第1話 王女殿下の政略結婚

「マルテル帝国の第一王子と、うちの第一王女殿下との婚姻が決まった。今年中に婚姻の儀が執り行われる」


 父は私を書斎に呼び、そう告げた。


 第一王女はわずか13歳。婚約ならまだしも、婚姻とは。随分早いのではと感じたが、人質として考えれば納得だ。


 マルテル帝国と中堅国家である我が国・ミラルス王国は対等とは言い難い関係だ。友好関係強化と共に、我が国が裏切らないよう人質として第一王女を輿入れさせろということだ。


 第一王子の正妃として、ということだから、マルテル帝国はミラルス王国を決して軽んじてはいないはずだが。


「レジーヌ、お前が本気で王女殿下の騎士になるというのなら、当然ついて行くことになると思うが……本当にいいのか?」


「私は構いません。必ず王女殿下をお守りして見せます」


 通っていた騎士学校は辞めることになるが、構わない。主君の傍近くに仕え、主君が他国に赴くならば共に付き従う。騎士として当然のことだ。


 それに、一刻も早くこの地を離れたかった。


 クレメンティエ伯爵家は、代々武官として王家を支えてきた家柄だ。


 父はミラルス王国の王国軍第一騎士団団長を勤めあげ、来春に引退予定だ。二人の兄は、それぞれ近衛騎士団、辺境警備騎士団に配属されている。


 私はクレメンティエ家の一員であったが、女性であるということから兄達ほどは剣の稽古は強制されなかった。しかし、代々武官を排出した一族の遺伝なのか、私は剣にのめり込んでしまった。


 父は私が年頃になったら、嫁に行くものだと考えていたようだ。しかし、私が騎士学校を首席で入学したことで、その予定は大きく狂ってしまった。


 私には7歳のころから家同士で決められた婚約者がいた。彼もまた、武官の家柄だ。その婚約者とは騎士学校の同期だったが、入学選抜試験でその婚約者を剣で負かしてしまったことで、関係が壊れた。


 彼は自分と同じくらい上背がある背丈と、剣ダコがついた手が気に入らないと言って、婚約破棄を申し出てきたのだ。


 私だってそんな弱々しい男、願い下げだ。


 しかし、婚約者の取り巻きや、私のことを変わり者だとバカにするご令嬢達の嘲るような視線に、そろそろ気が滅入っていたころだ。


 この国を離れられるならちょうどいい。どうせ男は背が高く、剣ダコのある女は嫌いなのだ。それならば騎士の道を極めてみたい。


 ミラルス王国では、女性でも騎士になれる。騎士学校を卒業し、各騎士団の選抜試験に通れば、の話だが。


 そんな時に王妃様より声がかかった。王女であるハリエット殿下の話し相手、兼、護衛騎士になってくれないか、と。


 王女には護衛をする男性騎士も存在するが、女性騎士もいたほうが心強いと仰せで、私は騎士学校に通う傍ら、王女殿下の話し相手になった。



「準備が出来次第、出立することになるだろう。心の準備だけはしておけよ」


「承知しました」


 一礼して書斎を後にする。



 庭から愛犬のランバードの鳴き声が聞こえる。この白い大型犬は、昨年私が拾ってきた犬だ。この犬との別れが一番つらいが、連れて行くわけにもいかない。


 庭に降りて、涙ながらにランバードの首に抱きついた。今生の別れを伝えながら。



◇◆◇


 数日後、ハリエット殿下とお会いするために、王宮に出向いた。


 私はまだ学生の身分だ。騎士学校が休みの時に、主君のご機嫌を伺うくらいしか仕事がない。


 13歳のハリエット殿下は、ブロンドの髪を丁寧に巻いて、淡いピンクのドレス姿だ。可憐な美少女である。


 ハリエット殿下は私の姿を見ると、悲しげな表情で駆け寄ってきた。


「レジーヌ!」


 跪こうとすると、肩を抱かれ、抱きしめられる。


「あぁ、レジーヌ……聞きまして? わたくしの結婚のことを」


「えぇ……」


 ハリエット殿下は、私より頭一つ分背が低い。私の腕の中で泣きじゃくる。


「わたくし達の愛はこうやって踏みにじられてしまうのですね。わたくしにはレジーヌしかいないのに……ッ」


 嗚咽を漏らしながら私の騎士服を涙で濡らしていく。


「レジーヌ……ッ!……わたくしを連れて逃げてちょうだい! わたくしは貴女のことだけを想っているのです……ッ」


「それは……無理ですよ、殿下」


 困り切って辺りを見渡すと、近衛騎士で兄の友人でもあるロセウム様が、苦笑いを浮かべている。


「ハリエット殿下、レジーヌが困ってますよ」


 ロセウム様が助け船を出してくれるが、ハリエット殿下はムキッとした顔でロセウム様を睨んだ。


「今、いいところですのよ! わたくし達の愛を邪魔しないでくださる!?」


「ハリエット殿下、レジーヌにはその気はないようですよ」


 ロセウム様は私とハリエット殿下を引きはがしてくれた。


「ハリエット殿下、お気をつけなさい。臣下のものを、そのように誘惑してはいけません」


「うるさいですわ。レジーヌはわたくしの臣下であって、臣下ではないのです! レジーヌはわたくしの運命の相手なのですわ!」


 ロセウム様の苦言にもプンプンと怒って言い返す。


 私とハリエット殿下は三月ほど前に出会ったばかりだが、ハリエット殿下は運命の相手として認識してしまったようだ。


 しかし、この国では同性婚は認められていない。それにハリエット殿下は王女だ。生まれた時から、マルテル帝国の王子との婚姻は決まっていたようなものだ。


「ハリエット殿下、私は臣下として貴女を守る盾になります。それが私の貴女様への愛。私はいつでも貴女様の傍にいます」


 跪いて騎士の礼を取った。


「それに、マルテル帝国の第一王子殿下は私よりも背が高いようですよ。歳は18歳です。きっと私よりも凛々しくて素敵な方だと思いますよ」


 まだ見たことがない王子殿下を私よりも素敵な人ですよ、と擦りこんでおく。違ったら申し訳ないのだが……。


「レジーヌよりも素敵な方なんていませんわ。ミラルス王国中を探してもいなかったですもの。ロセウムなんて、レジーヌの足元にも及びませんわ」


 私よりもロセウム様のほうが先輩で、上官でもある。そんな風に言わないでほしい。


「ロセウム様だって素敵ですよ。いい加減レジーヌ至上主義はおやめください」


「いやよいや! わたくしはレジーヌと結婚するのです!」


 王女殿下は駄々をこねているが、私にはわかっている。本当はもう、ハリエット殿下は政略結婚を受け入れているのだ。


 ただ、この時だけは私に甘えたかっただけなんだと。

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