【完結】男装騎士は氷の准将閣下を甘やかに溶かしていく

路地裏ぬここ。

プロローグ

 庭に作った家庭菜園が収穫の時を迎えた。


 私は夫の部下である騎士団員と共に、トマトやキュウリを籠の中に詰めていく。


「こんなに食べきれないかな。いつも作りすぎちゃうのよね」


「大丈夫ですよ、俺達は育ちざかりですから。それに、また新しい団員が増えそうなんです」


「戦争もなくなったというのに、うちの騎士団は相変わらず人気ね」


「そりゃ、英雄のお膝元ですから。騎士を目指すなら、第一希望はまずうちでしょう」


 騎士団員達は誇らしげにそう言って、籠の中の野菜を厨房へと運んでいく。団員と入れ替わりに、英雄と称された夫が厨房から現れた。目には涙を溜めている。


「また玉ねぎを剥いていたんですか?」


 そう言って、ハンカチを夫の眼もとに当てた。女性にしては長身な私よりも、頭半分ほど背が高い。明るいブロンドの髪に、蒼い瞳。精巧な人形のような美男子だ。蒼い瞳はガラス玉のようにキラキラと輝いて、大量の涙で潤んでいる。


 今も昔も、夫が泣いている姿を見ると胸がキュンとする。


「今日は野菜の収穫の日だろう。騎士団員全員と、師匠の家族も呼ぼうかと思って。ミネストローネを仕込んでいたんだ」


 我が家では領地内の邸宅に、シェフやメイドといった家事労働の専門家を雇っていない。貧乏性なのかもしれないが、自分たちでやったほうが安いし早い、というのが理由だ。


 夫も私も軍人だ。遠征に出れば自分たちで食事の支度くらいはする。いなくても困らないのだ。


「それより、レジーヌ。動きまわって大丈夫なのか? 休んでいろと言ったのに」


「大丈夫ですよ、もう安定期ですから。少し動いたほうがいいんです」


「そうなのか? でも無理はするな」


 そう言って夫は居間のソファに私を座らせて、自分はお腹の傍に耳を近づけた。


「まだお腹は目立たないな。早く会いたい」


 夫は幸せそうに目を閉じた。


「きっとこの子も貴方に会いたがっています」


 そう言って私は夫の柔らかな髪をなでて、頬をすりすりとした。


「男というのは悲しいものだ。俺もレジーヌとの愛の結晶を、身に宿らせることができたらいいのに」


「身に宿らせることができなくても、貴方は子供の傍にいてくれます。それでいいんです」


 私も幸せを噛みしめるように目を閉じた。英雄と呼ばれようが、死神と呼ばれようが、私にとっては愛しい夫であり――。



 ワン! と鳴いて愛犬も擦り寄ってきた。夫は愛犬もソファに引き上げた。


「よしよし、ランバード。お前は本当にレジーヌが好きだな。もうすぐお前の弟か妹が生まれるんだ。仲良くしてくれ」


 ランバードは白い大きな犬だ。私が夫と出会った当初、この犬と夫を重ねてみていたことは内緒だ。今でも夫は、犬のように私にまとわりつく。


「私、国を出る時にランバードとはもうお別れかと思っていたんです。でも、貴方がランバードも実家から連れて行こうと言ってくれて、本当に嬉しかった」


 私は右手で夫を、左手でランバードを優しくなでた。両手に犬状態で幸せだ。


「俺も犬は好きなんだ。部下からは俺が犬みたいだと言われるけど」


 そうね、そのとおりだと思う。


「犬は主君に忠実だという。俺は国王なんかに忠実にはならないが、レジーヌとこれから生まれる子供には忠実でありたい」


「もぅ、ディランってば。陛下にも忠実になりましょう。私達が恵まれた生活ができているのは、陛下のおかげでもあるんですから」


 私が笑って夫を宥めると、夫は面白くなさそうな顔をする。


「あの人が王座に座っていられるのも、俺のおかげでもある。大体……」



 夫が主君の悪口を言い始めて、思い返す。私たちの出会い、そしてこれまでのこと。


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