第17話 同じ穴の狢


 卒業試験から一夜経ち、来須は窓から差し込む陽の光で目を覚ました。

 重いまぶたを持ち上げると、最初に見えたのは真っ白な天井だった。

 同時に、全身に痛みが走った。特に頭部を刺激する激痛は、一気に来須の脳を覚醒させる。

 体を起こし、おもむろに辺りを見渡した。その場所は学園の医務室だった。

 そして思い出す、試験の後でここに運び込まれたことを。玄野呉人と戦い、敗北したことを。


「くそ……まだ痛むな」


 痛みがあるのは、聖灰の棍棒で殴られた箇所だった。戦闘時はアドレナリンが放出されていたため、あまり痛みを感じなかったようだ。普通に前頭部にかけて損傷している。


「あら、起きたのね」


 声のする方へ視線を向けると、入り口に真純が立っていた。その隣には、学長と保健医の姿もある。


「気分はどうかな?」

「あんたの顔を見た際で最悪だよ。だけど、このくらいの痛みなら大したことはねぇ、単なる打撲だ」

「それなら良かった」

「俺のことはいい、それよりも街の被害はどうなんだ?」

「最悪だよ。突然現れたクネヒトの強襲によって、子供たちが何人も攫われてしまった。幸いなことに、君以外の生徒で怪我人はいなかったが、私が用意した魔法使いのほとんどが倒されてしまった。今は、ここよりも待遇のいい医療機関で治療を受けているよ」

「連中がどこへ逃げたのかはわからなかったのか?」

「ああ、例のクランプスという魔獣を放たれてしまい、奴らを追うことができなかったよ。君の魔法なら何とかなったかもしれないが、相手が玄野呉人ではそれも叶わなかったな」

「私と来須の二人がかりでも勝てないなんて、正直予想外よ。狭い室内で、あんたの魔法が最大限まで活かせなかったのが大きかったかもしれないわね」


 対人戦にある程度自信があったがために、呉人の魔法や魔道具の強さを改めて痛感させられる。

 仮に来須にとって有利な屋外戦であれば、状況は多少なりとも変わったかもしれない。


「さて、こうしちゃいられねぇな」


 来須は頭に巻かれた包帯を無理やり剥がした。髪の毛で隠れていて傷は見えないが、血は既に止まっていた。保健医が慌てて、代わりの包帯を巻こうとする。


「いらねぇよ。今すぐにでも子供たちを助けに行かなきゃならねぇんだ、こんなところで寝てられるか」

「奴らの居場所もわからないのに、どうやって助けに行くというのだね。例の保育園を襲ったクネヒトに関しては連中も把握している。普通に考えて、彼の知らないアジトを利用するだろう。そうなれば、あの男の証言はあてにならない。まあ、それも都合よく吐かせられればの話だがな」

「躊躇している余裕が俺たちにあるのか?拷問してでも、知っていることを全部吐かせるべきだろ!」

「残念ながら、この学園に拷問のスペシャリストなどはいない。それにそんな何日もかかりかねない手段を、君が待っていられるとは到底思えないが」


 虚を突かれた想いだった。来須の性格なら、一日ももたないだろう。


「俺じゃなくても、普通に焦るっての」

「間違いない、それは私も同じだ。だが、闇雲に動いたところで時間の無駄なのだよ」

「そんなの、俺だってわかってる!」


 来須は感情を高ぶらせ、声を張り上げた。


「元気そうじゃない。それだけ声出せるなら、別に心配することでもないか」


 真純が呆れてため息をつく。


「来須、ちょっとじっとしてて」


 突然、真純が神妙な面持ちで、来須の肩に手をかけた。


「あ? 急に何を……」


 瞬間。来須の頬に、真純の平手打ちが叩き込まれた。

 学長も保健医も、目を丸くしている。


「いってぇ、おいクソアマ! 何すんだよ!」

「うるさいわよ、このロリコン! それはこっちのセリフよ! 何であんた、私のこと助けたりしたの!」

「はぁ?」


 真純の言っていることが、いまいち頭の中に入ってこなかった。


「近くまで来てた、立会人の先生から聞いたのよ。瓦礫の下敷きになりそうだった私を、あんたが寸前で助けたって……」

「それが……なに?」

「なにじゃないわよ……あんただって、死ぬかもしれなかったのよ? なのに……何でロリコンのくせに、私のことなんて助けたのよ。置いて……逃げればよかったじゃない」


 目頭を熱くさせ、真純が震えながら声を絞り出した。

 彼女らしくなかった。普段は淡々としていて、抑揚のない口調で質問を繰り返す。そんな真純が、珍しく感情的になり、己を素を露わにしていた。それは溺愛する自身のトナカイにすら見せたことがない、嘘偽りない姿。


「もしかして……怒ってる?」

「当たり前でしょっ! もう少しで、二人とも死んでたかもしれないのよ! それなのに、それなのにあんたは……私なんか構って、敵の背中だって見失って。ほんと、何やってんのよ。私なんか放って置いて、ミラーナちゃんを助けに行くべきだったでしょっ!」


 真純は素の感情を吐き出し終わると、悔しそうに目を逸らした。その目尻には、僅かに反射する光が見えた。


「はぁ……なんだ、そんなことかよ。お前、本当に面倒くせぇな……」


 来須は小さく息を吐くと、呆れたように目を細めた。


「お前が死んだら、お前からのプレゼントを待ってる子供たちが悲しむじゃねぇか。俺はな、この身がどうなろうとも、子供たちを悲しませるようなことはしねぇんだよ。それこそ、死んでもな」

「私のためじゃなくて……子供たちの……ため?」

「当たり前だろ。誰がお前みたいな面倒くせぇ女のために、わざわざ命投げ出すんだよ。自惚れんじゃねぇ、クソアマが」


 酷い言葉の羅列だ。涙ぐむ女の子を前に、男子が言っていいことじゃない。しかし何故だろうか、言われた方はショックを受けるどころか、表情が次第に明るくなっていった。


「俺もお前も、くたばるわけにはいかねぇんだよ。子供たちがプレゼント待ってる以上、絶対にな。だから今度は、あんなヘマすんじゃねぇぞ」

「うるさいわね。言われなくても、もう負けたりしないわよ」

「ふっ、それでこそ真純だ。もっとふてぶてしく、図々しく行こうぜ」

「ったく、本当にあんたって、バカでロリコンね。これで私のためとかだったら、キモすぎて殴り殺してたところよ」

「ばぁか、んなことあるわけねぇだろ。誰がお前みたいなケモナー変態クソだる女のために動くかよ」

「はいはい、わかったわよロリコン」

「ロリコン言うな、クソアマ」


 互いに罵声を言い合う二人の顔は、妙に楽しそうだった。


「おいおい……なんか楽しそうだな。お前ら」

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