第16話 決意
来須が無傷で済んだ理由、それは真純の透過魔法によるものだった。
真純は妙に満足げな顔を浮かべる。しかしすぐにその目は鋭くなり、敵意の宿った視線を呉人へと向ける。
「それで、この男がさっき携帯で報告された玄野呉人なの? なーんか、思ってたよりチープね。正直、あんまり黒幕って雰囲気は感じられないなぁ、服も他のクネヒトと同じで新鮮味ないし」
「なんだ、この女は……どうして、私の聖灰が効かない」
「へぇ、これが聖灰なの……どうやら、魔道具も私の魔法には敵わないらしいわね」
真純の透過魔法により、来須も体に纏わりついていた聖灰から抜け出すことができた。真純の魔法は無機物であれば全て擦り抜けることが可能、魔道具もその範囲内にあるらしい。
「ちっ、気味が悪いな。見たところ、物体の干渉を防ぐ魔法といったところか。なんて厄介な魔法を」
「残念だったわね、私たちの相性は最悪みたいよ。ていうか、いくつか質問あるんだけどいいかしら? いいわよね」
「……質問だと?」
わざわざ質問があるなどと口にする真純に、呉人が若干怪訝な顔を浮かべたように感じられた。その真意がよくわからなかった。聞いたところで、答えてもらえる保証などない。
ある意味、腹の底が全く読めなかった。何か他に狙いがあるのか、妙に勘繰ってしまう。
「どうしてリーダーであるあなたがわざわざ現場に? その聖灰は自由自在みたいだけど、使い手に何か制限はあるの? そもそも、なんで仮面で顔を隠しているの?」
「多いな……悪いが、答えてやる義理はない。それに、お前たち二人は今ここで死ぬ。聞くだけ無駄だ」
「それ、私たちのことを殺せないフラグにしか聞こえないのだけれど、もしかしてそういう映画とか好きなの?」
真純は顎を突き出し、見下すように言った。
来須との会話から既に感じられていたが、呉人は怒りの沸点が低い。そのうえ、己を蔑む言葉には特に敏感だ。
初対面の真純に煽られたことで、もろに怒りが露わとなる。
来須とはまた違った意味で短気な人物だ。
「強がるな、半人前の生徒ごとき、私の敵ではない」
「なら、その自慢の魔道具とやらで、私に傷の一つでもつけてみなさいよ。吠えるのはその後にしてくれる」
「ふん、その魔法だって底なしというわけではあるまい」
呉人が聖灰で作り上げた無数の刃を飛ばすが、真純はもちろん、体を接触させている来須にも干渉することはない。
ただただ後ろの壁が切り裂かれるだけである。
「なるほど、きりがないな」
「どうやら完封できそうね。結局、魔道具に頼っているようじゃ私には傷一つつけられないんだから」
真純は余裕を見せて胸を張る。だが、呉人は特に焦ったり動揺したりすることはなかった。何か策があるかのように、澄ました態度を崩さない。
その時、来須は思い出した。学長から聞いていた呉人の魔法を。
「ま、まずい!」
すぐに空気を蹴り上げ、その場から身を引く来須。
真純の腕を掴むも、僅かながらに間に合わなかった。
呉人が薙いだ空間に青白い光が出現し、瞬く間に真純の体を包み込んだ。
それは呉人の持つ睡眠魔法だった。来須があと数秒早く真純を避難させていれば回避できたかもしれなかったが、数秒気づくのが遅れてしまっていた。
光に包まれた真純はやがて意識を失い、その場に倒れ込んだ。単なる魔法による麻酔だが、呉人の魔法は最低でも人を三十分眠らせる。
「ふふ、残念だったな。私の力は、この魔道具だけではない。誰も防ぐことのできない防御不能の睡眠魔法こそ、私の強さなのだ。まあ、お前は気づいていたようだが、少し遅かったな」
「ちっ、サンタクロースとしても有能なうえ、戦闘にも使える魔法とか、学園の元首席は伊達じゃねぇってことか」
どんな姿にも変わる万能な魔道具に、誰であろうとしばらく行動不能にさせる固有魔法、クネヒトを束ねるには十分すぎるスペックだ。
いくら物理攻撃を無効化しても、魔法で眠らされては意味がない。もう、来須たちを守る盾は無くなってしまった。
「さて、これでやっとお前たちを殺せる。その女を抱えた状態では、簡単には逃げられないだろう。まあ、見捨てるというなら話は別だが」
「ふざけんなっ! 誰が見捨てるかよ、俺はてめぇみたいに、なんでもかんでも割り切れる利口なおつむは持ってねぇんだ!」
足を失った者を連れて逃げることは、強靭な肉体を持っていても難しい。特に犯罪者が人質を盾にする場合、歩けない人間ほど人質に適さない者はいない。
同じように、来須が真純をこの場から避難させるには、真純の意識があることが重要になる。
それはたとえ、来須の最速の足があったとしてもだ。
「ほぉ、見捨てないのか。なら、ここで二人まとめて死ぬがいい。恨むなら、誰も救えない己の弱さを恨むんだな」
「なら、こうするまでだ!」
来須は自身の足に最大限の魔力を供給し、周りにある壁を蹴り壊した。
支えを失った建物は瞬く間に崩れ始めた。聖灰で瓦礫から身を守った呉人だったが、咄嗟の防御で二人を見失ってしまう。
半壊した建物を眺めながら、呉人は軽く舌を鳴らした。
「ちっ、面倒なことを。まあいい、本来の目的は子供たち救済だ。もう既にそれは果たしている。深追いすることもないだろう」
すると、呉人のもとに多くのクネヒトが集まってきた。袋の中には、攫ってきた子供たちが入れられていた。
「ふふ、どうやらこの戦い、我らの勝利のようだな。学園側も何かしら対策は取ってきていたようだが、まったく話にならない」
大事そうに抱えたミラーナと共に、呉人はその場を後にする。
しばらくして、砂埃の舞う瓦礫の奥から、ゆっくりと来須たちが姿を現した。
ダメージを最小限に抑えるため、咄嗟に煙突の中へと避難していたのだ。僅かな距離だったおかげで、真純もなんとか助けることができた。
「おい、起きろ真純! くそ、あの野郎の麻酔が効いてやがるのか」
眠らされてしまった真純は、すーすーと寝息を立てている。
「学長、聞こえるか?」
『聞こえている。どうやら、奴らに子供たちを連れ攫われてしまったようだな』
「ああ、やられたよ。何も……できなかった」
『こちらもだ。待機させていた魔法使いも、今回試験に参加した生徒も、ほとんどがクネヒトにやられてしまった』
「それでも、まだ負けたわけじゃねぇ。あいつらから必ず……子供たちを取り返してみせる」
来須の中で、報復の炎が燃え始める。
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