第2話 児童失踪事件


 スーツを着た男性が教室へと入ってくる。

 男は来須たちを見て、またか、と呆れた顔を浮かべる。

 分厚いメガネに、髪は綺麗な七三分け、その風貌から誰しもが堅物という印象を受ける。そして実際、中身もその通りの人物だ。


「みんな席に着け、ホームルーム始めるぞ」


 言わずもがな、来須たちのクラスの担任教師である。

 クラス内が生徒の赤い制服で褒められているため、教師の着ている灰色のスーツがやけに目立つ。というより不釣り合いだ。

 さながら仮装パーティに参加している若者と、その司会進行のようである。


「知っての通り、来週には卒業試験が待っている。この学園で習ったことを活かし、全力で取り組んでくれ!」


 生徒が声を揃えて、大きな返事をした。


「さて、それじゃあまずは今日のプリントを配るぞ」


 担任が端の列から順にプリントを配布しようとした時、一人の生徒が手を挙げた。


「ん?どうした、明石あかし


 挙手したのはクラスの女子生徒、明石あかし真純ますみだ。

 真純は咳払いをし、真剣な顔で答えた。


「あの、例の失踪事件について、学園はどこまで認知しているんですか?」


 クラス全体がざわめきだす。


「待て、静かにしろ」


 口に人差し指を当て、私語をやめさせる。


「そのことについてだが、実はまだ学園側も完全に把握できていない。曖昧な情報を漏洩ささるわけにはいかないからな、まだ君たちには話せない」

「そうですか、わかりました」


 真純が訊ねた例の失踪事件とは、一年前のクリスマスに起きた子供の失踪事件についてだ。

 最近でも、子供が夜な夜な攫われる事件は多発しており、犯人がいるのかさえも謎に包まれている。


 全ての事件の始まりは、一年前のクリスマスイブの夜である。

 来須たちの卒業試験も、事件の起きた十二月二十四日の夜に行われる。当然、無視できない問題である。


 話が聞けず、真純は少し不服そうだ。

 だが、疑問をそのままにせず、はっきりと口に出して主張するのは彼女の長所だった。普段から、何か問題が起きた時にすぐ質問するのはいつも真純だ。


 気持ちの悪いほどに真面目だが、その見た目は中身の性格とは正反対である。

 派手な金髪、着崩した制服、どちらかというとその風貌は不良少女かギャルだ。しかし、蓋を開けてみれば真逆の性格をしている。来須とはまた違った意味で、色々なことに細かい。


「安心しろ、学園側はちゃんと動いている。だからあまり不安そうな顔をするな」


 と言われても、そう簡単に気持ちが切り替えられるものでもない。

 特にこれは、この学園にとっては本当に大きな問題だからだ。

 それも、生徒たちのリクルートに関わる。

 この聖ミラウス学園は、数多の高校とは根本的に異なる特殊な部分が存在している。


 その一つが、魔法や異能を扱うことができるという点だ。


 個人によって適性の違う、一つの魔法だけを重点的に育成している。

 入学時に適性を審査され、各々の適性に合った魔法を教えられ、授業はそれらを中心に受けていく。


 魔法は個人によって異なるが、特に来須たちの場合、あることに特化した魔法が卒業試験では重要視されている。

 それは、彼らが目指している魔法使いの職業、サンタクロースにとって力を発揮する魔法だ。


 聖ミラウス学園とは、サンタクロースを育成する世界で唯一の魔法学校なのである。

 彼らが来ている赤い制服も、サンタクロースの衣装そのものだ。世間ではクリスマスなどで、同じような格好をする者が多いが、そのようなコスプレとは根本的に違う。あくまでもサンタクロースとしての正装だ。当然、誰も恥ずかしがったりなどしない。


 日本生まれの来須たちは、魔法の適性を持つ数少ない人間だ。

 故郷では魔法は認知されていないが、魔法を使える家系の人間だけは、それらの存在を知っている。来須も、代々魔法を使える一族の元に生まれたのだ。


 そして数ある魔法科のある高校の中から、サンタクロースになるための授業を中心としている聖ミラウス学園を選んでいる。

 そのため、クリスマスイブが始まりとなっている誘拐事件は、彼らには無視できないものなのだ。


「先生、動いているというのは具体的にはどのようにですか? そこのところを今一度詳しくお願いします」


 瞬間。クラス全体が呆れ返る。また始まってしまったのだ、真純の質問攻めが。


「安心しろ……と言われましても、大事なところを伏せられていては安心できません。本当に安心できる内容なのですか?」

「だから言ってるだろ、曖昧な情報は話せないんだ……理解してくれ」

「では私だけに、後で個別に教えてください。曖昧かどうかはそちらの判断にもよりますが、私が曖昧でないと判断できる場合もありますよね?」

「バカ、それは屁理屈だろう。残念だが、お前にだけ特別というわけにはいかない」

「はぁ……わかりました」


 納得のいかない様子だったが、明石は渋々その場は身を引いた。

 来須は、少し嫌な予感がしていた。だがそれは別に、事件についてではない。

 その予感は、ホームルームが終わってすぐに的中した。

 教師が教室を後にし、生徒たちが授業の準備をし始めた瞬間、真純はまっすぐ来須の席へと向かって来た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る