第7話 俺達は同志だ

 王宮入りをすると、ハリエット殿下はまず国王、王妃と対面をし、その後に旦那様となる第一王子殿下と顔合わせをする。


 すべて初対面の人達だ。ハリエット殿下は緊張でガタガタと震えていた。


 護衛騎士達は謁見の間までは入れない。どうか無事に終わりますように……! 心の中でうまくいくように祈りを捧げた。


「心配か?」


 ロセウム様が私の肩に手を置いた。その瞬間、バシンッとロセウム様の手が払われた。


「随分と馴れ馴れしい上官だな」


 無表情でロセウム様を見上げる少年准将がそこにいた。いつの間に現れたのだろうか。王宮入りするときに別れたはずなのに。


 ロセウム様は乱暴に手を払われて、こめかみをひくひくとさせている。


「……ディラン准将閣下。私は貴方の直属の配下ではありません。無礼が過ぎるのではないですか?」


 普通はファミリーネームに階級を付けて呼ぶものだが、ディランのファミリーネームは王家と同じ。マルテル帝国軍内では、ファーストネームであるディラン准将と呼ばれているらしい。


 ロセウム様もそれに倣ってディランを「ディラン准将」と呼んだ。


「確かにお前……貴殿は俺の配下ではない。ただし、女性に対し、馴れ馴れしい行動を咎めるくらいしてもいいだろう」


 ガラス玉のような大きな瞳を爛々とさせて、ロセウム様を見つめている。これは怒っているのだろうか。感情が読めなさすぎる。


「お言葉ですが、閣下。閣下は昨晩、私の部下を食事に誘いましたね? それは馴れ馴れしい行動ではないのでしょうか」


 ロセウム様はやや感情を抑えつつも、敵意の籠った目で少年を睨んだ。


「俺はレジーヌを好きになってしまった。好きになった女性を食事に誘って何が悪い。男として当然の行動だ」


「はぁ? お前……いや、閣下。レジーヌは私の友人の妹です。友人から変な男に騙されないように頼まれているのです。お前みたいな……あ、閣下のような変なガキ……」


「無理して閣下と呼ばなくていい。お前と呼ぶことを許可しよう」


 言いづらそうなロセウム様に、ディランは慈悲深い? お許しを与えた。


「じゃあお前って呼ぶ。お前みたいに気味が悪い変なガキに、レジーヌをやるわけにはいかないんだ! 大体生意気なんだよ。うちの国じゃ、ガキに准将なんて階級与えないんだよ! 女を口説くのも100年早いわ」


「確かに俺は無表情で気味が悪いと言われるが、実績があって准将の階級をもらっている。それに100年後には俺は棺に入っている。レジーヌが同じ棺に入ってくれるなら口説けるが……。さては貴殿もレジーヌに惚れているな。恋仇の登場に難癖をつけているのだ。そして俺も貴殿を恋仇と認定した。さきほどのような行動をしたらすかさず妨害する。覚悟するんだな」


 淡々と宣戦布告をして、ディランは私の手を取った。


「貴殿も付いてこい。俺と貴殿はレジーヌを巡っては敵ではあるが、政治的には同志だ。引き合わせたい人物が何人かいる」


 そう言って、第一王子の邸宅の方へ私達を連れていった。



◇◆◇



 第一王子邸宅内で待っていたのは、執事、庭師、そして侍女だった。執事の頬には傷があり、庭師の腕は傷だらけ。そして侍女はキュッとした目が印象的な巨乳美少女だった。


「こいつらは元殺し屋で、俺の同志だ」


 無表情でそう語るディランに、ロセウム様が顔を引き攣らせている。


「殺し屋を第一王子のお屋敷に忍び込ませて、どういうつもりなんだ?」


 当然の疑問をロセウム様がぶつけると、ディランがフンと鼻をならした。これはドヤ顔をしているのだろうか。まったく感情が見えない。


「餅は餅屋というだろう。第一王子は常に暗殺者に狙われている」


 ディランは第一王子と第二王子の立ち位置から語り始めた。


 これは昨晩聞いた話とも関連するが、第一王子はミラウス王国出身の王妃が産んだ子、第二王子は宰相を勤めるサヴォイア公爵の妹である、第四妃が産んだ子だ。


 宰相閣下は自分の甥である、第二王子を王位に就けるべく暗躍をしている。食事に毒が混じることもしばしばあり、夜陰に紛れて暗殺者が入りこむことも珍しくない。そして国王はそれを傍観している。


 王妃は自身の子である第一王子を守るべく手を尽くしているが、そこにディランも手を貸している。


「俺は派閥で言えば第一王子派の人間なんだ。第一王子殿下の口添えで准将にしてもらったからな。第一王子妃の護衛騎士団長である貴殿もまた、第一王子派だ。つまり同志だ」


 ディランは強引にロセウム様の手を掴み、握手をした。


「…………知らない間に政争に巻き込まれてしまった感があるな」


 ロセウム様は苦々しくそう呟いた。


「レジーヌもまた、同志だ。俺と貴女は愛のみではなく、志でも強く繋がっている」


 ディランは私の手を両手で掴んだ。相変わらず無表情だが、目が爛々と輝いている。


「あの、閣下。愛では繋がっていないのですが……」


 やや押されぎみながらそう反論するも、黙殺されてしまう。そんな様子を見た侍女がクスクスと笑っていた。


 そんなドロドロな争いのある王家だとわかっていたら、こんな政略結婚……なんて言っても、マルテル帝国とミラルス王国の関係性を考えると、ミラルス王国が断れるわけない。


 王妃も王太子妃の候補として、できるだけ味方になってくれる人物を考え、実家であるミラルス王国に打診をしたのだろう。


 ハリエット殿下の護衛としてここに来た以上、避けられない運命だったと諦めるほかない。


 執事はモーリス、庭師はリュック、そして侍女はエマと名乗った。エマはなぜか私を面白がるような目で見ている。


 そこに豪奢な衣装を着た美しい女性が通りかかった。

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