第20話 わしに何のようじゃ?
ミィナに一言告げた後、俺は再び街中へと向かった。
調べたかったのは、ひとつ。
そう、薬屋アデルについてだ。
いや、正しくは違うな。
正しくは、俺が商人の霊から聞いた場所と違う場所に薬屋アデルがあった理由、だ。
薬屋アデルは、商人の霊が言うには…
【一番近い町は、こちらへまっすぐ行くとほどなく見えてくるでしょう。私の生前から変わっていなければ、薬屋アデルが一番信用できます。町の東口から大通りをまっすぐ行って、噴水広場の右手…北側ですね。そちらにある商店街の看板を探せば見つかると思います】
という事だった。
だが、噴水広場は有ったものの、薬屋アデルが実際にあった場所は医薬区だ。
噴水広場は医薬区ではないし、噴水広場の北側は商店街ではないのだ。
さっきミィナに案内してもらった時に分かったのは、噴水広場は町の中心にあって、医薬区はその南側だったという事だ。
という事はつまり、北側には商店街があった場所があって、今は違うという事だ。
さっき歩いたときに分かったのは、北側にあったのは鍛冶屋などがある区画だったという事だ。
様々な装備や装飾品が売られていた区画で、商店街らしい雰囲気の通りがあったのだ。もしかしたら、あれが旧商店街なのかもしれない。
俺はなんとなくそんな風に感じていたので、どうしてもあの場所をもう少し探してみたいと思ったのだ。
とはいえ…
「言葉、分かんねぇんだよなぁ」
俺は歩きながら、思わずそうぼやいていた。
◆ ◆ ◆
鍛冶屋がある区画へ来た俺は、店が立ち並ぶ通りをゆっくりと歩いていた。
看板が並んでいて、文字が書かれている。
うん。読めない。
知ってたんだけども、来ずにはいられなかった。
しっかし、どうしたものか。
口に出してみるか?
アデル、という言葉はそのまま伝わるのが分かっているから、アデル、と言いながら人に話しかけたらもしかしたら何か反応が有るかもしれない。
ただちょっと気になっているのは、アデル、と言ってあの兄妹が医薬区の薬屋アデルの事しか言ってなかったことだ。
それはつまり、薬屋アデル以外にアデルという名のついた店はないかもしれない、という事なのだが。
「とりあえず、やってみるか」
俺は意を決して、アデル、と言いながら歩いてみる事にした。
「アデル、知りませんか?」
通りを歩く人や店の店員にそう話しかけながら、俺は少しずつ通りを進んでいた。
「アデル? 医薬区ならあっちだよ、兄さん」
だいたいの人がそんな反応だった。
言われたら俺は笑顔で頭を下げ、次へ向かった。
やはりこの町には、アデル、と名のついた店は医薬区にある薬屋アデルしかないのかもしれない。
「無理かぁ」
俺が大きくため息をついた後、あと一人だけ聞いてみよう、と話しかけた酒を飲んでいる爺さん。
「あ? アデル? わしに何のようじゃ?」
その返答は、俺の予想を超えた答えだった。
◆ ◆ ◆
「なんじゃ兄ちゃん。外国人さんかい。すまんが、わしは外国の言葉は分からんよ」
爺さんはそう言いながら、酒をあおった。
うぅむ…それはどうしようもない。なにしろ日本語は、多分この世界で知っている人が俺だけなんだ。
あ、いや、もしかしたら俺意外に日本から転移してきた人が居たら、俺だけじゃない事になる。
まぁとりあえず、どちらにしても相当人数は少ないだろうな。
いや今はそんなことどうでもいい。
「しかし、わしは兄ちゃんの事なんて知らんから、アデルっちゅうてもそりゃわしの事じゃなくて、医薬区にある薬屋のことかのぅ」
俺は思わず首をかしげていた。
「ははは。まぁわしの言葉は通じてないじゃろうなぁ。外国人さんじゃもんなぁ」
そう言って爺さんはなんだか嬉しそうに笑った。
何が楽しいのやら。
だがアデル爺さんの家は分かった。
後でミィナかおやっさんと一緒に来よう。
そうして少し話してみよう。何かしらの手がかりを得られるかもしれない。
もしかしたら。
商人の霊が死んでしまってから、かなりの月日が経っているのかもしれない。
俺はそんな風に思いながら、ミィナが作ってくれているはずの昼飯を食いにおやっさんたちの家へと向かった。
◆ ◆ ◆
家に着いて玄関のドアを叩いた。
「帰りました!」
俺は大きめの声で言うと、ミィナかおやっさんが出てきてくれるのを待った。
ほどなくして、はぁい、というミィナの声が玄関の扉向こうから聞こえた。
ガチャ、という音と共に、開いたドアからミィナが顔を出す。
「あ、おかえりなさい。ちょうど用意が終わりそうだったので良かったです。席について待っててもらって良いですか? 兄さんを起こしてくるので」
俺は大きく頷いて、一応「分かった」と言っておいた。
ミィナはニコっと笑うと、そのまま二階へと向かった。
俺はキッチンの方へと向かう。
そこには良い香りのする料理がテーブルの上に並んでいた。
湯気が立っている、暖かい料理。
明らかに朝食よりも豪華であろう昼食。
グゥゥ…
俺の腹が、早く食ってくれとせがむように鳴いたのだった。
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