第9話 准将閣下との危険なデート

 護衛騎士の剣の稽古は、いつもロセウム様とディランの言い争いから始まる。


「お前は第一王子妃専属護衛騎士ではなく、特務騎士団の団長だ。自分のところの訓練を見ればいいだろうが!」


 ロセウム様は、すっかりお前呼びが定着してしまったようだ。階級が遥かに上の准将に対してのこの態度に、護衛騎士達はハラハラしている。


「貴国からは、騎士学校を中退せざるを得なかったレジーヌの稽古をつけるように頼まれている。これは貴国の王妃様からの依頼だ。俺は越権行為はしていない」


「俺がレジーヌの上官だ。俺が稽古をつける」


「貴殿よりも俺の方が遥かに腕が立つから言っているのだ。それと、今日はレジーヌは非番だったな。非番のレジーヌに俺が馬術の稽古をつけよう」


 そう言って、強引に私の手を取って歩きだす。確かに私の目から見ても、ロセウム様よりもディランの方が、遥かに剣の実力は上だった。


 強い剣士と稽古できるのはこのうえない幸せなことだけど。


「あの、ディラン准将閣下。できれば私以外の騎士も稽古をつけてくれると嬉しいのですが。私だけ特別扱いみたいで、その……」


 ディランがくるりと振り返って、まっすぐに私を見上げた。


「確かに特別扱いしすぎていた。俺は上官失格だ。貴女への恋慕の気持ちが強すぎて」


 恋慕、とか子供が使う言葉ではない。幼い声でぐいぐいくるこの語彙力に笑いそうになる。


「閣下はどこでそのような言葉を覚えてくるのですか?」


「…………気になるのか」


 ディランの目が爛々と輝いている。自分に興味を示されたのが嬉しいご様子。


「秘密だ。言っておくが、このように口説くのは貴女だけだ。それは信じてほしい」


 遊びなれた貴族のような言葉だ。マセた子だなぁ、となんだか可愛らしく思えてきた。




◇◆◇




 ディランの本来のスタイルは二刀流だ。


 しかし、二刀の敵はやりづらいだろうということから、いつも私と対峙するときは一刀で相手をしてくれる。


 戦闘力は半分に落ちるはずなのだが、私はまだディランから一本を取れていない。


「レジーヌの動きは無駄がなくていい。ただ、動きが読まれやすい」


 私が放った突きを難なく避けて、剣を封じてくる。


「閣下からは、攻めないのですか?」


 ディランは私の攻撃を受け止めて封じるだけで、攻撃に転じてはこない。


「まずはレジーヌが俺から一本取れたら、だな。俺は部下との訓練で、こっちからは攻めたことがないんだ」


「つまり……まだ貴方の部下は誰一人として一本を取ったことがないと……?」


「ご名答。生涯において俺から一本取れたのは、剣を教えてくれた剣術の師範だけだ」


 生涯において、とか14歳で生意気な! と思ったが、それほどの腕なのだ。まさに天才、いや鬼才。


 庭師のリュックから聞いた話では、剣術師範は100年に一度現れるかの天才と評したそうだ。それがディランが8歳のときだという。早熟というか、なんというか……。


 しかし私とて、騎士学校を首席で合格を決めたのだ。それなりの腕はあるはずだ。


 次こそは一本を――と構えようとしたら、「もうやめよう」と声をかけられた。


「なぜです? まだ一本取れておりません」


 そう返すと、ディランは剣を下ろして私に近付いてきた。


「余力を残しておいた方がいい。さっきも言ったが、今日は馬術の訓練と、剣の実戦練習をしよう。本気の殺し合いを体験すれば一皮むける」


 そう言って馬小屋の方へ私の手を引いて歩く。いちいち手をつながなくてもいいのだが……。


「本気の殺し合いってどういうことですか?」


「行けばわかる。練習といっても向こうは本気だ。俺の背中を貴女に預ける。これは王太子妃の護衛騎士をするならば、避けては通れない道だ」


 言ってる意味がようやくわかった。私はまだ本物の敵と対峙したことがない。


「……閣下は、外出されると必ず実戦練習の相手と遭遇するのですか?」


 これからの実戦のことよりも、そのことが引っ掛かる。


「必ずというわけではないが……俺が邪魔なんだろう」


 常に暗殺と隣り合わせの生活。幼い見た目からは想像ができない世界を、この子は歩んでいる。


 自分よりも遥かに腕が立つ目の前の少年を守りたいという気持ちが、心の奥底から湧いてくるのを感じていた。

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