第19話 未来への活路
教会、地下。
大きな十字架の前で、玄野呉人は祈りを捧げていた。
聖夜につけていた不気味は仮面は外され、その整った容姿が露わになっている。加えてかけているメガネが、その誠実さの表れている風貌をさらに引き立てていた。
目を閉じ、両手を結んで膝をつき、息も荒くすることなく静寂している。
ここはクネヒトが拠点としているアジトの一つであり、教会としての役割も兼ねている。
学園島の教会の地下という、まさに灯台もと暗し。月が綺麗ですね、でお馴染みの小説家も大絶賛する位置付けだ。
地上の教会とほぼ同じ大きさの空間に、八つほどの長椅子が並べられ、椅子の上には子供たちが寝かせられていた。
「また一人、子供たちを現実から救うことができた。だがまだだ、まだ足りない。今まさにこうしている間にも、子供たちは苦しんでいる」
祈りを終えると、呉人は昨夜攫ってきた子供たちに目を向けた。
「もう君たちが現実に殺されることはない。これでいいんだ、これが子供たちの幸せなんだ」
そう己に言い聞かせる、まるで自己暗示のように。
その時だった、祈りの最中は立ち入りを禁じているにも関わらず、背後から人の気配を感じたのだ。
訝しげに、呉人は振り向いた。彼は己の目に映った光景に、驚きを隠せなかった。
なんとそこには、澄ました顔で佇む昨夜の少年の姿があったからだ。
「よぉ、てめぇがお祈りとはまた滑稽だな」
「な、何故……君がここにいる?」
「ふん、昨日ぶりだな。あのふざけた仮面がなくても、てめぇが誰なのかってことはよくわかるぜ」
その意外な人物に面食らい、呉人は一瞬だけ固まってしまう。
「不思議なのか? それとも、理由が知りたいのか?」
「訊きかたを変えよう。どうやってここまで来た? そもそも、何故君がこの場所を知っているんだ?」
「そんなのはもうどうでもいいだろ、来ちまったもんはしょうがねぇ。それをいちいち追求したところで、無意味だと思わねぇか?」
「ふっ、たしかにな。過程などもはやどうでもよかった。しかし君は性懲りもなく、昨日の今日で子供たちを助けに来たのかい?」
「当然だろ、勝ち逃げは許さねぇからな」
「しかし本当に、よくここまでたどり着いたものだ。この地下教会には、私の仲間が何人も待機していたはずだが」
「悪いな、俺はスライムと戦わずに魔王まで直行するタイプなんだよ」
「へぇ、余裕がないなぁ。でも知ってるだろ?ロープレでエンカウントを避けてばかりいるプレイヤーは、実力不足で魔王には勝てないことくらい」
「さぁて、それはどうだろうな?この広い空間じゃ、この間みたいには行かないぜ?」
教会に見立てられた空間というだけあって、縦幅は中々に広い。昨夜の子供部屋とはわけが違う。
いくら灰を使ってあらゆる武器を作り上げることのできる呉人でも、広い空間を飛び回る小さな的を狙うのは容易ではない。
ホームグラウンドまでとはいかないが、地の利があるのは来須のほうである。
「なら試してみようじゃないか」
呉人が手をかざすと、服の中から大量の黒い粉塵、聖灰が漏れ出した。それらは断頭台に備えられているような巨大なギロチンへとその姿を変化させていく。
「ものがでかけりゃ俺を捉えられるとでも?」
「ふっ、そういうことさ」
聖灰でできたギロチンが、何の前触れも予兆もなく、来須目掛けて襲いかかった。それはまるで、上、下、左右、四方八方に断頭台が取り付けられているかのようだった。
来須は空中を蹴り上げ、己の最大の武器である脚力を活かしてかわしていく。
普通の刃と違い、避けても変形によって攻撃方向が一瞬にして変わってしまう。それらはまさに誘導ミサイルのごとく、執拗に来須を追い回す。
「おいおい、どうしたんだ? 逃げてるだけじゃ私には勝てないぞ。まあ、反撃しろと言われても無理な話か」
スピードこそ敵わないが、聖灰の刃は来須を追尾し続けている。呉人はその動きをコントロールし、決して距離を縮ませよう工夫していたのだ。
最も避けたいのは、そのスピードで懐に入られることである。灰で防御することも可能だが、もしも間に合わなければ呉人とてただでは済まない。
空中での移動を可能にするほどの力だ、もろに受ければ致命傷になる。
慎重に来須との距離を十分に取り、自分は安全なところから攻撃する。地の利が来須に傾いているのであれば、己も最大限にこの空間を利用する必要があったのだ。
