第6話 咆哮


 程なくして、目的地である保育園へとたどり着いた。

 可愛らしい看板に、色鮮やかな装飾。どれも子供の目を惹くものばかりだ。

 入り口の前に立っているだけで、自然と子供たちの声が耳に入って来るように感じられる。そんな雰囲気が漂っていた。


「ここが楽園か」


 来須は無意識に心の声を漏らしていた。


「いや、普通の保育園だから……ロリコンまじ勘弁してよ……」

「黙れ、俺はロリコンじゃない。ただ幼い児童が好きなだけだ」

「うん……それがロリコンだから、自覚して」

「ば、バカな……」

「バカはあんたよ」


 真純にバカと言われるのは、耐え難い屈辱だった。


「まあ、この際そのことについては目を瞑るとしよう。まずはロバートたちをどこに待機させておくかだが」


 来須が視線を一周させると、保育園の職員と思われる人物が顔を出す。

 花の模様が入った、ピンク色のエプロンを身に纏っている。来須たちよりも、少しだけ歳上という感じの印象を受ける女性だ。


「お待ちしておりました。聖ミラウス学園の生徒さんですよね? こちらへどうぞ」

『ありがとうございます』


 二人は声を揃えて言い、軽く頭を下げた。

 声と動作が被ってしまったのが不満なのか、二人は微妙な表情で互いに見合った。

 保育園の職員が、くすくすとこちらを見て笑っている。


「はぁ、最悪……よりによってあんたなんかと、うぅ……ジェームズとなら良かった」

「あ、そう……どうもすみませんね、俺で」


 内心、このケモナーぼっちクソ女が、と罵声を吐き捨てる来須。

 別にどうでもいいことなのだが、この職員に笑われたのが心外だった。

 来須の口からため息がこぼれる。

 園内の廊下を進み、やがて一番奥にある突き当たりの部屋へと案内される。


「今、中で子供たちがお二方を待っています。どうなさいますか? このまま入ってしまうのでも構いませんが」

「いえ、実は色々とパフォーマンスに関して考えておいたんです! だからここは私にお任せください!」


 真純が目を輝かせながら、慎ましやかな胸を張った。


「来須、ちょっと耳貸しなさい」

「はいはい、仰せの通り」


 誰が聞いても明らかに感情のこもってない返事をし、来須は気怠げに頭を低くした。

 真純が小声で耳打ちする。


「あー、なるほど、んじゃとりあえずそれで」

「よし、おっけーね!」


 真純は部屋の壁に手を当て、静かに目を閉じる。すると、彼女の手の平から青白い光が漏れ出した。

 おもむろに、真純は来須の腕を掴む。やがて光が二人の全身を包み、彼女の体は壁の中へと吸い込まれていった。


 これこそ、彼女の持つ適性魔法だ。それは見ての通り『壁抜け』である。

 この力は、鍵のかかった民家に忍び込むサンタクロースにとって、重要なファクターと言える。

 壁の中からの劇的な登場は、子供たちを当然のごとく魅了した。


「あー! サンタだー!」

「本当に来てくれたー!」

「サンタさーん!」


 子供たちが元気よく人差し指を向けながら、高い声を上げる。なんとも微笑ましい光景だ。

 部屋の中には、ざっと数えて三十人ほどの子供たちが待っていた。

 床には人数分の布団が敷かれており、すぐにここがお昼寝に使われている部屋だとわかる。


「良かったねぇ、みんながいい子にしてたからサンタさんが来てくれたよー」


 職員たちが拍手を促す。だが、子供とは無邪気で活気ある存在だ、思わず立ち上がってぴょんぴょん跳ねている。


「こらこら、ダメだよみんな。ほら座って」


 子供たちは注意されても聞く耳を持たない。それだけ興奮しているのだ。


「ふふ、悪くないな」


 来須は顔をニヤつかせ、心の声を漏らす。

 隣にいる真純から、侮蔑のこもった視線が向けられる。


「みんなー、サンタさんがプレゼントを持ってきてくれたよー」

「やったー!」

「焦っちゃダメだよー、順番だからねー」


 今から、保育園側が用意したプレゼントを子供たちに配る。本来なら寝ている時に枕元の靴下に入れるのだが、今回はあくまで保育園のクリスマス会ということで、少し勝手が違う。

