第5話 オイラはそんな名前じゃない

 とはいえ、動き回る動物を捕まえるのは至難の業だ。釣り具さえあれば魚釣りくらいはできるが、そもそも見渡す限り森なのだ。音も匂いも含めて、辺りに水辺は無さそうだ。となると、できることは限られてくる。

 木の実や草、キノコ、そういったものを採って食べるしかない。だがどう考えても、危ない結果がチラつくのは否めない。

 毒キノコを食べて死ぬとか、野草を食べて死ぬとか、嫌すぎる。

「ボーイスカウトとか、やっとくべきだったなぁ…」

 まぁ全ては後の祭りなのだが。


 俺は木の幹にもたれかかって、どうするべきかを思案した。

 食べ物をとらないといけない。これは間違いない。

 何しろ、お腹が空いたという感覚がある以上、何も食べずに居たらエネルギー不足でぶっ倒れてしまうのは想像に難くない。いくらゲームみたいな状況だとは言え、その辺はリアルな気がする。

 タブンスライムにやられた右手の痛みや、岩肌の洞窟を歩いたときの足裏の痛みが、その辺の嫌な現実を俺に叩きつけてくるのだ。


『食べられるものの確保』

『それらの食べる方法』


 この二点を、早急に、かつ効率的に、導き出したうえで即行動に出るしかない。

 まずは一番良い方法は、この二点のうちの後者、食べる方法を考えなくてすむものを確保するのが望ましい。

 特に何も手を加えずに口にできるもの。その中でも比較的可能性が高いもの…となると、やはり木の実だろうか。野草も無毒で食せるものはあるだろうが、いかんせんドレッシングが無い状態で草を食べるとなると一気にハードルは高くなる。そう言えば、最近はスムージーなんてのが流行っていたっけ。あれなら案外飲める気はする。石で磨り潰せば行けるかもしれない。

 あ、でも器が無いな…ダメだ、一旦忘れよう。

 となると、やはり木の実か。栄養価も含めて良いはずだ。これが第一候補だな。


 次に動物の肉だが…これはさらに難しい。何しろ血抜きをして内臓を取り出して…と、やるべきことが山のようにある。簡単な作業ではないし、そもそも捕まえるのが一番難しいだろう。逆襲を受けてこちらが傷を負うリスクも高くなる。これは却下だな。

 であれば、そういったリスクや処理の工程が少しでも短く楽なもので言うと、やはり魚か。魚肉である。

 川魚程度なら、そのまま焼いて食べることも可能だろう。何を食べてるか不明だったりもするから、どのみちハラワタは何とかしないといけないかもしれないが…

 生で食べるのはリスクが高い。やはり、焼く必要はあるだろう。


 そう、肉を食べるとなると、動物肉であろうが魚肉であろうが火が必要なのだ。


 火をおこすなんて芸当は今までやったことがない。サバイバルの訓練を積んでいれば、難なくこなせるのかもしれないが…今の俺には無理だ。知識も技術もない。

 ドラマやなんかの見よう見まねでやることは出来たとしても、上手くは行かないだろう。

 それに、俺の少ない知識をもってしても、ナイフが必要であることは間違いない。

 ナイフが要るのだ。

「あぁぁぁぁぁっ! もうっ! 要るもんばっかりで何もできんっ!」

 思わず大声で叫んでしまった。


 ボトッ――


 木の上から落ちてきたのは、虫だった。

 俺の肌、肩の上に、虫の六本足が落とされまいとしてしがみついていた。

 うん。痛い。微妙に痛いのよ。

 よく見ると、それはカブトムシだった。

「なんだよ、カブトムシじゃん。けっこうデカいな」

『オイラはそんな名前じゃない。ヘラクレスって立派な名前がある』

「…」

『お? どうした? なんで黙ってるんだよ』

「しゃ、しゃべったぁぁぁぁ⁉」


 ◆ ◆ ◆


『たくよぉ。せっかく気持ちよく寝てたってのに、いきなり大声で叫びやがって。グールの連中かと思ってビビっちまったじゃねぇかよ』

 俺は自分の掌に乗っているカブトムシを見つめていた。

 声を発しているのは、間違いなくこのカブトムシだ。

 正直言って…生まれて初めての体験だ。驚愕。それに尽きる。

『なんだよ、マジマジと見やがって。まぁ? オイラはスタイル良いから? ジッと見つめていたい気持ちも分からなくはねぇがな?』

 いや、それは分からないんだけれども。ただ、こいつが今ドヤ顔をしているんだろうな、という事はなんとなく分かる。

『で? オマエは何なんだ? ヒト…だよな?』

「あ、あぁ、うん。そう…なんじゃないかな? 多分そうだと思う。少なくとも俺が知っている限りでは、俺はヒトだな」

『なんだそれ。はっきりしねぇなぁ。まぁ、オイラが見てもオマエはヒトだと思うぜ? けどよぉ。オイラの知ってるヒトってのは、フク? ってやつを着てるんだけどな。オマエは何も来てないよな?』

「う…わ、訳が有って、今はその…全裸なんだよ」

 虫に指摘されると、なんかすげぇ恥ずかしくなった。

 しっかし…虫と会話とか、本当に異世界なんだな。今になってようやく理解した気がする。

 少なくとも、日本で虫と会話してたりしたら、確実に変人扱いだろう。

『まぁ、オイラにとっちゃどうでもいいことだがな』

 じゃあ聞くなよ。

『で? オマエは何をしてたんだ?』

「見ての通り、今の俺はほとんど何も持ってないんだ。だから、靴とか、さっき言ってた服とか、その辺を手に入れたくてさ。でも腹が減ってきちまったから、今は食べ物を手に入れようと考えてた。考えてたんだが…どうやって手に入れたら良いか分からなくてさ。道具があれば良いんだけど、その道具が無いから結局何もできないって結論に達してだな。その…思わず叫んじまった」

『なんだオマエ、腹が減ってるのか?』

 カブトムシに聞いたところで、樹液の場所とかを教えてくれるだけだろうな。とは思うが…俺はとりあえず頷いていた。

『腹が減ってるのか。ふむ…ヒトは樹液は飲まないよな? となると、木の実とかが妥当か? たまに採ってるやつ見かけるしな』

「え! 食べられる木の実の場所とか分かるのか⁉」

『まぁな。オイラはこの森のことなら大抵は分かるんだ。どうだ、すげぇだろ?』

 間違いなくドヤ顔であろうこのカブトムシに、俺は更なる衝撃を受けた。

 俺の想像とは完全に違っていた。言葉を解するわけだからそれなりの知能が有るのは理解していたが、この察しの良さといったら。察しの悪いヒトよりも確実に知能が高い。

 まさか、俺の救世主はカブトムシなのか?

 いや、今はそんなことどうでもいい。俺が知らないこの世界の、この森の知識を持っているのであれば、それがカブトムシであろうが何であろうが助力を請うべきだ。

「凄いな…なぁ、師匠って呼んで良いか?」

『し、師匠だぁ? よせよ、なんか照れる』

 カブトムシがもじもじしている…これ、照れてるのか? もうわけわかんねぇな。

『まぁ、そこまで頼み込まれちゃ仕方ねぇな。教えてやるからオイラに付いて来な』

 得意げにそう言って俺の掌から飛び立つカブトムシ…ヘラクレスを、俺は見失わないように必死に追いかけた。


 その時は、なぜだか足裏の痛みを全く忘れてしまっていた。

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