第4話 准将閣下、ワイン(?)に酔う

 山道を抜けると視界が明るくなったためか、襲撃に遭遇することもなくなった。王宮を守る近衛騎士団も護衛に駆けつけてくれた。


 しかし、なぜ襲われたのだろう。


 マルテル帝国ほどの大国だ。一枚岩ではないだろう。ミラルス王国から次期王太子妃を迎えることに、反対する勢力がいるのだろうか。


 帝都到着を目前に控えたこの日、宿場町に泊まることになった。大勢の警備兵で宿を取り囲み、万全の体制だ。


 夕飯を取ろうとした時に、ディランが私を呼んでいると、ディランの部下である特務騎士団の騎士が伝えてきた。


「あからさまだよな。あいつ、子供のくせにお前に惚れてるだろ。マセガキめ」


 ロセウム様が面白くなさそうに私に言った。


「仮にも准将閣下ですよ。あいつ呼ばわりはまずいのでは?」


 苦言を言っても、ロセウム様は聞く耳を持たない。


「どういうからくりで子供が准将なんて階級をもらったのやら。得体が知れないよな。おまけに人形みたいに、無表情で気味が悪いし。お前が20歳になっても相手がいなかったら、俺が名乗りをあげようと思ってたんだぞ。あんなのやめとけよ」


