第5話 迎えたクリスマス会


 三日後、定期試験当日。


「遅い!」


 来須は右足を小刻みに揺らしながら、トナカイのロバートと共に校門の前である人物を待っていた。


 集合時刻からまだ五分も経っていないが、十分前行動ができていないだけで、来須にとって苛立ちはピークに達する。 

 集合時刻ピッタリに来ることが、彼の中の最低限クリアラインだ。


「なぁロバート、お前もそう思うだろ?」


 しかし、特に酷い遅刻ではないため、反応に困るロバート。

 この男とももう三年の付き合いになるが、この性格だけは未だに受け入れられていない。

 心なしか、ロバートは呆れ返った表情を浮かべているようにも感じられた。


「あのクソ女、いい加減にしろ!」


 貧乏揺すりの激しさを増しながら、来須は虚空に向かって罵声を吐いた。


「ちょっと……誰がクソ女なわけ?」


 その瞬間、背後から殺気を孕んだ一言が飛んでくる。

 振り返ると、眉間に皺を寄せた真純がこちらを睨みつけていた。


「五分の遅刻だ、猛省しろ」

「たかが五分でしょ。今日の試験について、担当の教員に質問してたら少し時間をロスしてしまったの。本当なら間に合うはずだったんだけど、先生が質問をしてから答えるまでの間を空けすぎちゃったのよ」

「ふん、そんなこと、もっと早く聞いておけばよかったことだろう。つまり、当日に聞いたお前に問題がある」


 苛立ちから、来須は真純に対する適切な対応を怠ってしまう。そして当然、地雷を踏んだ。


「ほぉ、問題……私は当日になってから疑問が生まれたの。それで再度確認を取ったのだから仕方ないでしょ。正確に言えば昨夜だけど、結果として夜遅くに訊ねることはできない。あなたならどう行動したの、問題なく済ませる方法を是非教えてほしいわね」


 まるでマシンガンのように、勢いある言葉の弾丸が乱射される。

 内心、しまったと感じる来須。だが、気づいた時にはもう遅く、真純の面倒臭いスイッチがオンになってしまっていた。


「それと……クソ女とはどういう意味? クソは罵声の一つとして適当に選んだものなの? それとも本来の意味である糞のことを言っているの? 後者だとしたら、いったい私のどこが排泄物にあたるのか聞こうじゃないか」

「だるい! 悪いが、お前とここで話している暇なんかない。いいか、もう五分も遅れているんだぞ。俺が遅刻するなんてありえない、むしろ早く着きたいくらいだ!」


 怒りと鬱陶しさから、来須は思わず声を張り上げる。

 すぐさまソリへと乗り込み、ロバートへ急ぐよう促す。


「ちょっと、待ちなさいよ! まだ話は終わってないんだけど!」

「うるせぇ! 俺はもう終わってる!」


 一蹴し、そのまま無視して保育園へと向かう。

 学園島はその名の通り学園ベースの島となっているため、それほど領域は広くない。気候は寒く、辺りは雪と氷で覆われている。


 来須たちを引いているトナカイは普通のトナカイではなく、この島の環境に合わせて養育されている特別なトナカイだ。故に、人間よりもこの島の環境に適している。


 ソリとトナカイなしでは、移動するのが非常に困難な島だ。

 保育園は、一般の島民が暮らす街中にあり、一応は学園の敷地内に含まれている。


「ねぇ来須、今日の段取りについて確認しておきたいのだけどいいかしら? いいわよね」

「まだ俺は何も答えていない。勝手に了承したことにするな」

「なら了承して」

「わかったよ……で、何だ?」

「クリスマス会の段取りよ、本格的な話は向こうに着いてからになるでしょうけど、パフォーマンスとかは用意しといた方がいいでしょ」

「まあ、そうだな」


 ソリに揺られながら、二人は今日の試験について話し始めた。

 クリスマス会は、ただ単にプレゼントを渡すだけというわけではない。子供たちにより楽しい時間を提供する、一流のサンタクロースとしての力量が問われてくる。

 そこで活躍するのが彼らの持つ魔法だ。


「登場は派手で行きたいわね、子供だってその方が喜ぶし」

「俺らの使える魔法なら、その辺は問題ないだろう。ただ、一番厄介なのは後半になって飽きられることだ」

「たしかに、子供は特に目移りしやすいだろうし」


 あくまでも来須たちが使える魔法は各々一つだけだ。それらを極めているに過ぎないため、多種多様な魔法を要求されるのが一番困る。


「いっそロバートにアクションでも任せてみるか」

「は? いやいや、トナカイには無理でしょ」

「けど、俺ら生徒が向かわされてる保育園は、一応どこも魔法に精通してるだろ。なら、トナカイと意思疎通をすることも可能だ。こいつらだって、いくらでも使い道がある」

「でも、私の大切なジェームズを見世物みたいには扱いたくないわ」


 真純のソリを引くトナカイ、名はジェームズ。

 友達のいない彼女にとって、唯一の親友と言える存在だ。そのためか、それとも元々彼女がそういう性格なのかはわからないが、異常なほど愛情を注がれている。噂では、休日は二十四時間常に一緒らしい。

 親友というより、もはや恋人だ。

 ある意味、彼女の質問攻めを唯一完封できる存在とも言える。


「ジェームズ、今日も素敵よ」

「おい、キモい顔でキモいことを口にするな」

「はぁ? 具体的にキモい顔ってどういうもののことを言うの? あなたの主観であれば、それは単なる感想であって、他人に押し付けていいことじゃないでしょう」


 再び、真純の面倒臭いスイッチが入る。


「はいはい、俺が全面的に悪かったです、ごめんなさい」

「わかればいいのよ」


 今にも怒りの感情がオーバーフローしてしまいそうだったが、来須は自制した。真純とまともに会話することと天秤にかけた結果だ。


「あ、それと一つ思いついたわ、子供たちを決して飽きさせない超凄いパフォーマンスをね」

「ならそれでいこう、内容は着いてからで構わない」

「あら、変に素直ね」

「もう相談してられる時間はないからな」

「うーん、まあたしかに」


 というのは建前で、単に真純の質問攻めを受けたくないだけである。仮にここで彼女の案に口を出した場合や、来須の方から何か別の案を提示した場合、間違いなく彼女から執拗以上に質問攻めをされてしまう。

 それだけは何としても避けたかった。

 そんな彼の本心を、真純が知る由はない。


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