第7話 急速腐敗のリターナー
川に辿り着いた後、俺は商人夫婦の白骨遺体から剝ぎ取った衣服などを洗うために川に足を入れた。そこで気が付く。
超冷たい。
「つっめっ! 冷たっ! え、なんで? 凄い冷たいんだけど冷たっ!」
とにかく川から出た。足がジンジンする。足を浸かったままにしていたらさすがにヤバすぎる。それくらいの冷たさだった。
『冷たいか。そりゃそうだろうな。何しろこの川は、ケイロス山の雪解け水が集まって出来た川だからな』
「雪…解け水? え、マジで?」
そりゃ冷たいの当たり前だわ。あぁ、うん。これ無理だ。足入れるのは、マジ無理。
【洗わないのですか?】
「いやいやいや、凍えて死んじゃうから。凍死しちゃうから」
『ヒトってやつは面倒だなぁおい』
「いやこれヒトじゃなくても入ってたら体温持っていかれて死んじゃうから!」
【なるほど、体温を…確かにそうかもしれませんね】
今は幽霊でも元ヒトだから分かってくれたんですね嬉しいですありがとうございます。
「とりあえず…ここから川の水に手だけ入れて洗うか…」
ヤベェ。指が思うように動かなくなるぞこれ。
そんな思いで服を洗おうとしたんだが…
ボロボロと崩れていき、まともな状態のまま洗えるものではないことが判明したわけで。
『時間が経ちすぎていたかぁ』
【私たちが山賊に襲われて死んでしまった後、ゴーストになったのは私だけでした。なぜ私だけが…そう思うこともありましたが、少なくとも妻は無事に成仏できているのだと考えると、逆に少し安心できました。ですが、私はそれでも成仏できず、自分たちの死体をずっと見ていました】
俺は冷たい手をこすり合わせて温めつつ、商人の霊が話すのを黙って聞いていた。
【この森は、グールが居るんです。ですから、私たちの身体も…きっとぐちゃぐちゃに食べられてしまうのだろうと覚悟をしていました。ですが、そうはならなかった】
「グールってやつは死体を食べるのか?」
『そりゃ、グールだからな』
【それは、グールですからね】
「いやいや、知らねぇから」
三人? のチグハグなやり取りで一瞬沈黙が流れたが、商人の霊がそのまま何事もなかったかのように話をつづけた。
やるなこいつ。
【私たちの身体を急速に腐敗させ、骨と衣服だけにした存在が居たんです】
「マジで?」
『ん? あぁ、なるほど。そうか、キャリージュリーか』
【そうです】
二人は分かっているようだが、俺はさっぱりだ。
「キャリージュリー…ってなんだ?」
全く聞いた事がない言葉だ。キャリーだから運ぶ? ジュリーは…分からん。
そもそもこれは生物のことなのだろうか。
『なんだ弟子、キャリージュリーも知らないのか?』
「えぇまぁ…」
俺はちょっと憮然としてしまったかもしれない。だが師匠はそんなこと気にせず説明してくれた。
『キャリージュリーってぇのは、アレだ。小石サイズのスライムだな』
「スライム!」
俺が風呂場の外で一番初めに出会ったやつも多分スライムだった。よく分からないから、俺が勝手にタブンスライムって名付けた。
スライムと言えば、いろんな作品で最弱だったり凶悪だったりするモンスターで、それだけに見た目が綺麗だったとしても気を付けないといけない相手だと言えた。
『あいつらこの森特有のスライムなんだわ。
《急速腐敗のリターナー》
って
何それちょっとカッコイイ。
『この森では当たり前の存在だからな』
「当たり前すぎて、忘れられがちってやつか?」
【その通りです。まぁその彼らが私たちの身体を急速に土へと還したわけです。だからまだ服も靴も使えると思ったのですが…】
「思っているよりも月日が経っていた、って事なんじゃ?」
【そう…なのでしょうか】
なんとなく、商人の霊はどこか寂しそうな表情に見えた。
『お前さんが思ってるよりも時間が経ってたって事か。となると、そりゃあアレだな。お前さん、自分と嫁さんの遺体を何か月も眺めてたって事か』
【何か月も…】
今度はすこし驚いたような表情を見せた。
【気づきませんでした…私は私が思う以上に、あの場に留まっていたのですね…誰かが見つけて埋葬してくれるまで、ここで…】
そして商人の霊が俺を見た。
【ここで私は、あなたのような人が来るのを待ち続けていたのですね…】
彼が見つめてくるのを、俺はなんだか申し訳が無いような、いたたまれないような、そんな不思議な気持ちで受け止めていた。
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