第19話 第二王子・婚約の儀

 王家の儀式の際は、警備の騎士は後方へと下がり、主役となる国王、王妃、王太子、王太子妃、そして国王の第四妃の前はガラ空きの状態になる。


 儀式の参加者は帯剣は許されない。だが、収納魔術で剣を仕舞われていては警備兵が事前にチェックをしていても、武器の所有を防ぐことはできない。


 ディランは第二王子の婚約者に大股三歩で辿りつける距離に陣取った。王妃様の護衛であるロセウム様と私もディランの後方に控えている。


 内務大臣、宰相なども脇に控え、緊迫した面持ちだ。


 この警備位置は宰相から変更の申し出があったものを、国王が退けた。国王は敵だ、とディランは言った。第一王子は国王の実子だ。実の子を標的とした暗殺を黙認するとは、どういう心境なのだろう……。


「第二王子・オクタヴィオ殿下、ならびにパンディオ伯爵令嬢・ナディア様、お入りくださいませ」


 儀式を進行する国王秘書官の一声で、二人が入場してくる。ナディア嬢は赤髪に褐色の肌の健康的な美しい女性だった。


 二人は国王と王太子の前に跪く。ナディア嬢は左利きだという。ディランはナディア嬢の左腕に注視している。


 ナディア嬢から王太子まで、普通に歩いて三歩の距離。ディランとナディア嬢よりも近距離だ。


「国王陛下、王妃殿下、ならびに王太子殿下、王太子妃殿下にこのような場を設けていただき、大変嬉しく存じます」


 第二王子が口上を述べる。


「ナディア・パンディオと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」


 ナディア嬢は甘く艶やかな声だった。本当にこの人が刺客なのか……そんな風にも感じてしまう。


「よく来てくれた、ナディア嬢。私は貴女を歓迎しよう」


 国王が両手を広げ、歓迎の意を示す。その時だった。第四妃がナディア嬢と王太子の間に何かを投げつけた。その瞬間爆発し、それが煙玉だとわかる。


 第四妃の腕が動いた瞬間、ディランが跳躍した。


「兄上! 下がれ!」


 ナディアもすでに大剣を手に持ち、王太子に襲いかかる。それを剣でディランが受け止め、阻止する。


「女性の身で大剣か。見事な一振りだ」


 ディランが二本の剣で大剣を薙ぎ払い、勢いでナディアが後方に押される。


「みんな手を出すな。俺の獲物だ」


 血走った目で、ディランが警備兵を見渡したその時。第四妃の悲鳴が響いた。


「ナディア、これでもまだやるのか?」


 そこには王太子の剣に貫かれた第二王子・オクタヴィオの姿があった。


「お前達の神輿は俺が殺した」


 場の空気が凍る。まさか王太子自らが第二王子を斬るとは想定していなかったのだ。


「いやぁぁぁぁッ!」


 第四妃が息子に覆いかぶさり泣き喚く。国王も立ちあがり、真っ青な顔で王太子を見た。


「父上、本当の黒幕は貴方ですよね? 貴方は私……というよりは古くから仕える内務大臣……現宰相のファルエム公爵と対立していた。ファルエム公爵が推す私と言う駒を排除することによって、ファルエム公爵を政界から追放し、その領地をエクスフ族の人間に下げ渡そうとしていた」


 宰相が厳しい表情で国王を見る。国王は力が抜けたように王座に腰掛ける。


「父上、貴方の座る椅子はそこじゃありません。今日限りで引退していただきます。ナディア、もうお前達の野望は潰えた。大人しく剣を置け」


 静かに言う王太子だが、ナディアは剣を構えたまま下ろさない。


「以前の刺客――サーフェスも言っただろ。王太子はついでだ。本当の獲物は氷柱の死神、お前だッ!」


 ナディアはディランの首元に狙いを定め、強烈な突きを入れる。ディランは跳び退って避けたものの、避け切れずに左肩を抉る。大量の血が床に流れる。


「ディラン……!」


 私が駆け寄ろうとすると、ディランは腕で制止した。


「トドメだ……ッ!」


 ナディアが跳躍して大剣を振りかぶった。ディランはナディアの首を目がけて一直線に右腕で剣を突いた。


「見事だ、ナディア」


 そう言って首を串刺しにした剣を離し、ディランは床に膝をついた。ナディアは絶命していた。



「ディラン怪我は!?」


 ディランに駆け寄って、消毒をしようと試みるも傷が深い。


「ディラン、大丈夫か」


 王太子もディランに近付き、声をかけた。


「……王太子殿下自ら、手を汚すこともなかったのに」


 ディランは真っ青な顔で王太子を睨んだ。


「お前じゃ、オクタヴィオを斬ることはできないだろう」


 そう言うと、王太子は私に薬箱を渡した。


「傷口を縫うことはできるか?」


 治療行為は騎士学校の初期に習った。実際に縫うのは初めてだったけれど、やってみるしかない。


「できます」


 そう答えて別室へディランを運ぶことにした。

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