第14話 ディランVS大剣の刺客

「この国の仕組みの問題だな、これは……」


 ロセウム様は、立太子の儀が行われている王座の間を眺めてそう言った。


 立太子の儀を終えると街をパレードし、神殿へ向かう。神殿で神に報告を終えて初めて王太子となる。


 つまり、パレード中に第一王子を襲撃したとしても、王太子を襲撃したことにはならない。


 王太子と単なる王子では、襲撃をするにしても重みが異なる。王太子殺害には、国家反逆罪が適用される。


 一族郎党連座制、そして死罪となる国家反逆罪に比べると、一王子の襲撃で罪に問われるのは首謀者のみだ。家の爵位までは剥奪されず、死罪にもならない。ややハードルが低い。


「とは言っても、宰相ですよ? 失うものがなにもない人ならまだしも、そんな地位のある方が危険を冒しますか?」


「すぐに第二王子を立太子すればいいと、宰相が最後の賭けに出たとしてもおかしくはない。次の権力者となる人物が自分の息がかかった人物なら揉み消しも容易だ……と、ディランとラゴ大尉が言ってた」


 話の途中だが、儀式を終えたビンセント殿下とハリエット殿下の夫婦がこちらへやってきた。用意された馬車へ乗る。


 先頭の近衛第一連隊が隊列を組んで、王宮から出発をする。馬車の前後を近衛親衛隊が守り、その後方を私達の王妃護衛騎士、後方を近衛二連隊が続くという並びでパレードが進む。


 近衛親衛隊のみ、全員白馬で目立つ仕組みとなっている。


 沿道には新王太子を祝うべく、庶民達が旗を振っている。その中に襲撃犯が紛れていないか確認する。


 しばらく進むと神殿間近の、ディランが指定した危険地帯に入る。ちょうど庶民の生活区域とは離れた場所で、沿道の人もまだらな場所だ。心なしか警備兵も手薄な気がしないでもない。


 前を行く親衛隊の人達に、緊張が走るのがわかる。


 道の脇にある建物から大きな爆発音が響いた。警備兵の悲鳴とどよめき。そして歩いていた一般庶民の悲鳴が混じり、親衛隊が臨戦態勢に入った。


 沿道で火災が起こり、黒煙がパレードの中にも広がる。視界の悪い中、大剣を構えた大男が白い馬に襲いかかる。その瞬間、三名の親衛隊員が一気に斬られた。


 大剣を振るっているとは思えないほどのスピードで、四人目に襲いかかる。その隙に、別働隊が馬車を襲う。


 パニックになる親衛隊と共に、私も前に出て、馬車に襲いかかろうとする刺客と対峙した。もう、初めての実戦のような迷いはない。


 騎上から剣を振り、馬車に向かってくる男の剣を跳ね飛ばし、肩を思いっきり斬った。返しにもう一人の胸を斬り、馬車を死守する。



 その間、大男は既に親衛隊員を七名斬り、目をギラギラとさせていた。


 肌が日焼けで浅黒く、顔中に傷がある男だった。全身から漲る殺気におののく。


 そこにディランがかけつけてきた。跳躍し、親衛隊と大男の間に降り立つ。


「俺がこいつとやり合ってる間に怪我人を道の脇に運べ」


 後ろの親衛隊に指示を飛ばしている。


 ディランは二本の剣を抜き、大男へ向かって振りかぶった。激しい剣戟の音が鳴り、大男が大剣で受け止めて跳ね返した。跳ね返された衝撃で、ディランが地面に叩きつけられ、でもすぐに起き上がった。


「北方の異民族……エクスフ族に伝わる剣の流儀だな。俺の師と同じだ」


 ディランはそう言って剣を再度構えた。


「氷柱の死神……俺が待っていたのはお前だ。馬車の中の王子はついでだ」


 大男はそう言って、大剣をディランに向けて一直線に突いた。ディランはステップを踏みながら避けて、右手の剣を大男の腹に目がけて横薙ぎにし、左手の剣を大男の肩に目がけて振り下ろした。


 微かに肩が斬れ、大男がにやりと笑った。そして大剣をディランに向かって振り下ろす。ディランは間一髪で避けて、右手の剣を男の足を目がけて突いたが避けられる。左手の剣で男の右腕に振り下ろし、男が避けるより早く、皮膚に到達する。微かに傷をつけることができた。


 一連の動きの早さは尋常ではなく、剣の動きを追うこともままならない。祈るような気持ちでディランを見守ることしかできない。


「でかい図体の割に、素早いな」


 ディランが全身をバネにしながら二剣をトップスピードで振り下ろしていく。大剣で阻まれるも、浅い傷を何箇所もつけていく。


 大男の反撃の横薙ぎが、ディランの腹部を襲う。しかしディランは怯むことなく、大男の懐へ踏みこんでいく。そして致命傷となる首へ渾身の突きを成功させた。


 道に落ちた血痕が二人の戦闘の激しさを物語っていた。


「ディラン准将! 大丈夫ですか!?」


 親衛隊員達がディランに駆け寄る。大男は絶命していた。


「悪いな。余裕がなくて生け捕りにはできなかった。それより怪我人は無事か?」


「全員……駄目でした」


 その言葉に、ディランは沈痛な表情を浮かべた。


「来るのが遅れて悪かった」


 ディランの腹部から鮮血が溢れていく。私は考える間もなく馬を降りて駈け出した。


 懐から応急処置の道具を取りだす。


「ディラン、少し我慢してください!」


 断ってから、怪我をした箇所の服を破る。消毒液を噴射し、清潔な布で傷を抑えた。そのままきつく包帯を巻く。


「レジーヌ……ありがとう。俺は、大丈夫だ」


 かなり痛いはずなのに、ディランは無表情だった。しかし顔色が悪い。


「大丈夫だ。レジーヌは持ち場に戻れ。まだ……パレードは続く。気を抜くな」


 そう言い残して、ふらりと立ちあがる。そして特務騎士達が集まる火災が起きた建物の付近へ歩いて行った。



「やっぱすごい男だな、あいつは」


 ロセウム様は素直に賞賛し、その他の護衛騎士達もディランの姿に感嘆のため息を吐いた。


 本当に大丈夫なのか胸が苦しくなる。でも、私には私の仕事がある。彼を追い掛けることは許されない。そのままパレードは進行し、無事に神殿での儀式を終えた。

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