第3話 サンタと魔法


「ねぇ、あれどう思う? 私、全然納得してないんだけど」

「だろうな、そうだと思ったよ。どうせすぐにイライラして、俺のところまで愚痴りに来るだろうってこともわかった」

「愚痴じゃないし、ただ私の主張を理解してくれる奴のところに来ただけよ」

「気持ちはわかるよ……はいはい、情報伏せられてて不安だよな……わかるわかる」


 来須はこれ以上ないほど適当にあしらおうとする。

 何故か真純は来須に対して、妙な信頼を寄せている。他に話す相手がいないだけだが、事情を知らない者たちにより、校内では変な噂まで立っている。 


「あっ! やっぱわかる? だよねぇ、来須ならそう言ってくれると思ったー!」


 そうこの女、細かい割には単純なのである。相手が話を濁したりすり替えようとした時は異常なほど粘着するが、相手が共感の意思を示すと気持ち悪いくらい簡単に受け入れる。


 変に言い返したり、別の意見を述べたりするのは逆に危険なのだ。

 とどのつまり、真純は自分の中で納得の言っている答えが出るまで質問を続けるような人間だ。相手が同等な立場であれば、話を途中で終わらせることなどできない。その際は、最悪の場合会話から抜け出せなくなってしまう。


 来須は、この聖ミラウス学園での三年間で、彼女の性格を把握している。そのため、扱い方が他の生徒や教師より長けていた。


「ったくさぁ、曖昧な情報は話せないって、いったいどこの秘密結社だって話よ。私たちには知る権利があるんだから!」

「ああ、そうだな、その通りだ」


 棒読みだが、真純は特に気にしない。脳内で勝手に、来須の口調を都合の良いものへと変換しているからだ。

 その光景がなんだかぎこちなく、隣で礼二が微妙な笑みを浮かべている。


「学園側はきっと何かに気づいている。でもそれを隠してるんだわ、間違いない」

「おー、それはすごい。きっと余程重要な何かなんだろうなー」


 適当に話にのってみせる来須。だが、思わぬところからその話に食いつく者もいた。


「もしかしたら、学園が裏で事件を操っているとか。少年漫画だと、こういうのは大抵大きな組織が絡んでいる。当然、うちの学校もその一つだな」


 二次元脳の礼二がさらに話をややこしくする。段々と話が遠回りな方へとシフトするため、来須は若干苛立ちを覚えた。表情こそ柔らかいものの、足はしきりに貧乏揺りをしている。


「つうかお前、もうすぐ授業始まるんだから席戻れよ」

「ちょっと、何よその言い方。私のこと、邪険にしてるみたいじゃない」


 みたいではなく、来須は本当に鬱陶しく感じている。だが、本音を言えば面倒なことになるため、決してストレートには言ったりしない。少しだけ濁す。


「俺は無駄なことが嫌いなんだ、それは知ってるだろ。授業の予習、前回の復習、事前の準備を手早く済ませるのは基本だ。お互いに損をしている」


 真純は妙なことに細かいが、それは己の真面目さ故であるため、勉学を理由にすれば大抵の場合は納得する。


「たしかに少し時間をかけすぎたわね。それじゃあ、私も授業の準備に戻るわ」

「おー、そうしてくれ」


 面倒な相手が消え、やっと空気が落ち着いた。あともう少し拘束が長ければ、我慢の限界を迎えていたかもしれない。


 ただ一方的に話を聞かされ、これ以上無駄な時間を過ごすのは耐えられなかった。話がまともにできる相手ならまだしも、真純は納得したり了承したりしない限り、永遠に質問を繰り返してくる。


 疑問をすぐ口にすることを悪いとは言わないが、己の中で思考を固定し、相手に都合の良い意見を求めることには感心できない。彼女と話していて良い気分がしないのは、そういった性格の問題である。


