ひきつってるだろうけど)言葉を発するが、門番たちの表情を見るに…やはり通じていないようだ。

「むぅ…やはり何と言ってるかは分からないな…」

「どうする? 何を話しているか分からなければ、町に入れるのは難しいぞ?」

「それはそうだが、外国人だとすると言葉が通じないのは仕方が無い事だろう。それだけで町に入れないというのは問題があるだろう」

「むぅ…」


 恐らく例外が極端に少ないのだろう。

 それほどに他国から…ましてや聞いた事もない言語を話すほど遠くから外国人が町に来ることなんて、ほとんどないんだろうな。

 そして、前例が無いからこそ即判断できない。

 例外を例外として処理する事にも慣れていないだろうから、その判断をする事にも困惑する。


 う~ん…これは時間がかかりそうだ。


 ◆ ◆ ◆


 門番たちの詰め所に招かれて、しばらく時間が経った。

 そして俺はこの世界に来て初めて、味のあるお湯を口にすることが出来た。


 そう、お茶だ。


 俺が知っている味と比較すると、紅茶…ダージリンティーに近い感じがする。あれ、アールグレイティーだったっけ?

 まぁどっちでも良いか。

 そしてお茶と共に出されたカップケーキのようなものは、ほんのりと甘くてこのお茶にとても合う。

 紅茶と、ケーキ。

 まさかこの世界でケーキセットを食べられる日が来るとは。


「美味しいです」


 本当に美味しかったので、思わず笑顔で言ってしまった。

 日本語、通じないのに。

 だがどうだろう。

 門番は俺の顔を見て、こう言ったのだ。

「美味いかい? そいつぁ良かった」

 門番はめちゃくちゃ良い笑顔だった。俺は本心から何度も頷いた。

「お? 頷くって事は…俺たちの言葉は理解できてるって事か?」

 この門番の男性、察しが良い。俺はその問いにも大きく頷いて返した。


「驚いた! 話せないのに、意味は分かるのか⁉」


 門番の言葉に俺はハッとなった。俺は何度も頷いた。

「なんてこった…あ、いや、だがそうか…頷くだけじゃ、実際に通じているかは分からないか…」

 顎に手をやり思案顔になる門番。

 俺も思わず同じしぐさをしてしまった。


 確かに、頷くという行為を連続して続けるだけでは、それが本当に通じているかどうかの判断は無理だろう。


 はい と いいえ


 その両方が、間違いなく理解できていると証明できていなければ、本当に通じているかどうかを客観的に判断することは出来ない。

 そうだな。


 誰が聞いても「明らかに はい」である質問と、

 誰が聞いても「明らかに いいえ」である質問。


 これらを複数用意し、その中に本来確認したい内容の質問を混ぜる。

 そうすれば、その質問が正しく返答できているかどうかがハッキリする。

 だが、それを伝えることは出来ない。言葉が通じないからだ。

 門番がそれに気づいてくれることを祈るのみだ。

 ケーキの最後のひとかけらを口に運びながら、心から祈る。


 それにしても、美味いな。

 いや、多分元の世界で、日本で食べたケーキセットの方が断然美味しいんだろうと思う。

 だが、今この時。

 俺にとってはこのケーキセットが最上の美味だ。

 放蕩に久々に口にする甘さと美味さ。

 俺はその味を堪能した後、少し苦めの紅茶を口に流し込む。

 ああ、幸せだ。


「よし、質問を用意しよう」


 門番はそう言いながら、俺に笑顔を投げかけた。


 ◆ ◆ ◆


「じゃあ、今から四つの質問をするからな」

 俺は黙って頷いた。

「一つ目。あなたは私の言葉が理解できていますか?」

 俺は頷いた。

「二つ目。今は昼で、太陽が出ていますか」

 俺は首を横に振った。もう完全に日は暮れている。

「三つ目。水は地面から空へと流れますか?」

 俺は再び首を横に振った。

「最後に」

 そこで門番は悪戯っぽく笑い、続けた。

「さっき食べたケーキセットは美味しかったですか?」

 俺は思わず笑ってしまった。そして。大きく、何度も頷いた。


「ハッハーっ! ようこそストレイツォの町へ!」


 握手を求めるように門番が付きだしたその手を、俺は力強く握り返した。

「ありがとうございます!」

 通じていないであろう日本語を、俺は笑顔で口にしたのだった。

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