 簡単に言えば、サンタクロースから貰うプレゼントではあっても、本当は保育園からのプレゼントに過ぎないということだ。夢のあることだが、妙に現実感がある。

 来須たちがプレゼントを配り始めると、一人の少女がとことこと歩み寄ってきた。


「ねぇ、ちょっといい」


 小さな指で来須の服を掴み、か弱い力で引っ張る。


「ん、なんだい?」


 来須はしゃがみこみ、少女に目線を合わせる。

 長く美しい白金の髪、青白い灰色の瞳、白磁の肌、少女はまるで人形のようだった。


「ミラーナね、サンタさんに会ったら、ずっと聞きたいことがあったの」

「うんうん、何でも言ってごらん」


 にこやかな笑みを浮かべる来須。彼の本性を知っている者からは、その笑みが酷く歪んで気味が悪く見えた。


「どうしてサンタさんは、人のお家に勝手に入っちゃうの? あれ、ほーりつでダメって言われてるんでしょ」

「あー、それはえーっと……」


 非常に答えにくい質問だった。というか、それはサンタクロースに絶対に聞いてはならないことだろうに。子供の夢が完全に崩れる。


「それにさー、なんで夜に来るの?お日様が出てるうちに来るのはダメなの?」


 純粋な問いかけのはずなのに、どこか生々しく感じてしまう。

 無邪気故に、遠慮というものがない。


「サンタさんはね、人に見られちゃいけないってルールがあるんだ。だからね、暗くなってみんなが寝てる時しか来れないんだよ」

「えー、どうして人に見られちゃいけないの?ねぇ、なんでー?」

「うーん、なんて言えばいいんだろう、掟って言ってもわからないか。そういう昔からの決まりごとなんだ、だからちゃんと守らないといけないんだよ。それは法律とかと一緒、ミラーナちゃんの家にもあるでしょ?」

「うん、ある!」

「だからサンタさんも良い子なミラーナちゃんと同じで、ちゃんと言いつけを守ってるんだ。わかったかな?」

「わかった! でも、どうして決まりごとがあるの?」

「偉い人がそう定めたからだよ。ミラーナちゃんの家で言えば、お父さんにあたるかな」

「そういうことなんだね、じゃあサンタさんもお父さんサンタさんの言いつけ守ってるんだ!偉い!」

「あはは、ありがとね」

「ミラーナが、いい子いい子してあげる」

「本当? じゃあ甘えちゃおうかな」


 来須はミラーナに悟られぬよう、腕を組んでこっそりつねった。痛みで理性をコントロールしなければ、過ちを犯してしまうかもしれなかったからだ。

 決して表情には出さず、平静を装った。


「なんか、来須が園児と仲良くしてるの犯罪の香りがするわね」

「おいやめろ! 子供に悪影響だろう」

「いや、あんたの存在がね」


 園児に頭を撫でられて嬉しがる男、ここだけ見ると完全に危ない匂いしかしない。


「来須、あんたもプレゼント配ってよ」

「あー、はいはい、わかったよ」


 来須は不服そうに答える。普段なら、時間と効率を重視して仕事を急ぐのは来須なのだが、園児相手だと時間を湯水のように浪費し始める。 

 実にわかりやすい人間だ。己の欲求に忠実であり、己の都合で物事を進めている。


「サンタさん! ミラーナにもプレゼント!」

「はーい、どうぞー」


 保育園側から貰った小包を、ミラーナへと手渡す。メッセージカードがつけられているため、誰の物かははっきりしている。


「わーい! ありがとうサンタさん!」

「うん、大切にしてね」


 ミラーナは受け取ったプレゼントを抱きしめながら、何故か表情を曇らせた。どこか、困りごとでもあるかのように。


「ん、どうしたの?」

「プレゼントは、すごく嬉しい。けど、怖いことが一つあるの」

「何かな?」

「子供が消えちゃう事件があるって、ニュースでやってたの、サンタさん知ってる?」

「あ、ああ……例の」

「ミラーナ、怖いんだ。次は、ミラーナが消えちゃうんじゃないかって思って」


 少女の手は、僅かに震えていた。


「大丈夫だよ。もし何かあったとしても、絶対にお兄ちゃんが守ってやるさ、約束する」


 来須は手を前にだし、小指を立てた。


「ほら、指切りだよ。お母さんやお父さんに習わなかった?」

「それ知ってる! もしも約束を破ったら、あいあんめいでんのけいでしょ?」

「は、ははは……ず、ずいぶんと面白い冗談を言うお家だねぇ……」


 さすがに笑えなかった。来須は引きつった微妙な表情を浮かべる。

 何も知らないミラーナは、嬉しそうに小指を結んだ。


 その時だった。


 まるで地の底から響いてくるような、地鳴りのような咆哮が轟いた。

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