第10話 クネヒト・ループレヒト

 

 程なくして、魔獣を倒した功労者である来須が真純たちの元へと合流する。


「ちょっと来須、注意を引くって話じゃなかったの?」

「はは、悪い。あまりにも野郎がトロくてよ、見てるだけで不快だったから、つい黙らせちまった」


 来須は妙にやってやったぜ感を出していた。


「何その言い方、変態が言うとくさいセリフがより一層キモく聞こえるわね。まあいいわ、あんまり無茶してほしくないけど、結果的には良かったから。この黒服を倒したところで、あの化け物の進撃は止まらなかったみたいだし」

「んだよ、ならやっぱ倒して良かったのか。結果オーライだな」


 真純にねちねち叱られずにすむとわかり、安堵の表情を浮かべる来須。彼女の機嫌次第では、どうして勝手なことをしたのか朝まで問い詰められる最悪な未来まであった。


「お前たちのような子供に、クランプスがやられるなど」

「……クランプス?」


 聞き覚えのない名前を耳にし、来須は頭の上に疑問符を浮かべた。


「あの化け物の名前だそうよ。この男が熱心に信心してるなんちゃらさんのペットらしいわ」

「クネヒト・ループレヒト様だ! よく覚えておけ小娘!」


 男は声を荒げ、真純を睨め付けた。


「私に命令しないで。ていうか、その名前を覚えて何かいいことでもあるの? あと私は小娘じゃなくて、ちゃんと明石真純って名前があるのだけれど。あなたが強制してくるなら、私も名前を覚えるよう強制してもいいのよね? ていうか、そもそもどうしてフルネームで毎回呼ぶの? 言いにくくないの? そういうルールなの?」


 真純の必殺質問攻めが始まった。来須は両手を合わせながら、二人から距離を取る。この状態となった真純には、あまり関わらない方が得策である。

 一度経験すると、もはや拷問ですら可愛く見えてくる。

 熱狂な狂信者と見られる黒服の男も、その精神を少しずつ削られていった。


「クリスマスの日を境に起きている子供の誘拐事件、もしかしてあなたの仕業?」


 来須も同じことを考えていた。保育園という場所を狙い、聖ミラウス学園の制服、つまりサンタクロースの服装と酷似した格好をしていることなど、怪しいと思う点はいくつもあった。


「ふ、ふふ、ふふふふ……だったら何だと言うんだ?仮に俺の仕業だとして、それを知ってどうする?」

「計画的に子供たちを攫っているのなら、私はそれを全力で止める。子供を守り、夢を与えるのがサンタクロースだもの」

「その通りだな、真純。俺も同じ意見だ」


 すると黒服の男が突然、体を小刻みに震わせた。


「なんだ、気でも狂ったか?」

「あまりにも馬鹿らしくて、思わず笑ってしまったんだよ」

「はぁ? そりゃどういう意味だ?」

「そのままだよ。お気楽というか、ドリーマーというか、お前たちは何もわかっていない。そんなことでは、この世界の子供たちを救うことなどできない」


 男は粘ついた笑みを浮かべ、口の端から汚いよだれを垂らした。


「やはり我が父の思想こそ、この世の理想だ。クネヒト・ループレヒト様は、薄汚れた世界に苦しむ子供たちを救う救世主だ。夢も現実も与えない、本当の救い、それこそが我が父のお考えなのだ」

「夢も現実も与えない……だと?」

「そうだ。そのために子供たちを攫う、歪んだ社会に毒される前に、俺たちが救う。これが真の正義だ!」


 誇らしげに、男は語った。本当にそれが、心の底から正しいと、まるで疑っていない。


「ダメだ、こいつ。完全に洗脳されてやがる」

来須は若干、男の言動に引いていた。

「洗脳じゃない! 本当に我が父は、子供たちを救うことができるんだ! お前たちのように、ただ子供に夢を与えるなどという漠然とした理想論など語らない! 我が父は全てが正しい!」


 ギラギラした目で、男は声を張り上げた。

 もはや何も言っても無駄だ。そもそも、この男は話を聞いてはくれない。


「で、誰なんだよそのクネヒト・ループレヒトって。本名じゃないだろうに」

「真の名かどうかなど、俺たちには関係ない」

「つまりは知らないってことだな」


 男はわかりやすく目を逸らした。


「ていうか、さっきから俺たちって言ってるけど、あなたには他にも仲間がいるの?」


 その問いかけで、場に一気に緊張感が漂う。答え次第では、事件の全貌に大きく関わることだからだ。

 だが、二人とも大方の予想はできていた。クネヒト・ループレヒトを信仰しているとなれば、それは一人とは考えにくい。複数人による一つの宗教団体のようなものがすぐに思いつく。


「俺と同じように、我が父の思想を受け継ぐ者は大勢いる。お前たち魔法使いは、俺たちのことをクネヒトと呼んでいるが、特に名乗ったことなどはない」

「クネヒトって……そのまんまだな」

「まあでも、崇拝している人がそのまま呼び名になることはよくあることだしね」


 その時、来須は気付いてしまった。会話の中に混じっている違和感に。


「ちょっと待てっ! 呼んでるってことは、お前らのことを俺たちは認知しているのか?」

「……あっ!」


 真純も、思わず声を漏らした。


「当然だ。俺たちとお前たち聖ミラウス学園の因縁は、今に始まったことではない。一年前から、何度も対峙している」

「そ、そんな……一年前だと……」

「一年前ってことは……事件が起きてすぐじゃない!」


 衝撃的な事実の露呈に、二人は動揺を見せた。


「どうやら、お前には話してもらわないとならないことが山ほどあるようだ。一緒に学園まで来てもらうぞ」

「はぁ? 何を言っているんだ、貴様らは。俺はまだ負けていない。クランプスがやられたからといって、俺がお前たちに屈服する理由は何一つないのだからなぁ!」


 男は来須たちから距離を取ろうと、おぼつかない足取りで後ろへ下がる。口では強がっているが、その足は僅かながらに震えていた。


「やめとけ。俺はともかく、てめぇが真純に勝てるわけねぇだろ。まあ、見たところ武器は持ってないようだが、真純が人間相手に負ける道理はほとんどない」

「この男の魔法は袋の魔獣を行使するものよ。多分、あの力で子供たちを誘拐してたんだわ」

「なるほどな。なら、なおさら相性が悪いらしいな。よくそれでまだ強がりが言えたもんだ」


 ある意味、それだけクネヒト・ループレヒトという者に執着しているためとも言える。


「黙れ! まだ俺は負けていない! 俺は我が父から寵愛を受けし使徒だ! その俺が、お前たちのような子供に負けて、おめおめと引き下がれるものかっ!」


 男は雄叫びを上げ、来須たちに激昂するが、それは敗北を認めない愚かな行為にしか見えなかった。

 袋の魔法を使っても、真純を捕らえることは不可能。そのうえ、来須のスピードと飛行能力の前ではそもそも無力なのだ。加えて肉弾戦に特化してるとも言える来須には、空手の状態で立ち向かっていい相手ではない。


 もはや闘うことは愚行と言えるほどに、魔法の相性が悪かったのだ。


「はぁ、面倒くさい」


 瞬間。ため息混じりに放たれた真純の掌底打ちによって、黒服は数メートル後方へと吹っ飛んだ。


「こうした方が手っ取り早いでしょ」

「ははは……容赦ねぇなぁ、お前……」


 白目をむいた状態で地面にのびている男を見ながら、来須は苦笑いをした。

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