第6話 目印にはちょうどいい

 しばらく走ると、その木には林檎のような木の実が沢山っていた。

 ひとつ、もいでみる。

 服は着ていないから、両手の指で丁寧に皮を拭いてからひとかじりしてみた。まぁワックスなんかは使っていないだろうから、拭き取るものなんて特にないんだけれども。

 かじりついた口の中いっぱいに、甘酸っぱい果汁が広がった。

 味は俺が知っている林檎よりは薄かったが、確かにそれは林檎の味だった。


「美味い…」


 心底思った。

『そうだろ? その木の実は森の獣たちにも人気なんだ。ちょうど食べごろの実が生ってる木が有るのを覚えていたからな。運が良かったな!』

 俺は頷きながら、とにかくその林檎っぽい木の実を全部食べ切った。本当に腹が減っていると、こんなにも美味く感じるのか。空腹が最高の調味料とか聞いた事があるような気がするが、納得できる。

「本当にありがとうございました。師匠!」

 木の幹にしがみついているカブトムシ、ヘラクレス師匠に、俺は深々とお辞儀をした。

『ははは。良いってことよ。師匠として弟子に優しくしてやっただけだからな。わっはっはっはっは!』

 高笑いするカブトムシ…なんだこれ。

『ところで弟子よ』

「な、なんですか師匠?」

 この短時間で師匠と弟子、という関係が築けたのは良かった。

 相手、カブトムシだけど…

『オマエ、フクとクツ? は、やっぱり欲しいのか?』

「え、あぁ、そうですね。ぶっちゃけすごい欲しいです」

『ふむ。なるほど。じゃあ、ちょっとばかり古くても良いか?』

「え⁉ あるんですか⁉」

『うっっっるさいっ! うるさいわっ!』

「あ、すんません…」

 思わず師匠にかぶりつくくらいの勢いで近づいて大声をあげてしまった。目と鼻の先で大声上げたらさすがにうるさいわな…ほんと、すんません。

「ちょっとテンションあがりすぎちゃって…申し訳ないです」

『まぁ良いけどよ。それだけ欲しいってことだろ?』

 俺は激しくヘドバンのごとく何度も頷いた。

『よし。じゃあついてこい!』

 そうしてまた飛び立つ師匠を追って、俺は森の中を走りだした。


 森の中でカブトムシを見失わないように走るのは大変だけど、なんとかついていく事ができた。

 そうして辿り着いた場所は…

『ここだ。もう必要ないはずだからな。もらっても問題ないだろ?』

 それは…服を着たままの、一組の骸骨だった。


 ◆ ◆ ◆


 そこには、二人分の骸骨が横たわっていた。

 抱き合うように寄り添って、そこにあった。

 服は既にかなりボロボロになっているが、確かにまだ使えないほどではなさそうだった。

 だけど…これを使うというのは、正直精神的に無理そうだと思った。

「師匠…すみません。とてもありがたいんですが…これはちょっと…」

『なんだ? 使えないか? 確かにちょっとボロだが、まだ使えるように見えるんだがな。ダメそうか?』

 師匠が俺の頭の上にとまってそう言った。

「いえ、その…使えるのは多分、使えると思います」

『なら良いじゃないか。使わせてもらえば』

「そうなんですが…正直なところ、気持ち悪いというのと、この人たちから服を奪うのは良心が痛みます…」

『なんだ、そんなことか。ヒトはその辺、面倒なんだよな。昔知り合ったヤツも確かにそんな感じだった気がするぜ。結局オイラとは価値観が合わなすぎてなんとなく別れちまったが、今頃どうしてるかね…』

「すみません…」

 俺は、贅沢なんだろうか。いや、たぶんそうなんだろう。

 この人たちにとって、来ている服や靴が既に用済みのものなのは理解している。それは紛れもない事実だろう。それでも…なんというか、この状態の二人から衣服をはぎ取るという行為は、精神的に抵抗感が半端ない。そこまでやってまで手に入れるのは嫌だという意識が強すぎる。

 いや、それは半分くらいだ。やはり本心としては、気持ち悪いというのが大きいかもしれない。そのどちらも強いものだから、もう身体が拒否しているのを感じる。

『そこまで気にすることなのかねぇ』

 師匠が肩をすくめて言ってるように感じた。


【墓を作っていただけるのであれば、我々の所持品は全てあなたに譲りましょう…】


 突然聞こえた声に、全身がビクリと跳ねた。

 背筋にゾクっとする感覚。うつむいていた自分の前に感じる人の気配。

 これはもう、間違いない…

『なんだオマエ。ゴーストか?』

【いやぁ、そうなんですよ。ここで山賊に襲われてしまいまして…】

 あれ、なんか軽い?

 俺は意を決して俯いている顔を上げてみた。

 そこには、透き通った全身を持つ男性が立って…いや、浮いて? いた。

【はじめまして。私は旅の商人…でした】

「あ、どうも、はじめまして…」

 温和そうな顔だ。こんな人が山賊に…

 男性の服装などを見ても、この世界は俺たちの世界で言う中世あたりの世界観と思って良さそうだ。

【私と妻を、一緒に埋葬していただけないでしょうか】

 俺たちの世界の中世が本当のところどうだったかは当然知らないが、それでもきっと…幽霊やカブトムシと会話することは出来なかっただろうな。

 俺は男性の視線を受け止めつつ、そんなことをぼんやり思いながら…

「分かりました。それは任せてください」

 遺体をこのままにしておく事は、それこそ良心が痛む。

 俺は男性に頷いて返すと、すぐさま作業にかかったのだった。


 ◆ ◆ ◆


【ありがとうございました。この木は大きいし、目印にはちょうどいい】

「そうですね。この木はかなり大きいし、しっかりしてますからね」

『この木はこの森でもかなり長寿な方だからな。良い場所だぜ』

 人間の頭より少し大きめの石を置くくらいしか出来なかったが、それでもあのまま放置されているよりはマシだろう。

 俺の手や爪の間は土でがっつり汚れてしまっているが、嫌な感じは全くなかった。

 むしろ、達成感すらあった。

【さぁ、約束です。私たちの所持品は全て、あなたに譲ります】

「あ、いや、でも…」

【まぁそのまま使うのは、ちょっとアレでしょう? ですから、川に選択しに向かいましょう。すぐ近くにありますから】

『ああ、そうだな。そうと決まれば弟子! さっさとその装備を全部持て』

 二人? に言われるまま、二人の遺体から全ての衣服と装備をはぎ取った。

 それらを洗面器の上にまとめる。

 やれやれ…もうなるようになれだ。

 俺は小さくため息をつきつつも、洗面器を持って立ち上がった。

 陽気なカブトムシと、温和な幽霊。二人に連れられて、俺は川へと向かう。

 RPGの中でもこんなパーティーは絶対無いな。

 俺はそう思い、ちょっと苦笑したのだった。

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