第9話 俺のため?
俺の真剣な視線を受けて、商人の霊はニコリとほほ笑んだ。
【私で良ければ】
「ありがとうございます!」
両手を取って握手! と思ったが、幽霊に触ることはできない。のね、出した手はそのままぎこちなくガッツポーズに変わった。
【どうやら冥界へ行くのは、もう少し後になりそうですね】
「あ…そう言えばそうですよね…良いですかね?」
【何を仰っているんですか。私と妻を埋葬していただいた恩人に、直接恩返しができる機会がいただけるのですよ? こんなに幸せなことはありませんよ】
商人の霊が満面の笑みを見せてくれたので、俺としても心底ほっとした。
「じゃあ、そのお言葉に甘えさせていただきます。よろしくお願いします!」
握手は出来ない。ので、今度は大きくしっかりと腰を直角に曲げて頭を下げた。見事に綺麗なお辞儀が出来たと思う。
商人の霊と今後勉強する時間をとってしっかりやっていきたいと話していると、頭の上に居る師匠が動いたのを感じた。
『そろそろか』
師匠がボソッと言ったそのタイミングで、俺は身体にそれを感じ取った。
「地震?」
いや、地震ではなさそうだ。一定のリズムでわずかな振動を感じる。そしてそれは、少しずつ強くなっている気がする。
【あれは…なるほど。ご友人と言うのは…】
「ちょ、この地響きって…なんかこっち近づいて来てるんじゃねぇか?」
『そうだぞ。これはオイラの友達だ。弟子が夜を安心して眠って過ごせるように呼んだんだ』
「俺のため?」
『うむ』
ますます近づいてくる地響きは、何かが走ってこちらへ向かってきているものだと理解した。
でも、ここまで大きな地響きがするとなると…かなりの大きさでは?
俺がゴクリと唾を飲み込んだ時だった。
目の前に、ゴォウッ! と言う轟音と風圧を伴ってそれは姿を現した。
《グルァァァァァァッ!!》
巨大な…俺の四倍はあるほどのデカさをもった獣が、そこに居た。
熊のようであり、狼のようであり、虎のようであり。
全身を毛皮に覆われた、巨大な獣。
『よう、兄弟。元気にしてたか?』
「し、師匠…これって…」
【おお…大きな獣であるとは分かっていましたが、これはもしや…】
『以前、ヒトの友人に聞いた事があるんだが、こいつはヒトにとっては幻の獣なんて言われてるらしいからな』
【やはり! いやぁまさか冥界へ行く前に見る事ができるとは…】
「幻の獣? ああ、幻獣ってやつか? へぇ…これが…」
俺は目の前におとなしく座っている巨大な獣を下から上までじっくりと観察した。確かにデカいが、この…毛皮は…モフモフ…やべぇなこれ。
【そうです。幻獣グーロ。その巨体、その容姿、まさに伝承の通り!】
「グール⁉」
『いや、グーロな? 全く違うからな?』
若干キレ気味に言う師匠。
「あ。グーロね。グーロか。しっかし…でっけぇなぁ…」
見上げるその巨躯はまさに圧巻のデカさだ。
顔は虎っぽく、身体は熊っぽく、尾は狼のそれだ。
そしてやはり特筆すべきはそのデカさ。四足歩行状態ですら高さが三メートルは超えている。立ち上がったら…いったい何メートルになるんだ?
《グルルルゥ…》
『あぁ、急に呼んで悪かったな、兄弟。なに、お前に新しい兄弟が出来たから紹介しておこうと思ってな。このヒトのオスが新しい兄弟だぜ』
人の雄…あ、そうか。
「それ、俺の事だよな?」
『そうだぞ、弟子。ここにヒトはお前しか居ねぇからな。ほれ、挨拶しな』
「あ、うん。えっと、ヘラクレス師匠の新しい弟子になりまし…うぉっ!」
ベロォンという擬音語が必要だ。俺が話している途中で、巨大な舌が俺を舐めた。それも何度も。
「うぉ、やめ、ちょ、ま!」
ベ~ロベロベロ~♪ という感じで、全身がべっちょべちょになっちまった。
『あはは! まぁ気に入ったって事だな。良かったな!』
「ちょちょちょ、まってくれ~!」
俺の必死の訴えを聞いてくれたのか、なんとかベロ舐め攻撃は止まった。
ふぅ…べちょべちょ…だと思ったけど、なんかちょっとスッキリしてる?
【グーロには舐めて癒すスキルがあるんですよ】
俺の心を読んだのか、商人の霊が教えてくれた。
なるほど、だからなんだかスッキリしてるのか。
《グルル…》
「あ、なんかスッキリしたよ。ありがとう。えっと…先輩?」
《グルゥ…》
これ、伝わってるのかなぁ…
思ってたよりつぶらな瞳をしてるなぁ。虎っぽい…と形容したが、見ようによっては猫っぽい。そりゃそうか、虎もネコ科だったわ。
俺はグーロ先輩の喉から胸の辺りを両手で撫でた。うわぁ…このモフ感はヤベェな…癖になりそうだ…
《グゥ…グゥ…》
「え…これ…寝…」
『うむ。寝よったな』
【寝ましたね】
来て数分も経たないうちに座ったまま寝始めた巨大な獣に、俺はあっけにとられたのだった。
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