第4話 学園の闇

 

 合同試験に関して、来須は担当教員に異議を申し立てに向かった。

 彼女は、校内でもその面倒臭さで有名だ。話せば班を変えてくれるかもしれない、そう期待した。

 職員室は一階にある。来須が階段を降りていると、途中で最も会いたくない人物に遭遇する。


「あら来須、どうしたの? あなたも職員室に何か用でも?」

「真純、なんでお前まで……」


 ポーカーフェイスを忘れ、わかりやすく顔を歪ませる。


「何よその言い方、それにその顔……何か不満でもあるの?」


 真純の前では、このような態度は最も危険だ。何か彼女に疑念を持たれることがあれば、永遠と質問攻めが始まってしまう。


「別に……単純な疑問だよ。答えなくないならいいけど……」

「そんなことないけど。まあ、あんたにならいっか。ほら、さっきの先生の態度、明らかに何か隠してたでしょ? この学校が一年間、何も掴めてないとは考えられないもの」


 それは最もらしい言い分だった。聖ミラウス学園は職種こそマイナーなサンタクロースだが、魔法科のある高校の中ではその歴史も古く、実力のある魔法使いが多い。

 もし本格的に動いていたのだとしたら、それなりに事件の全貌を掴めているはずだ。


「今から学園長に直接話を聞いてくるわ。絶対に何か隠してる」

「学園長なら、なおさら話してくれないんじゃないか?」

「そうかもしれないけど、何も知らない教師から話を聞くのは時間の無駄だもの。確実に何か知っているであろう人物は言うまでもなく学園長でしょ」

「まあ……たしかに……」


 真純が何を言いたいのか、わからないわけではなかった。だが、そうであったとしても学園長の口は堅いだろう。


「そうだ、ついでだし来須も一緒に来てよ。一人より二人の方が話を聞き出しやすいと思わない?」

「嫌だ。どうしてこの俺が付き合わなきゃならない。俺だって暇じゃないんだ」

「ふぅん、なら何か用があって職員室に来たのね……」

「何でもいいだろ、それは……」

「ダメ、気になる。教えて」


 面倒くせぇ、と思わず口に出してしまうところだった。


 真純は好奇心の権化だ、一度疑問を口にした場合、彼女の中で納得のいく答えが出るまで質問を繰り返す。

 相手が教師のような目上の立場でない限り、決して引くことはない。


 他人の内情に土足で踏み込む図太い精神は、もはや感服するレベルである。

 嘘をつくのは容易いが、後々に辻褄を合わせる必要があるうえ、もし真純が納得しなかった場合の対処がいま以上に面倒くさい。


 来須が黙ったまま頭を悩ませていると、真純はぐいぐいと距離を詰めてきた。

 無自覚だが、この女のパーソナルスペースは異常なほど狭い。一般的に男性より女性の方が狭いとされているが、その比ではない。


「わかったよ、学長室まで付き合ってやるから詮索するな。俺の話なんて後ででいいだろ」

「それもそうね、なら行きましょう。すぐに」


 真純と同じ班で試験を受けたくないということがバレるより、学園長のところまで付き合った方がよっぽど楽だと判断した。


 学長室は職員室の隣にある。軽く二、三回ノックするが、中から返事はない。

 二人は「失礼します」と言いながら、ゆっくり扉を開けた。

 中には誰もいなかった。普段なら、暇を持て余している学園長がいるのだが、ちょうど留守の時間だったらしい。


「残念だったな、また時間を改めてからにしようぜ」

「何言ってるの、むしろ好都合じゃない」

「は? 何でだよ」

「今のうちにどこかに隠れて、学園長の話を盗み聞きするのよ。私がさっき先生に事件のことを訊いたから、きっと学園長に報告するはず」

「やめとけ。ここはただの学校じゃねーんだ、すぐにバレる」

「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない」

「お前も諦めが悪いなぁ……」


 来須は呆れてため息をついた。


「おい二人とも、そこで何をしている」


 瞬間。背後から野太い声が響いた。

 振り向くと、学年主任が目を細めてこちらを睨みつけていた。


「学園長は今は不在だ。何か物音がすると思えば、何をやってるんだまったく。てかお前ら三年だろう、大事な試験の前だというのに」

「す、すみません、すぐ教室に戻ります」


 来須は軽く頭を下げ、学長室を出て行こうとする。しかし真純は学年主任に向き直り、まっすぐ目を見て詰め寄った。


「例の子供の誘拐事件について、学園が知っていることを教えてください! 私たちは卒業試験を控えています、当然ながら知る権利があります。違いますか?」


「お、おい……もういいだろ!」


「良くない! 来須だって、本当は知りたいんでしょ?」

「そ、それは……」


 知りたくないと言えば嘘になる。だが、仮にここで訊ねたところで、素直に教えてもらえるとも限らない。

 生徒に隠していることとなれば、当然軽いことではないはずだ。その真実を知る覚悟が、自分にあるとも思えなかった。


「お前はたしか、明石だったな。知りたくなる気持ちもわかるが、学園は本当に何も知らないんだ。教えたくても、そもそも教えられない。それでも納得できないのであれば、それ相応のものを用意しろ。話はそれからだ」


