第15話 良かったら一度うちに来ないか?

 ストレイツォの町に入ることが許された俺は、もう夜も遅いという事もあって、とりあえず詰所の仮眠室で眠らせてもらう事になった。

 この世界にきて二度目の夜。

 一応、しっかりした寝床で眠る事になった訳だが…

 うん。昨日のグーロ先輩に勝てるわけが無いな。

 今後たぶん。どの布団で寝てもグーロ先輩には勝てそうにねぇや…

 そんなことを考えながら、いつの間にか俺は眠りについていた。


 翌朝。

 門兵のおやっさんが来る前に目が覚めた俺は、この後どうしようか悩んでいた。

 この町に来た目的は、薬草を売ってそのお金で釣り糸と釣り針、そしてナイフ(できれば良い奴)を手に入れることだ。


 購入するか、物々交換するか…


 ぶっちゃけどちらでも構わない。可能なのであればそれを実行するまでだ。

 まぁ問題は、この持ってきた薬草がそれに見合うかという事だが…

 あ、あと、実際のところ、最低限でも良いから服が欲しい…

 結局欲しいものがたくさんあるのだ。現状なにも持っていないに近いから、仕方が無いわけだが。

 とはいえ。

 今回持ち込んだ薬草の量では、恐らくどれかひとつを手に入れるので精一杯だろう。

 いや…ナイフはもしかしたら、手に入れるのは難しいかもと言われていたっけ。

 中古でならあるいは、という事だったが…

「今後使い続ける可能性が高いから、中古は怖いなぁ…」

 思わず声にしていた。

 中古は怖い。

 でもだがしかし。

 今後生き延びるために、サバイバルを生き抜くために、最も手に入れたいのは…ナイフだ。そう、ナイフが最優先だ。

 次点で釣り針。その次に釣り糸か。糸の方は最悪木の蔓とかその辺で代用できそうだ。あ、でも魚に針を持っていかれたら元も子も無いか。

 難しいところだな。

 そして、服。


「服…なぁ…」


 俺は革の外套を見下ろす。

 首元を少しだけ指で前に広げて、中を見る。


「裸…なんだよなぁ…」


 ぼそりと言いつつ、現実を再確認してため息をついた。

 いや、背に腹は代えられない。服は諦めよう。うん。


「よう、外国から来たあんちゃん。もう起きてたのかい?」

 俺が服を諦めたタイミングで、おやっさんの声が部屋の入り口から聞こえた。

「おはようございます」

 伝わらないのは分かっているが、日本語で言いつつ俺は頭を下げた。

「ははっ。おはよう、とか、寝床ありがとうございました、とかかね? まぁゆっくり眠れたのならよかったよ。そろそろ自分も交代の時間なんだ。家に帰るんだが…良かったら一度うちに来ないか?」

 腰に手を当てながら俺を見ていたおやっさん。

 本当に人が良いなぁ。

 せっかくだ、ここはひとつ、この町の事を教えてもらうのもアリだろう。

 俺は大げさに、何度も頷いて見せた。


 ◆ ◆ ◆


 おやっさんとの会話は、一方的なものだった。

 それもそのはず。

 俺は「はい」と「いいえ」のどちらかしか伝えることが出来ないからだ。

 相手から質問されなければ、自分の意思を伝える事すらできない。

 これはなかなかに大変だ。

 とはいえ、今は他に良い方法が見つからない。

 しばらくはこの状態で何とかしていくしかないだろう。


 おやっさんの家へと向かう間、街中を通ることになった訳だが…さすがに早朝だからか人がほとんどいない。

 いや、単純に人口が少ない町なのかもしれないが。

 それでも何人かの町民には出会えたので、この世界の人々がだいたいどんな服装なのかはしっかりと把握できた。

 まぁ、昨日入り口前で見張っていた時も何人かの服装は見ることが出来ていたのだが、少し遠目に見ていたことも有ってディテールは分からなかったのだ。


 見た目は何と言うか、一般的にファンタジー物の映画やアニメに出てくる服装そのもの、と言う感じだ。

 つまり、恐らくは中世とかその辺の服装であって、俺たちの世界でも特別と言うわけではないものだ。

「そう言えばお前さん、お金はあるのか?」

 おやっさんの質問に、俺は一瞬どう答えるべきか悩んだ。

 そしてとりあえず、手に持っているプラスチック製の洗面器いっぱいに入れた薬草を指さした。

「ん? 薬草? それがお金? なんだ、あんちゃんの国ではそれがお金なのか?」

 おやっさんの不思議そうな表情に、俺は首を横に振った。

 んむぅ。

 どう説明したものか。

 ここは完全にボディランゲージで何とかするしかない場面ではないか。

 俺は洗面器を持っていない方の手、右手の親指と人差し指をくっつけて輪を作った。

「ん? なんだぁ? 話の流れからして…お金の事か?」

 俺は笑顔で頷いた。

 そしてその後、薬草を右手でつまんで持ち上げ、おやっさんに渡す仕草をした。

 おやっさんは「お、おぅ?」とか言いながらそれを受け取る。

 そして俺はおやっさんの手の上に左手で輪を作って、それを自分の方に持ってきて洗面器に入れる仕草をした。

「ああ! なるほど! その薬草を売ってお金にしたいって事か!」

 俺は満面の笑みで大げさに頷いた。

 やはりボディランゲージは全ての世界で通じる最強言語だったのだ。

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