第14話 聖夜の闘い
十二月二十四日。
迎えた卒業試験当日。毎年のように深夜零時になると、赤い制服に身を包んだ生徒たちが校門の前に整列していた。
ほとんどの生徒は何も知らない。まさか今日、クネヒトの襲撃があることなど。当然、夢にも思っていない。
そもそもクネヒトの存在自体、生徒の中で知っているのは来須と真純だけだ。彼ら二人と親しい礼二でさえも、何も話は聞かされていない。
来須と真純は、試験とは別の緊張で顔を歪ませていた。当然、顔色もあまり良くない。
共に試験へと望む礼二が、物珍しそうに二人の顔を覗き込んだ。
突然、目の前に礼二の顔がアップで現れたため、思わず二人は体をビクッと震わせる。
「らしくねぇな、お前ら二人が緊張とか」
「礼二、気配消して顔近づけるなよ、びっくりすんだろうが」
「ははは、悪いな。なんかお前らの顔がやけに深刻だったからよ」
「ったく、無駄なことに魔法を使いやがって」
「ほんとよね、うざいしキモい」
「おい! そこまで言われることでもねぇだろうが!」
二次元オタクの礼二は、わざと大げさなリアクションを取る。それ自体は今に始まったことではないので、二人とも特に気にはしない。
世間では陰キャと呼ばわれることの多いオタクだが、彼の魔法はまさにその言葉を体現したかのような力である。
自身の気配を完全に断ち切り、どれほど高性能やセンサーやカメラでさえも認知することはできなくなる。故に、世界トップクラスの厳重な警備体制のある場所であっても、容易く攻略できてしまうのだ。
サンタクロースにとって、気づかれずにプレゼントを渡すことは何よりも重要である。
三人で軽く談笑していると、壇上に学年主任の教師が上がり、試験開始を伝えた。
各々、プレゼントの袋を教師から受け取り、指定の家へと届ける。この試験は毎年内容が変わらないため、島の住民も今夜彼らが来ることは知っている。
試験内容自体は簡単だが、魔法を駆使して騒ぎを起こすことなくプレゼントを渡さなければならないため、耳で聞く以上にやってみると難しい。
子供たちに姿を見られてしまうことはまだセーフだが、騒ぎを起こしたりした場合、最悪失格となってしまう。
しかし、去年を含めた今までの卒業試験で、失格者が出たことは一度もない。例外があるとすれば、玄野呉人の試験延期くらいである。だが去年だけは勝手が違った。それはクネヒトによる子供の誘拐事件である。この事件の影響で試験は中止となり、別の形で卒業試験が行われることとなった。
そのため、聖夜に子供たちへプレゼントを届ける試験は、二年ぶりのことなのである。
来須が届け先の子供に目を通すと、その名前に覚えがあった。
「あれ、たしかこの子って……」
それを後ろから見ていた真純が呟く。どうやら彼女も、その子の名前を覚えていたらしい。
「この間の保育園にいた子だよね?」
「ああ、まさか俺があの子の担当になるなんてな」
それは保育園での試験の際、来須に話しかけてきた白金の髪を持つ少女、ミラーナだった。
「ふっ、なんだか運命的なものを感じるぜ」
「うわ…….キモっ! 寝込み襲ったりしないでよ」
「失礼な! それじゃまるで俺が変態みたいじゃないか!」
「いや、どう考えてもあんたは変態でしょ」
「ば、バカな……」
誰が見てもアホ丸出しのやり取りだが、内心では真剣だった。
何故なら今夜、クネヒトによる出撃があるかもしれないからだ。自分たちが向かう家が、その標的でないとも限らない。
学長は立会人と称して、生徒たちに教師の護衛をつけているが、それでも安全とは言い切れない。
そのうえ、クネヒトから子供たちを守れるかどうかすらわからない。
学園側の策は単純だった。学園の全戦力を街に配置し、クネヒトが子供を攫いにきたところを迎え撃つ。
街に侵入者感知の結界を張り、学園の関係者や生徒には反発魔法をかけておく。こうすることで、生徒以外の魔法使いが街に侵入した際、すぐにその存在を認知できるようになっている。
全て学園の教師たちによる魔法だ。しかし、何故か連絡は携帯電話で行う。テレパシー系統の魔法を使える者はいなかったらしい。妙なところで現実的だ。
耳につけたイヤホンを通して、学長と連絡を取る。現場に直接出向く来須たちには、不測の事態に対応してもらう必要があった。もし仮に、探知結界をすり抜けられるクネヒトがいた場合に、いち早く報告してもらうためだ。
校門で真純と別れ、来須はソリも使わずに目的地へと向かった。飛行能力を持つ来須は、他の生徒と違ってソリが必要ない。ない方が早く着くからだ。
上空から辺りに注意を向けるが、クネヒトと思われる怪しい人物などは今のところ見当たらなかった。結界にも、侵入者の形跡はない。
しかし、決して油断はできなかった。警戒を怠ったりなどはしない。
程なくして、届け先のミラーナ家に到着した。
「着いたぜ、学長さん」
『ほぉ、早いな。さすがは学園最速の男だ。クネヒトらしき者は近くにいるかい?』
「いや、特には。いつもとあまり変わらない」
ミラーナの家は街の中心地に位置する。来須の近くにも、ソリを引いてプレゼントを届けに来た生徒が何人かいた。だが、今のところは問題なく試験が行われている。
結界に反応がないことからも、クネヒトはいないだろうと予想できた。
来須は若干警戒しつつ、煙突から家の中に入った。
足の裏で空気を蹴り、大きな音を立てることなく着地する。
当然だが、家の中は真っ暗だった。まだ目があまり慣れない。
物音を立てないよう、泥棒なような足取りで部屋の中を徘徊する来須。
女児の家で小児性愛のある男が忍足で歩む光景は、わかっていても何やら犯罪の匂いが漂う。
廊下を通り、ミラーナが寝ていると思われる子供部屋の前へとたどり着いた。
起こさないようゆっくりとドアを開けると、突然部屋の電気がパッと点いた。
だが、来須はスイッチを押していない。ミラーナもベッドの中で寝ており、もちろん点けられるはずがなかった。
来須は、部屋の中にいるもう一人へと目を向けた。
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