 そう言われ、さすがの真純も返答に困り、言葉を詰まらせた。

 疑うなら、それに足りるだけの証拠を持って来い。筋の通った言い分である。


 今の真純は、単に学園側が知らないわけはないだろうという憶測だけで行動している。当然、それだけでは見合うはずもない。


「言いたいことがわからないわけではない。だが本当に我々も事件の詳細を掴めずにいる。そこだけは理解してほしい」

「でも、それはそちらも同じですよね。この学園が築いてきた栄光や歴史がある限り、それも通らないはずです。それだけ、この学園は信用されています」


 逆を言えば、学園側が何も知らないということもまた証明できない。屁理屈だが、最もな言い分である。


「なるほどな、たしかにそうだ。私たちでも対応に追われる事件、そんなものがこの世にあっていいはずはない。だがな、現実はそう簡単じゃないんだ。わからないものはわからない。今の私からそうとしか言えない」

「つまり今じゃなければ、全てを話すこともできる。ということですか?」

「そうじゃない。変に深読みするな」


 もはや悪魔の証明のようになってきた。何かお互いに物証があれば話は別だが。


「もう授業が始まる。早く教室に戻りなさい」

「まだ話は終わってません!」

「私はもう終わった」


 冷たく返され、二人は廊下に放り出された。

 真純は軽く舌を鳴らしながら、渋々教室へと向かった。

 その見た目も相まって、素行の悪い不良少女のようだった。


「ねぇ、あんたはどう思う? やっぱり、何か隠してない?」

「ああ、正直な話……そんな感じはしたな」


 学年主任は、まるでロボットのように決まった言葉しか吐いてこなかった。どうも発言を操作されている気がしてならない。

 もし誰かにこうやって聞かれたら、こうやって返せ。そんなやり取りや決め事は容易に想像できる。


 学園側は、何か探られれば都合の悪いことがあるのかもしれない。

 その時だった。来須の頭に電流が走った。


「待てよ、よく考えれてみたらこの事件おかしいぞ……」

「え、急にどうしたの?」


 突然の独り言に、真純が哀れんだ瞳を向ける。


「クリスマスに子供を何人も誘拐するなんて、普通の魔法使いにもできるはずない」

「あっ!」


 事件の異様さから、もし犯人がいればその裏で魔法使いが関わっているだろうということは想像に難しくなかった。だからこそ、真純は学園側が何か知っているのではと疑っていたのだ。


 だが、事件がクリスマスに起こったことを踏まえると、魔法使いは二種類に分けることができる。

 それは一般的な属性魔法を使える戦闘に特化したタイプの魔法使いか、来須たちのようにサンタクロースを志す魔法使いである。


 普通、特に妙なこだわりがなければ、一般的な魔法使いは自然の力を司る属性魔法を習う。ただ聖ミラウス学園の生徒に限っては、その枠に入らない。


 クリスマスでの仕事を円滑に進める魔法や、サンタクロースとして求められる力を有している者がほとんどである。


 つまり、その魔法があればクリスマスに子供を攫うことも難しくない、ということになる。


「まさか、誘拐犯はこの学園の関係者……ってことなのか?」

「それなら辻褄が合うわね。学園側は、その失態を揉み消そうと、独自に動いている。だから私たちにも話しせないんだわ」

「いや、それだけじゃない。もしかしたらこの学園全体が、この事件に大きく関わってるってこともありえる」


 途端に、規模の大きい事件に首を突っ込んでしまったことを後悔する。


「話は聞かせてもらったぜ」


 背後からした声がしたと同時に、二人は後ろから誰かに肩を抱かれる。

 見ると、それはクラスメイトの礼二だった。


「お前……話聞いてたのかよ」

「ああ、全部聞いてたぜ。なんたってお前らの後ろで聞き耳立ててたから」

「そういうことに魔法を使うな」

「まあまあ、細かいことは気にするなって」


 笑って誤魔化すが、来須は半分くらい呆れていた。


「にしてもやけにきな臭い話してるなぁ、お前ら」

「他言するなよ。俺たち三人だって、潔白ってわけじゃない」

「はは、間違いないな。アニメなんかだと、実は主人公と仲の良い普通の生徒の中に、実は悪の組織と繋がる裏切り者やスパイがいたりするもんだ」

「これはフィクションじゃない、現実だ。妄想を持ち込むな」

「わかってるよ、冗談だって」


 しかし、一概にもそれは否定し難いものであった。簡単には冗談で片付けられない。 

 実際、生徒たちの持つ魔法は、悪用すれば子供を攫うことなど難しくないものばかりだ。

 聖夜の仕事を生業とする以上、それは仕方のないことではある。


「どうあれ、もう下手なことはできないわね。変に探りを入れたら闇討ちされちゃうかもしれないし」


 あの真純が大人しくしていると自分から言い出すほどに、事態は良くない方へと傾いていた。踏み込めば、今度は自分たちが神隠しにあってしまうかもしれない。


 本来は信頼できるはずの学園が、途端に疑心暗鬼の空間へと変わってしまった。

 嫌な不安を抱えながら、来須たちは数日後の定期試験へと挑むことになってしまった。

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