たしかに自由に飛び回ることが可能な空間ではあるが、故に距離を取られると中々詰められない。
来須は今すぐにでも呉人の懐に潜り込みたかったが、それが最も危険だとわかっている呉人は決してその隙を与えない。
まるでそれは城に攻め込む弾丸と防壁だった。必死に防壁を突破しようとするミサイルを、防壁に配備された兵士が必死に撃ち落とそうとしている。
地下教会が壊れてもおかしくない重い一撃が、何度も壁や天井へと放たれる。来須が攻撃を避ける度に、地鳴りのようなものが響き渡っていた。
「この教会は壊したくないのでね、早く死んでくれないか?」
「死ねって言われて、はいわかりましたって殺されるバカがいるかよ!」
「ふふ、ごもっともで」
空間を揺るがすほどの斬撃が飛び交い、その度に土煙が舞い上がる。次第に煙は立ち込め、二人の視界が狭くなっていく。
「単調だな。そんな攻撃、俺はとっくに見切ってんだよ!」
やがて攻撃に慣れてきた来須は、段々と彼人との距離を縮めていた。
「そうか、なら少し工夫を加えてみようじゃないか」
その瞬間、呉人は刃を形成していた灰を己の方に引き寄せた。自然と刃は小さくなったが、その分だけ呉人の周りを灰が包みこむ。それは次第に網状に変化し、まるでジャングルジムを彷彿とさせるような巨大な灰のオブジェが出来上がった。
呉人はその中へと入り込むと、オブジェを回転させながら、少しずつ大きく引き伸ばしていった。そのまま来須をも飲み込もうとしたが、瞬時に危険と判断して距離を取る。まさにこれはネズミ捕りそのものだった。一度入れば最後、敗北を意味する。
「どうした? いくら距離を取っても、このオブジェは常に膨張し続けるぞ。そうなればお前が飲み込まれるのは時間の問題だ」
「て、てめぇ……卑怯な手使いやがって」
来須がジャングルジムの中に入った瞬間、呉人は即座に縮小させるつもりなのだ。己が灰を操作できる呉人のみ、縮小された灰の檻から逃れることができる。
来須のスピードがあっても、入り組んだジャングルジムからは容易に抜け出ることはできない。入り口は無限にあれど、脱出ルートの確保が非常に難しい。まさにジャングルジムの本質を利用した罠だった。
「ちっ、本当にチートだなぁ。見ててイライラしてくるぜ、魔道具ってやつはよぉ」
「そうだろう。でなければ私も手は出さなかったよ。しかし呆気ないな、もうお前になす術はない。このジャングルジムに入れば、お前は確実に負ける。このまま広げ続けていれば、それも時間が解決してくれるしな」
高速移動を得意とする来須には、最も厄介な技だった。呉人と距離を詰めようにも、彼はジャングルジムの中心から動く気はない。
結局、来須には何もできなかった。このまま、巨大化していくジャングルジムに食われてしまう。交わす手段すら存在していない。ゲームなどで例えるなら、詰みの状態である。来須は今からまさに、チェックと宣言されているに等しかった。
「待っても向かっても、結果は変わらないか。なら僅かな可能性ってやつにかけてやるよ。そもそも縮小して俺を捕まえられるかどうかなんて、やってみなくちゃわからねぇからなぁ」
「都合のいい解釈だな。まさか、このジャングルジムから脱出できるとでも?」
「だから、それはまだわからねぇってことだ。別にオートで縮小できるわけでもねぇ、あくまでてめぇの力だ。人間ってのは、ロボットにはなれねぇからなぁ」
勝敗を分けるのは判断の差だった。もしも来須のスピードが勝れば、檻からの脱出は可能になる。絶対ではない限り、その可能性に賭ける価値は十分にあった。
それらは運の要素も強かっただろう。常に動き続けるジャングルジムの中から、ぶつからずに抜け出るルートがあるかもしれない。そんな僅かな希望、願い。だが待って同じ結果なら、進んで活路を開く。それは来須の性格も影響していたが、特別せっかちというわけでなくても、多くの人間は進む方を選ぶだろう。最良かどうかは、後から考えればいい。
「まさか、攻めてくるのか? ふっ、愚かな」
「愚かかどうかは、てめぇの目で確かめろ!」
来須はジャングルジムの一番上から、重力に任せて侵入する。もしこのまま縮小されても、すぐさま上や左右に避難できるよう、あえて魔法は使わない。
ちょうど真下には、来須を見上げる呉人の姿があった。
「これでチェックメイトだ」
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