第13話 狙われる場所はここだ

 立太子の儀が目前に迫ったタイミングで、近衛騎士団の王太子親衛隊、特務騎士団の打ち合わせに、私達ハリエット王女殿下の護衛騎士達も参加することになった。


 ディラン曰く、親衛隊と特務騎士団は第一王子に忠誠を誓っている者たちで、身辺調査は済んでいるとのこと。


 立太子の儀の後は、街を王太子夫妻でパレードをする。もちろん厳重な警備を布いているが、警備兵の中にもスパイがいると考えた方がいい。


 警備兵は身元がわかっている者たちだから、暗殺の実行犯になることは考えにくい。ただ、意図的に警備を薄くする可能性があるとのこと。


「狙われるのはこの辺りだろう」


 ディランが地図を指差す。付近に廃墟となった建物が複数存在する。そこに、宰相が雇った殺し屋が潜んでいる可能性がある。事前に警備兵が見回る予定だが、警備兵が宰相側に取り込まれていたら、口裏を合わして見逃すことも考えられる。


「俺達も独自でこの辺りを見回る。しかしこの人数だ。逃げられるかもしれない」


 特務騎士団は少数精鋭。20人ほどで構成されている。紛争や魔物退治の最前線で戦う特殊部隊だ。みんな強そうなオーラがあるツワモノ揃いという感じではあるけれど……。


「そこでこの辺りにきたら、パレードの速度をあげてほしい」


 ディランが近衛騎士団の親衛隊へ依頼した。


「承知しました。ディラン准将閣下も無理はなさらないように」


 親衛隊長は承知の意を伝える。



「ディランがあそこまで警戒するんだから、ここが正念場ってところだろうな」


 ロセウム様は打ち合わせが終わった後、しみじみとそう言った。ロセウム様も最近では、ディランのことを子供扱いしなくなってきた。


「ところで、お前。ディランからの婚約の申し込み、受けるんだって?」


 ロセウム様は面白くなさそうな顔でそう言った。


「受けることにしました。もし、ディラン閣下が我が家に打診をしてきたら、ロセウム様からも口添えをしていただけますか?」


 そう聞くと、また面白くなさそうな顔をする。


「本当にあいつでいいのか? そりゃあ、最近じゃ無表情が治って、不気味ではなくなってきたけどさ。けど、ワケあり准将で、母方の実家の謀反がどうとか……地位が怪しい男じゃないか。お前は由緒ある武門の名家、伯爵家の令嬢なんだぞ」


「そんな言い方……ッ」


 声を荒らげて睨んだところで、思いも寄らないところから助け舟が入った。


「確かに彼の事情は一般的な王子や貴族令息とは異なる。ただ、王太子が立太子されれば正式に王族籍に復帰するだろうし、名誉も回復されるだろう」


 振り返ると、王太子親衛隊の隊長がそこにいた。


「私はビンセント殿下とは幼馴染みでね。彼がどれだけディラン准将閣下のことで心を痛めているかを知っているんだ」


 親衛隊隊長・アルバン・ラゴ大尉。第一王子派の外務大臣の次男という話だった。


「彼が投獄された時も、11歳で初陣が決まった時も、ビンセント殿下は苦しんでいたよ。見ていられないくらいにね。だから……」


 言いかけた時、ディランがわざと音を立てて歩いてきた。


「ラゴ大尉、気持ちは嬉しいけど、あんまりこの人達に余計な事情を話すな。それと、俺は名誉回復なんてどうでもいい。そのためにビンセント殿下を守るわけじゃないんだから」


 ディランは無表情でそう言った。でも、私はなんとなく、無表情な中に感情の波が見えた気がした。彼は記憶を呼び起されて傷ついている。傷ついていることを悟られたくなくて、無表情を装っているんだと思った。


「ロセウム・エリンク大尉、俺はワケありで、身分はレジーヌに釣り合っていないかもしれないが、実績で義父上を納得させてみせる。あの方もミラルス王国を代表する軍人だ。わかっていただけるだろう。わかっていただけないのなら駆け落ちするまでのことさ」


 挑発するようにそう言って、目を光らせた。ロセウム様は無意識なのか後ずさる。そのまま颯爽と過ぎ去って行く背中を追った。



「あんな表情もできるようになったんだな」


 ロセウム様は見当違いなことでディランを褒めている。


「クレメンティエ少尉に、頬をすりすりしてもらったおかげだと伺ってますが」


 ラゴ大尉はニヤニヤと笑いながら私を見て、続けてこう言った。


「本当に良かったですよ。私は彼の子供時代も知ってますが、あんな無表情な子ではなかったんですよ。彼の豊かな表情を、すべて大人が奪ってしまった。悲しいことです」

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