第8話 とっておきの方法?

『まぁ服が使えなかったのは、仕方ねぇよなぁ』

 師匠がつとめて明るく言った。

『そっちの革の外套がいとうはどうだ?』

「外套の方は…」

 ぼそぼそと言いながら、革の外套を手に取ってから川の中に浸した。

 刺すような冷たさが伝わってくる中、その綺麗な水流でジャブジャブと洗う。

 生前の商人が着ていた革の外套。

 こちらはなんとかボロボロになることなく、何とか使えるレベルを保っていた。

「よっ、っと…うん。多分使えそうかな」

 川の水から持ち上げた革の外套を脇に置いて、俺は手を振って水を切り、そのあと両手をこすり合わせた。くぅ…やっぱ冷てぇ…

【良かった。まったくの無駄にはならなかったようですね】

『布系は無理だったみたいだが、革の方が行けたならまぁ良かったな』

「ですね。革製品が残っただけでも超ありがたいです。靴も使えるし」

 そう。革の靴も問題なさそうだったのだ。当初の目的は、なんとか達成することが出来そうで嬉しさがにじみ出ていた。

 まぁ、洗いたての革靴を素足に履くのはさすがに冷たすぎるから嫌だが…

 あとは靴擦れが気になるところではある。なにしろ素足に靴だからな。

 ともかく使える状態なのは本当にありがたい。まぁ足のサイズが合うかは…乾いてから履いて確認するしかないかな。

 あと、商人の奥さんが使っていたモノはさすがにサイズが違うので使えるものが無かった。ただそのままにするのはもったいないので、持っては行くつもりだ。


 ところで…

「もう暗くなってきたし火を熾したいんだけど…なんとかできたりします?」

 俺は師匠に聞いてみた。そんな俺の言葉に、ヘラクレス師匠と商人の霊が顔を見合わせて黙っている。

『オイラは無理だな。というか、普段必要ねぇからなぁ』

【私も無理ですね。申し訳ない】

「まぁそうだよね…」

 洗ったばかりの外套は、さすがに冷たすぎるから着れない。となると、今夜はこのまま…裸のままで寝ることになる…

 いやいやいや、さすがにそれはキツいだろ。無理があるって…

『ヒトって裸だと、体温を保つのが難しいんじゃねぇか? 毛皮、ついてねぇしな』

「師匠の仰る通りで…」

【そうですよね。これは困りましたね…私は体温を奪うことはできるのですが…】

「それはかんべんしてもろて…」

【ですよね】


 さぁて…どうする? このままだとさすがにキツい。

 昼間はまだなんとか太陽(この世界のも太陽で良いのか不明だが)が出ていたからなんとかなった気がするんだが、夜はさすがに無理がある気がする。

 うん。明らかに昼より気温が下がっている感じがある。

『しょうがねぇな。とっておきの方法を使うか』

「とっておきの方法?」

『大事な一番弟子をいきなり失うわけにはいかねぇからな!』

 そう言って師匠は暗くなってきた空へと舞い上がった。

 何をしようって言うんだろう。

 そう思っていたら、いきなりキーンという耳鳴りが聞こえた。

【これは行けません。急いで耳を塞いでください】

 俺は言われるまでもなく、思わず両耳を手で塞いでいた。それを見た商人の霊は、うんうんと頷いていた。


 と、いきなり自分の鼻から液体が伝い落ちた。これは経験がある。

 鼻血だ。


「え…」

【あぁ、ちょっと遅かったですね。でも、意識はしっかりしていますよね?】

「あ…うん。ちょっと頭痛いけど、意識はしっかりしてる…てか、そんなにヤバかったの?」

【そうですね…】

 そんなやり取りをしているところに、空から師匠が戻ってきた。

『今、オイラの友人を呼んだからな。しばし待つのだ…って、どうしたんだ弟子!』

 俺は鼻を抑えて続けて血が出るのはなんとか止めているが、初めに伝ってきた分は顎から喉、胸から腹、そして太もも…と伝っていってしまっていた。

【ヘラクレスさん。ヒトには先ほどのスキル、ちょっと危険です】

『なんと⁉』

「なんか、耳がキーンってしたら、鼻血が出てきたっすわ…」

『それはすまんかった。まさかヒトがそこまで弱かったとは…』

【いえ、そうではないです。今回の、遠くに届くようにいつもより強めにされませんでしたか?】

『ああ、そうだ。確かに強めに…いつもの二倍程度で使った。そうか…それがいかんかったわけか。あいすまぬ』

「いや、とっさに耳を覆ったのでなんとか間に合った…のかな?」

【そうですね。あのままだと恐らく脳に大きなダメージが発生していたでしょう。間に合ったようで良かった】

「脳にダメージ…」

 怖っ…


 てか、スキルって言ってたが、やっぱり魔法とか技能ってのがこの世界にはあるって事で良さそうだ。まぁ魔法はまだ俺の願望だけど。

 そう言えば俺も確かスキルは使った気がする。

 俺は洗い上げた革製品を乗せた洗面器を見つめた。

 この洗面器を盾みたいにしてタブンスライムを押しのけたときに、確か…シールドバッシュ、だったか。それが発動したって脳に響いたのを覚えてる。


「師匠。大丈夫です。俺はこの通り元気ですから!」

『弟子…その優しさは心に沁みるわい。ありがとう』

「いやぁ」

 そんな風にまっすぐ礼を言われると、さすがに照れる。

「そ、そうだ。師匠がさっき使ったのって、魔法ですか?」

『いや、あれはスキルだな。ってさっきゴーストがそう言ってたろ?』

「あ、そうでしたっけ? じゃあ魔法ってのは無いんですか?」

【当然ございますよ。ご存じない?】

「いやぁ…そうなんですよね」

 俺は苦笑しつつ頭を搔いた。なんともこっぱずかしい。

 しかし、やはり魔法は存在するんだな。やっぱ異世界と言えばそれは外せないよな。

「その辺の知識とかって、教えてもらっても良いですかね?」

 俺は少しでもこの世界の知識を得る必要がある。いつ帰れるか分からない以上、生き抜くだけの知識は必須だ。

 俺は真剣な目で商人の霊を見つめたのだった。

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