第5話 准将閣下の事情

「どうせ、王宮に入れば耳に入る話だ。先に俺から話しておこう」


 ディランはワイングラスにジュースを催促してから、語りだした。


 

 マルテル帝国の国王には、四人の妻がいた。王妃と側室三名だ。王妃は第一王子を産み、第二妃はディランを、第三妃は子を産まずに亡くなり、第四妃が第二王子を産んでいる。


 ディランの母は、公爵家の出であったが、その公爵家当主である母の兄が、国王暗殺の容疑をかけられた。


 ディランが10歳の時だった。その疑いが事実なのか、無実なのかは未だ不明だが、王家の公式見解としては、事実として扱っている。


 公爵家一族は屋敷に火を放ち、王家に呪いの呪詛を吐いた。その呪詛により、第三妃が亡くなり、第二妃であるディランの母は、兄の無実を訴え自害した。


 国王暗殺は国家反逆罪。国家反逆罪となれば首謀者は死罪。親族は投獄、もしくは流刑に処せられる。


 ディランは王子という身分を剥奪され、投獄させられた。しかし、王妃や一部の大臣からの嘆願によって、ディランは半年ほどで牢から出された。


 ただし、無罪放免とはいかず、身分を剥奪されたまま、11歳という異例の年齢で紛争の最前線へ送られた。捨て駒の兵士として。


 ディランは激しい戦闘でも生き残り、13歳までで数多くの敵将を打ち取り続けた。第一王子の口添えもあり、14歳で准将の階級を授けられた。



 ぞっとするほど壮絶な人生を歩んできた目の前の少年。私は言葉もなくただ、淡々と事実を語るディランを見つめていた。


 何を発しても同情の言葉しか出てこないし、貴方は悪くないというと、王家の批判になる。これから第一王子妃……次期王太子妃となるものの臣下として言ってはならない言葉だ。


 この子には無条件に抱きしめてくれる人はいるんだろうか。もしいないのなら、私が抱きしめたい。そんな感情が湧きあがってくる。



「叔父が呪詛を吐いたという噂から、俺は呪いの王子とか、よくわからないあだ名をつけられている。でも別に呪われてなんかいないし、誰かを呪ってもいない。目の前の敵をひたすら無心で倒してただけだ。そして今は……」


 また私をガラス玉のような瞳で見つめてくる。ジュースに酔ったのか、ほんのり頬を染めて、瞳が少し潤んでいる。


「……目の前の美しい女性を無心で落そうとしている」


 話が元に戻ってしまった。


「…………閣下、大分飲まれてますし、そろそろお休みになられたほうがよろしいのでは」


 給仕に合図を送る。給仕も「閣下、そろそろ……」と、食事とジュースを片付けてくれた。


「美しい女性との時間はあっという間だ。ワインも進んでしまったし。貴女の部屋まで送ろう、レジーヌ」


 私より頭一つ分背が低いのに、私をエスコートしてくれようとする。ディランは寝衣姿だし、それは遠慮しておこう。


「私が閣下をお送りします」


「送るもなにも、寝室はすぐそこだ」


 部屋の奥が、ディランの寝室というわけか。


「貴女の気持ちは大変嬉しいが、我々は婚約もまだなのに……その……いいのか?」


 ディランは頬を染めながら、瞳をきらきらさせて見つめてきた。


 送るって言っただけなのに。無表情だからわかりにくいものの、14歳の閣下の脳内に、よからぬ妄想が広がってしまったようだ。


「話が飛躍しすぎですよ、閣下。それに、こんな背が高くて剣ダコがある女、男性は好まないものです。閣下の気の迷いというものですよ」


 そう言うと、ディランは私の手を強く掴んだ。


「俺はそうは思わない。剣ダコは美しいし、上背があるほうが戦闘には有利だ。素晴らしい騎士の証であり、俺は……」


「閣下は酔っておられるのです」


 早く寝なさい、というように寝室へと追いやって、背中を押した。ドアを閉めようとするもしぶとく手を入れて抵抗してくる。


「貴女は美しい。俺は貴女に心を奪われてしまった。貴女は天下の大泥棒だ。俺の心を掴んで攫おうとしている」


「もうなんなんですか! どこでそんな言葉を覚えてきたんですか! 勝手に攫われてしまってくださいよ!」


「貴女は俺のすべてを奪い尽くしているのに、貴女の心は俺にくれないのか?」




 なぜこんなことを言ったのか、自分でもわからなかった。出会ってからずっと無表情の、この子の笑った顔が見てみたいという好奇心だろうか。



「もし、閣下が心から笑って下さったら。そうしたら、私は貴方に心を奪われるかもしれません」


 ディランは目を見開いた。


「笑う……」


「閣下は大変お美しいのですから、笑顔はとても魅力的かと思いますよ」


「笑うとみりょくてき……」


 14歳の准将閣下はうわごとのように呟いた。

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