第2話 少年准将
「相変わらずだな、ハリエット様は」
侍女に連れられて部屋に戻るハリエット殿下を見つめながら、ロセウム様は私に話しかけた。
「お前も悪いんだぞ、男装騎士様。並の男よりもモテるじゃないか」
「……それを言われても」
私は一般的な女性よりも背が高く、普段から騎士服を着ているせいか、王宮の侍女達から熱の籠った視線を向けられることが多い。
反対に、元婚約者を始めとする貴族のご令息には、冷淡な視線を向けられているのだが……。
「レジーナも下らない男に振られたくらいで、結婚を選択肢から外すことはないだろう。凛々しい女が好きな男だっているんだ」
「余計なお世話です。男性から好かれなくても構いません。それに私は後継ぎではないので、求婚されなくても不都合はありませんし」
あからさまに肩を落とすロセウム様を冷たく見返す。彼は私の兄の友人だから、友人の妹が女の幸せを諦めることに反対なのだ。
しかし、家は兄が継ぐ。私が騎士の道一本に絞ったところで、誰にも迷惑はかけないはずだ。
私は剣に生きることに決めた。これ以上余計なお節介を言われたくないので、早々に王宮から去ることにする。
「あ、輿入れの際は、俺もマルテル帝国に行くからな。よろしくな!」
別れ際にそう言われた。お節介は言うものの、いい人ではある。心強い。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
敬礼をしてロセウム様の前を去った。
輿入れの際は、ロセウム様が率いる護衛騎士団が傍近くに仕えることが正式に決まった。
もちろんマルテル帝国にも騎士はいるのだが、ハリエット殿下専用の騎士達をマルテル帝国に駐留させることは認められている。
マルテル帝国は、ジオフロント大陸の西側を治める大国で、隣国のクァルト帝国とは絶えず紛争を繰り返している。
腕の立つ騎士も多い。私は騎士学校を中退した修行の身であることから、マルテル帝国の騎士からも教えを請うことができるよう配慮してくれるようだった。
ハリエット殿下のお相手は、第一王子。来年にも立太子されるという話だ。そうなれば、ハリエット殿下は王太子妃。人質のようなものとはいえ、我がミラルス王国からマルテル帝国の王太子妃が誕生する。
先代の王太子妃、つまり今の王妃もミラルス王国の王女だ。ハリエット殿下にとって、叔母にあたる。二代続けての王太子妃誕生に、国民は歓迎ムードだった。
出立の際は国境付近まで、大軍を率いてハリエット殿下の馬車を守る。先頭で大軍を率いているのは父で、護衛騎士である私は馬車の前に位置している。
国境までくると、今度はマルテル帝国の正規軍が出迎えてくれる。正規軍の姿が間近に迫った時、違和感を覚えた。
正規軍の先頭にいたのは――少年だった。
「遠路はるばるよくお越しくださいました」
まだ声変わりもしていない少年が、幼い声でミラルス王国側の騎士に呼び掛ける。
「なんだあれ?」
私の傍にいたロセウム様も怪訝な表情だ。
騎士装束に身を包み、腰に短めの剣を二本差している。
美しい金髪は耳にかかるくらいまで伸ばされていて、ガラス玉のような大きな蒼い瞳でまっすぐこちらを見ている。顔立ちは精巧な人形のように整っているものの、表情はにこりともせず、無表情だ。
「ここからは我が軍で警護いたしますので、お任せください」
幼い声ながらも堂々とした話し方だ。
「私はミラルス王国軍第一騎士団団長のブルーノ・クレメンティエ少将です。失礼ですが、貴方の名を伺えますか?」
父が、少年に向かって問いかける。
少年は表情を変えずに父をじっと見つめた。
「マルテル帝国帝国軍准将・特務騎士団団長のディラン・カースィド・マルテルです。では、王女殿下、こちらへ」
彼は無表情のままそう言って、馬車の進路を明けさせるよう促す。父は言うとおりに馬車に国境を渡るように指示した。
「准将だってよ、どう見ても子供なのに。マルテルと名乗ったと言うことは、王族の誰かか?」
ロセウム様が小声で私に問いかける。
王族のリストなら、出立前に確認していた。ディラン・カースィド・マルテル……そんな人いたかな。記憶を辿るがリストにはなかった気がする。
「あっ……! 思い出した。三か月ほど前にもクァルト帝国とマルテル帝国で小競り合いがあっただろう。あの時にマルテル帝国軍を率いてた総大将が、そんな名だった気がするよ。氷のなんとか、とかいう二つ名が付いた有名な将軍らしいけど」
「でもあの人、どう見ても子供ですよ。マルテル帝国は、子供を総大将に任命して最前線へ送るんですか?」
「……そいつの年齢までは聞いてなかった。でも、王族だったらあり得るんじゃないかな。一種の旗印的な? まぁ……旗印とはいえ、戦場に子供を出すことはあまり考えにくいけどな」
馬車と私達の馬が国境を越えた。ディランの馬の前まで近づく。近距離で見るとますます少年がこの場にいる違和感を感じてしまう。
ディランはロセウム様を見て、その後私に視線を移した。ガラス玉のような瞳に吸い込まれそうになる。
「随分……綺麗な騎士だな。名はなんという?」
ディランは私にそう問いかけた。
「レジーヌ・クレメンティエと申します。ハリエット殿下専属の護衛騎士をいたします。階級は少尉です」
少年とはいえ、自分よりも上官だ。敬礼をして名乗った。
ディランは無表情のまま、しばらく私を眺めた。
「レジーヌ……女性の名だな」
ロセウム様がぷっと吹き出した。
「男に見えるかもしれませんが、こいつは女ですよ。でも腕は確かです」
ロセウム様のフォローには返事をせず、ずっとディランは無表情のまま私を見ている。
「…………そうか。女性か。ミラルス王国は女性も騎士になるんだな。貴女が騎士学校を中退せざるを得なかったという護衛騎士か……」
そう呟いて、ディランは軍の先頭へと移動した。
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