 席が窓際と廊下側入り口とで距離があることが幸いしている。もし席まで近所だったら、より面倒なことになっていただろう。授業中以外、もはや安息はない。


「お前も大変だな、来須。あの質問女の相手は疲れるだろう」


 椅子を揺らしながら、礼二が哀れむような視線を向けて言った。


「ふん、そう思うなら代わってくれよ」

「悪いな、それだけは勘弁だ」

「ったく、朝から本当についてないぜ」


 来須は景気の悪いため息をこぼした。


「幼馴染は大変だねぇ」

「少し違う。実家が近所なだけだ、付き合いはお前らと然程変わらない」

「あー、そういやそうだっけ。えーっと、たしか入学試験の時に初めて顔合わせたとか前に言ってたな」

「そうだ。俺は十五年間、あいつとは何の関わりもなかった。だが、入学試験では不運なことに隣同士で、まさかの帰り道が一緒という謎の現象が起きてしまったんだ。それ以来、あいつときたら俺にばかり絡んできやがる」


 過去のことを思い出すだけで、来須は額に青筋を立てる。その表情や顔色から、あまり良い思い出ではないことが伝わってくる。


「ははは、別に謎でも何でもねーとは思うけどな。まあ、身近に中々いるもんじゃねぇから仕方ねーよ、魔法に精通してる人間ってのは」

「そうだけど、入学するまでの間は大変だったんだぜ、あの質問攻めが俺にだけ集中するんだからよ」

「いやぁ、それに関してはさすがとしか言えないぜ。てかあんな目立つ女、近所じゃ有名になってもおかしくねーだろ。なんでずっと知らなかったんだ?」

「どうやら中学に入学すると同時に引っ越して来たらしい」

「んじゃ、普通は中学とか一緒になるんじゃねーのか?」

「あいつ女子中だったんだとよ」

「なるほど、それじゃあ知らなくてもおかしくねーわけか」

「想像してみろよ、あの女が初めて魔法について質問できる同年代だぜ、苦労のほどを悟ってくれ」

「最悪だな、マジで。しかもそれが入学してからさらに三年間続くという絶望、俺なら耐えられないね」


 苦笑いを浮かべる礼二。普通に生活してても、魔法というものとはあまり関わることがない。真純でなくとも、最初は必然的に質問が多くなる。それに真純の性格を加えれば、嫌なイメージが自然と湧いてくる。


「だろう? だからそれに耐えた俺を讃えろ」


 礼二は本気で感服した。それだけ、真純の面倒臭さとというものを知っているからだ。


「しかし、俺は少し甘かったよ。ここに入学すれば、あいつも友達とか作って自然と俺から離れると思ってたんだが、まさか三年間ぼっちとは」

「あの質問女とまともに話せるのは、学園広しといえどお前だけだ。己の不幸を恨むんだな」


 認めたくはなかったが、来須本人にも多少の自覚はあった。


「はぁ……三日後の試験が不安でならないよ」

「あれか、保育園で行われるクリスマス会、たしかお前ら二人がペアなんだっけ」

「そうだ。男女一組とはいえ、最悪のやつと当たってしまった」

「もはや運命だな。俺は当たり障りなくて良かったよ、試験は楽に切り抜けたいしな」


 聖ミラウス学園では、クリスマス当日に故郷の子供たちにプレゼントを無事に届ける卒業試験が行われる。

 その他にも、クリスマス前に行われる学芸会やお遊戯会にサンタクロース役で出席し、子供たちを盛り上げるという内容の定期試験にも挑まなくてはならない。


 この試験では、ランダムで魔法を認知している保育園や小学校に、男女のペアでプレゼントを渡しに行く。その際に、サンタクロースとして魔法が適切に使えているかの審査が入る。

 もし不十分であれば、卒業試験を前に大学になってしまう。


 来須のペアはくじ引きの結果で真純に決定している。

 子供の前で下手なことをしないか、不安が膨らむ一方だ。

 道連れにされないことを祈るばかりである。


「場所はもう決まったのか?」

「ああ、こっちは運のいいことに、学園島にある保育園だ。移動魔法を頼りにしなくて助かるよ」

「一番やりやすそうだな。まあ、相方がまともならって話だけど」


 嫌味にしか聞こえない。真純は神経質な性格を除けば、顔とスタイルは人並み以上にある。残念美人とは、まさに彼女のことだ。どうせなら全てが人並み程度の相手と、普通に試験を受けて無事に終えたかった。悩みの種である。

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