 やめとけと言われても、元々ディランをそういう対象には見ていないのだが。


 ハリエット殿下はロセウム様を睨みつける。


「ロセウムとレジーヌが結婚? そんなの認めませんわ! レジーヌはわたくしの騎士なのです! わたくしと禁断愛を貫くのですッ」


「おいおい、殿下は第一王子と……」


「第一王子だって、そのうち側室くらい持ちますわ。王太子になる方ですもの。わたくしが禁断愛を貫いても誰も文句は言わなくてよ!」


 マルテル帝国は国王、王太子に限り、側室を四人まで持つことを許される。ハリエット殿下の気持ちもわかるというものだが……。


「ハリエット殿下、まだ婚姻前なのです。そんな夢のないことを仰られないように」


 そう言って、席を立った。准将閣下に呼ばれたのだから、早く行かないとまずい。


「油断するなよ。子供とはいえ、男だ」


 ロセウム様は鋭い目つきで、私に警告をした。



◇◆◇



 ディランは私室で濡れた髪のまま私を出迎えた。騎士装束は脱ぎ、薄手の寝衣姿だった。


 陶器のような白い肌が淡く薄紅色に染まり、かすかにいい香りがした。風呂上がりのようだ。


「夕飯はまだだよな? 一緒に食べよう」


 子供特有の甘い声で話す。


 無表情ではあるが、私を見上げるガラス玉のような蒼い瞳は、きらきらと輝いている。間近で見ると、本当に人形のように綺麗な顔だ。


 胸の奥がキュンとしてしまう。私に弟はいないが、いたらこんな感じなのだろうか。


 でも食事より前に。


「閣下、髪をちゃんと拭かないと、風邪をひきますよ」


 部屋に控えていた給仕に目をやると、タオルを持ってきてくれた。


「……失礼いたします」


 ごしごしと髪を拭いてあげる。ディランは気持ちがよさそうに目を閉じた。


 弟というより、実家の愛犬を思い出した。雨の日に散歩に行った帰りには、いつもこうして拭いてあげた。


 可愛い。萌える。ますます胸の奥がキュンとしてくる。拭き終わった後、つい頭をなでなでしてしまった。上官なのに……。



 ディランと向かい合って食事をすることになる。さすがはテーブルマナーを叩きこまれているのか、肉を切る仕草も優雅なものだ。


「酒も飲むか?」


「閣下が飲まれないのに、私が飲むわけにはいきません。敵襲があるかもしれないですし」


「ここまで警備が厳重なんだ。あの山道で襲撃が失敗した時点で、ハリエット殿下の誘拐計画はなくなっただろう」


 自信ありげな表情で、ディランは空のワイングラスを手に取り、給仕を横目に見る。慌てて給仕がグラスにワインを注いだ。


「……あの、大変失礼なことを伺いますが、閣下はおいくつですか?」


 お酒は15歳から。これはマルテル帝国でもミラルス王国でも、同じだと聞いているが……。


「おいくつってなんだ?」


 ディランは旨そうにワインを煽る。見ていて私がハラハラしてくる。


「あの、年齢はおいくつなのかと伺っているのです。大変……お若く見えるので」


 ディランは大きな目をさらに見開いて、私をじっと見つめてくる。無表情だと思っていたが、よくよく見るとほんの少し、感情の動きが見えてくる。


「……俺に興味があるのか」


 可愛い犬にしか見えないですけど。幻の尻尾をフリフリしているのが見えます、とは言えない。相手は子供とはいえ、准将閣下なのだ。


「私は16歳です。閣下はおいくつですか?」


 重ねてそう聞いた。するとディランはワイングラスを一旦置いた。


「14歳だ」


「えっ……!」


 思わず大きな声が出てしまった。12歳くらいに見えたからだ。


「その『えっ』はどういう意味だ? もう少し幼く見えたのか?」


「あぁ……えーと、す、すみません。で、でも、14歳でもお酒は飲んじゃダメですよ」


 給仕を睨むと、給仕は私だけに聞こえるように「内緒ですけど……ジュースですから」と小声で教えてくれた。


 なんだ、よかった……。


「目の前に美しい女性がいる。飲まずにはいられない」


 ディランはそう言ってまたワイン……いや、ジュースを傾けた。


 ワインと騙されていて、それに気付いていないようだ。そしてジュースなのに酔っている。


 思い込みで酔えるって素晴らしい才能です、閣下。なんだかおかしくなってきた。精いっぱい大人の演技をして、声色に似合わない台詞を吐いている。笑いを我慢するのが大変。


 先日の鬼人のような剣技を見せた人と同一人物とは思えない。


「レジーヌは、ミラルス王国に婚約者はいるのか?」


 酔いにまかせて、ぐいぐいと迫ってくる。「子供とはいえ、男だ」というロセウム様の言葉を思い出す。


「私はハリエット殿下の騎士としてこちらに来たのです。ハリエット殿下と共に、マルテル帝国に骨を埋めるつもりです。ですから、婚約者なんてものは一切いません」


 毅然とそう答えると、ディランは満足そうに頷いた。


「ならば、マルテル帝国の男と婚姻関係を結ぶのがいいだろう。ハリエット殿下の護衛の任務にも差しさわりがない、留守がちな男がいいのではないか? 例えばこの俺とか。俺は一年の半分は戦場にいる。邪魔じゃなくていいだろう」


「あ……は……はぁ」


 真顔でぐいぐいと口説いてくる。何が、例えばこの俺、邪魔じゃなくていいだろう、よ。どうしよう、笑いが堪え切れない。慌ててハンカチで口元を覆う。


 傍で会話が聞こえている給仕のオジサマも、ディランの後ろで肩を震わせている。


「あの……閣下は御歳まだ14歳であられるのに、なぜ戦場の最前線に出向かれるのでしょうか。准将という階級も14歳というご年齢には、あの、大変失礼ですが……早すぎるように思われるのですが」


 ぐいぐい来られているので、こちらもぐいぐいと踏み込んで見る。ずっと気になっていたのだ。なぜこの少年が准将なのか。


「……やはり俺に興味があるのか」


 給仕のオジサマが限界を迎えそう。私も激しく咳込んだ。我慢しなきゃ……! でも意外と、ジュースに酔った今なら教えてくれそうだ。


「大変興味があります!」


 そう言うと、ディランは口元をわずかに歪めた。わかりづらいけど、今、笑った……?

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