第3話 准将閣下の二刀流
国境から帝都までは、三日かかっての護送となる。
先頭はディランが務め、私達の周りをマルテル帝国の軍が囲んで進む。整備された山道を通るが、視界が悪い。
ディランが馬を止めた。
前方からディランの使いの馬が駆けてくる。
「ここから先には注意が必要です。敵襲の恐れが」
使いの人が話し終わる前に、前方から「敵襲!」と声があがった。森の中から火をかけた矢の嵐が飛んでくる。
マルテル帝国の騎士達が剣で矢を落していくが、何本か馬車に刺さった。馬車に火が移り、慌ててハリエット殿下を馬車から救出した。
「な、なんなんですの!?」
「大丈夫です。ご心配なさらずに」
パニックになるハリエット殿下を馬に乗せ、ロセウム隊の騎士達が馬車を消火している中、私もハリエット殿下を抱えながら矢を落していく。
そんな中、矢が馬の鼻先を掠めた。パニックになったハリエット殿下の様子に、馬もまた動揺して暴れ出す。
「どうどう、落ち着いて!」
馬の手綱を引いて宥めようとするも、今にも走り出そうとしてしまう。そこにディランが現れた。
「危ないからどいてくださいッ!」
私がディランに呼び掛けるも、ディランは馬の前に恐れずに立ちふさがる。
「
ディランは呪文を唱えると、ふわりとしたオーラが馬を包んだ。そして馬が急に大人しくなる。
馬のたてがみをぽんぽんと撫でてから、ディランは腰の二本の剣を抜いた。そして森の中に飛び出していく。
森の中から30人ほど敵が現れた。
「こいつが呪われた反逆の王子だ!」
「こいつがあの
敵がそう叫び、ディランに向けて一斉に襲いかかる。
しかし、敵の剣がディランに届くことはない。二本の剣を自在に使い、剣を合わせることもなく、4、5人を地に沈めていく。子供とは思えないその剣技に圧倒された。
味方がディランに続き参戦するが、ディランの打ち取りスピードには誰も及ばない。剣の長さは短めとはいえ、二本の剣を両手で自由自在に操っているのだ。華麗かつ力強い動きに、思わず見惚れてしまう。
「すごいな。でも、反逆の王子とか死神とか……なんのことだろう」
ロセウム様が敵の言葉を反芻し、首をかしげる。私達が参戦することもなく、マルテル帝国軍のみで敵を全員打ち取った。
「即死じゃない者は拷問にかけろ」
ディランは子供とは思えない冷酷な命令を下し、無表情で私達の元へと戻ってきた。
「怪我はないか?」
騎乗の私をまっすぐと見上げてきた。
「大丈夫です。あの……マルテル准将閣下はお怪我はないですか?」
見たところ怪我はなさそうだ。どういう技を使っているのか、返り血すら浴びていない。他の参戦した騎士たちは、返り血でびっしょりと濡れているのに。
「私は大丈夫だ。それにしても……」
私の他、ミラルスからきた護衛騎士をちらりと見渡す。
「失礼だが、貴女達はあまり馬が得意じゃなさそうだ。さっきの馬が暴走しそうな時の対処もそうだ。俺だったらもっとうまく操れる」
無表情でダメ出しをしてくる。
「未熟者で申し訳ありません」
素直に頭を下げた。ごもっともなご指摘だったからだ。
「まぁ仕方がない。貴女は戦場の経験がなさそうだから。王宮に着いたら俺が馬と剣を教えよう」
無表情ではあるが、心なしか目が爛々と輝いている気がする。
「い、いいえ! 准将閣下自らそのようなことは……ッ」
「俺が嫌か? 言っておくが、呪いなんてない。ただ単に俺の叔父が謀反人というだけだ」
断ったらわけのわからない絡み方をしてくる。呪い? 謀反人?
「あの、俺たち、おたくの国の事情全然わかってないんですけど。呪いとか謀反とかなんの話ですか?」
ロセウム様がくだけた口調でディランに聞いた。でもディランはロセウム様ではなく、視線を私に合わせたままだ。
「よくわからないけど、俺は謀反人の家の出だから、王家を呪ってるんだって言われてるんだ。わけのわからない濡れ衣だよ。俺はそんなつもりないのに」
ディランも合流した当初とは違う、くだけた口調になっている。一人称が俺に変わるだけで急に子供っぽい印象になった。
「だから、俺は安心安全の紳士的な男だ。貴女に剣と馬を教える。元々騎士学校を中退したから、うちの騎士の誰かに教えを請うつもりだと聞いているが」
「それは……そうですけど」
「なら俺でいいだろう。それはそうと、馬車がダメになったな。そこの……」
そこで初めてロセウム様に視線を移した。
「護衛騎士団の責任者は貴殿か? 名前は確か、ロセウム・エリンク大尉……貴殿が王女殿下を馬に乗せろ。できるだろ」
そう言って、その場を去って行った。軍の最前列に戻ると、そのまま軍を出発させた。
「わたくしはレジーヌがいいですわ! なんなんですの? あの子供は!」
ハリエット殿下はそう駄々をこねるが、強引にロセウム様が自分の馬に乗せてしまった。
「この移動行程では、彼が総大将で最高責任者なんだ。呪われた子供だか知らないけど、殿下も言うこと聞かないとダメですよ」
ロセウム様はそう言って、ハリエット殿下を宥めた。
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