第17話 波乱の舞踏会

 ディランが旅立ってからしばらくは、平和な時が流れた。


 夏が過ぎて、秋が始まる。戦場からは、勇ましいディランの活躍を伝える書状が頻繁に帝都に届いた。


 冬が始まると、ディランはクァルト帝国との戦場から、魔物が多く出るエリアへ移動したようだ。時々、伝書鳩が手紙を届けてくれる。私も伝書鳩に返事の手紙を持たせて送った。


 エマは引き続き警戒に当たってはいるが、今のところ暗殺者が忍び込んだ気配はない。


「ディラン准将はエクスフ族のことを探ると言って遠征に行ったけど、あのパレードの時の刺客がエクスフ族だから?」


 またお茶会の時にエマに尋ねた。当初、エマがディランと親しいのを面白くなかった。なぜあの時面白くなかったのか今ならわかる。


 あの時から、私はディランを気になっていたんだ。弟とか大型犬としか思えなかったはずなのに。ディランに自分だけを慕ってほしかったんだと。


 今でもエマとディランは固い絆で結ばれている。それは恋人や主従というよりは、本当の意味での同志、友情のようだった。


「それもある。けど、ディランはもうすぐ戻ってくるよ。敵が動き出すからね」


 エマがきらりと目を光らせる。敵……とは……。


 執事のモーリスも話に加わる。


「第二王子のオクタヴィオ殿下が妻を娶るという話ですか?」


 今回もモーリスが盗聴防止結界を張っている。エマ、モーリス、そしてディランは敵を宰相などの取り巻きではなく、第二王子本人と認定しているようだった。


 ディランを王族籍に復帰させるという話は王太子から出たのだが、第二王子が強硬に反対してきた。そして国王もまた、反対の意を示した。


 水面下で第二王子と王太子は対立している。そして国王は第二王子を支持している。


 宰相や主だった大臣は王太子支持を明確にしているものの、情勢は予断を許さない。


「第二王子の婚約者っていうのがキナ臭いんだ。パンディオ伯爵家の令嬢という話だが、どうやら養女のようだ」


「パンディオ伯爵家は前宰相のサヴォイア公爵家の親戚でもある。むしろパンディオ伯爵こそが熱烈に第二王子を推していましたね。そして……」


 モーリスは笑みを消し、冷たい目でエマ、そして私を見渡す。


「…………国王陛下にパンディオ伯爵が呼ばれていた。そこで何を話していたのか」


 エマも可愛らしい顔から笑みを消す。


「近日中に舞踏会が開かれる。まさかそこで何かが起きるとは思えないが……」


 エマは私に視線を移した。


「レジーヌ嬢はミラルス王国では伯爵家の出だったな。ダンスくらい踊れるだろう。舞踏会に潜入するんだ。私も侍女として潜入する。第二王子、そして婚約者をマークしろ」


 そしてエマはニカッと笑った。


「私がレジーヌ嬢を誰よりも美しくしてやる。普段男装してるからな。みんなあっと驚くぞ」


 私も教養としてダンスくらいは踊れる。しかしヒールは随分と履いていなかったし、ドレスなど……。


 不安は残るものの、護衛騎士のままでは舞踏会の中までは入れない。仕方なく私はを受け入れることにした。



◇◆◇



 舞踏会に入ると、美しく着飾った令嬢達の視線を感じる。背が高く、筋肉質な私にドレスなんて似合わない。エマは綺麗だと言ってくれたけど……。


 目立たない場所へと移動する。給仕からカクテルを受け取り、壁の花となった。どうか誰からもダンスを申し込まれませんように……。


 そんな風に思っていたのに、期待は裏切られる。高貴な服を身に纏った紳士が私の前に立った。


「レジーヌ・クレメンティエ嬢ですね」


 私よりも少し背が高い、金髪の紳士。笑いかけてくるものの、目が笑っていない。私の全身を舐めまわすように見ている。


「私は第二王子のオクタヴィオです。一曲踊りませんか?」


 この人が、第二王子……。王太子とディランの政敵。ここは踊るのがいいのだろうか。エマも鋭くこちらを見ている。


 しかしダンスはまだ一曲目だ。


「一曲目のダンスは、婚約者と踊るという慣習があると伺ったのですが」


 そう言うと、オクタヴィオ殿下は冷笑した。


「私の婚約者は今、父上にご挨拶に行っている」


 場の中央を見ると、背の高い女性が国王陛下に礼をしているのが見えた。


「だから一曲目のパートナーがいないんだ。貴女と踊りたい。貴女のパートナーもいないようだし」


 そして嘲るような視線を向けてくる。


「噂では、あの不気味な人形と婚約をされるとか?」


 さすがにムッとした。ディランは王太子の弟だから、当然この第二王子の弟でもある。不気味な人形と形容するとは……。


「ディラン准将閣下は、不気味な人形ではありません」


「あれももう16歳か。最後に見たのはいつだったかな。相変わらず無表情だった。表情どころか感情がないんじゃないか? まさに人形だな」


 そして強引に私の手を取る。


「さぁ、踊ろう。私を拒んだら、不気味な人形の立場も……」


 そう言いかけたその時。彼の顔にシャンパンがぶちまけられた。



「あ、大変失礼した。ちょっと手が滑ってしまって」


 低音で、心地のいい声だった。


 そちらを見ると、金髪と蒼い瞳の美麗な青年が、冷笑しながら空のシャンパンを手にしていた。

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