第13話 決裂


 聖ミラウス学園、地下室。


 来須と真純は、学長たちに案内されながら、立ち入り禁止である学園の地下室へと足を踏み入れていた。

 中は暗く、一切の光源がない。そのため明かりなしでは歩くことが非常に困難だ。


「あのぉ……いったい私たちはどこに向かっているんですか?」


 我慢できずに、真純が訊ねた。


「黙ってついて来い。質問ならその後いくらでも受け付けてやる」


 学年主任の教師が、ため息混じりに返答する。

 真純は不服そうに唇を尖らせた。


「俺はそれより、その呉人ってやつのことの方が気になるな。事件についてはわかったが、それがどうクネヒトっていう宗教団体が生まれたことに繋がるんだ?」


 地下室の階段を下りながら、学長が話の続きを語り始めた。


「全てはその事件がきっかけなんだよ。子供に夢を与えることを何よりも重んじていた彼は、その虚無感に精神を壊してしまった。子供に夢を与えても、その子供が幸せになるとは限らない。現実が子供たちを不幸にする。次第に彼はそう考えるようになった」


 子供への異常な執着を耳にし、少し来須も思うところがあった。己もまた、呉人同様に子供の幸せを何よりも大切にしている。だが自分の力ではどうにもならない現実、それが彼の心にとどめを刺した。

 来須も僅かながらにその自覚はある。いくら理想を追い求めても、一つの家庭に自分が入れる隙間など一切存在しないことを。


「だから彼は、子供たちから現実を奪う。自分たちで攫った子供たちを管理し、二度と現実と向き合わせなくする。それが彼の目的だ」

「単純な誘拐事件じゃないとは思っていたが、ここまで複雑だったとは」

「それだけ彼が、子供の未来を守りたいと願っているからなんだ。不幸や災厄が降りかかるくらいなら、幸せすらも奪い取る。極端で強引なやり方だ」

「なんかロリコンの最終形態って感じね、あんたも拗らせすぎないように気をつけなさいよ」

「うるせぇっ! 俺をそのバカと同類みたいに言うなっ!」


 呉人は、決して悪意を持って子供たちを攫っていたわけじゃない。クネヒトを組織したのも、全ては子供たちを救うため。己の中に持っていた正義が、歪んでしまった結果なのだ。


「さて、そろそろだな」


 学長が照らす先には、年季の入った大きな扉が見えた。


「えーっと……ここは?」

「ある魔道具を保管していた場所だ」


 たしかに扉には、大きな錠前が取り付けられていた。だがそれは非常に古く、そのうえ施錠はされていなかった。どうやら、既に一度開け放たれた後らしい。

 それだけ大切な魔道具があったということが、その厳重さから見て取れる。


 魔道具とは、魔法使いが己の持つ魔力を行使するための道具だ。魔獣のように、魔道具を作る適正魔法さえ持っていれば、誰であろうと作ることができる。そしてそれは、作った本人以外も力を行使することができ、魔法界でも非常に珍しい魔法とされている。

 そのため普通に生きていれば、魔道具を目にする機会など訪れない。


「私、魔道具って見たことないんですよね。なんだか急に興味が湧いてきました!」


 真純のテンションが変に上がり始めた。

 しかし、学長が扉を開けてすぐに、そのハイテンションは一気に大暴落してしまう。

 保管庫の中には、魔道具などどこにもなかったのだ。


 四方を土の壁で囲っただけの、僅かな小部屋。中央には台座が設置されており、その上に何かが置いてあったような跡が残されていた。


「ここには、聖ミラウス学園が保管している強力な魔道具があった。だが玄野呉人の手によって、持ち出されてしまったんだ。魔道具の名は聖灰せいはい。魔法で自在にコントロールすることのできる特殊な灰だ」

「灰の魔道具ってことですか?」

「そうだ。玄野呉人は我が学園への対抗手段として、魔道具を盗んで行ったのだよ。子供たちを攫い続ければ、いずれは我々と敵対すると踏んでな」


 強力な魔道具を持っていると言われても、あまり想像ができなかった。そもそも、その魔道具について来須たちは何一つ知らない。ただ厳重に保管されていたとはいえ、脅威自体が伝わりにくい。


「その聖灰には、いったいどんな力が?」

「わからない。魔道具は、使い手によってその姿を変える。中には、その真の力すら発揮できない魔法使いでさえいるほどだ」


 全てが謎に包まれた魔道具、わからないというのはある意味、最も恐怖を覚える。


「我々は魔道具の脅威に怯えながらも、彼が率いるクネヒトの集団と戦ってきた。全ては子供たちの未来を守るためだ」

「あの、ちょっといいですか?」


 真純が手を挙げた。


「クネヒトについて私は詳しく知りませんが、世間で騒がれている誘拐事件は彼らの仕業なんですよね?」

「ああ、その通りだ」

「クネヒトは、虐待やネグレクトを受けている子供たちを中心に誘拐しています。これではむしろ、子供たちの未来を守っているのは彼らなんじゃないですか?」

「たしかに、そう言えなくもない。だが、それを肯定するわけにはいかないんだ。我々サンタクロースは子供に夢を与え、未来に送り出すのが仕事、間違っても奪うようなことはしてはならない。ただ子供たちを不幸な家庭から救うことは、真の解決策にはならない。子供はね、決して我々のエゴでどうにかしていいものじゃないんだ」


 クネヒトは子供たちを救っているようで、その本質は軽視に近かった。自分たちの行為が正しいと勝手に勘違いしているだけで、そこに子供の意思はない。

 子供を厳しい現実から救うことは、たしかに大切なことだ。しかし、それはあまりにも極端すぎる。


 人生とは何が起こるかわからない、人によって様々だ。誰もが波瀾万丈であり、結末など誰にもわからない。決して子供に己のエゴを押し付けてはならないのだ。


「この一年、我々はクネヒトと闘い、玄野を追い続けた。だが、まだ奴にはたどり着けずにいる。そのため一計を案じ、危険な賭けを行うことを決めた」

「……危険な賭け?」

「次の卒業試験にて、彼らを迎え撃つ。クリスマスの夜、クネヒトはまた子供を攫うために動き出すはずだ」


 十二月二十四日の夜、それは事件が起きてから丁度一年の日だ。

 玄野呉人は、学園に宣戦布告するかのように、一年前のクリスマスに子供を大量に攫い、今も活動を続けている。


 クリスマスの夜だからといって、必ずクネヒトが事件を起こすと決まったわけではない。しかし、学長たちには何か確信のようなものがあるように思えた。


「あの、どうしてクリスマスの夜なんですか?子供を攫うだけなら、別にいつでもできるじゃないですか。それこそこの間のように、突然保育園を襲ったりすればいい。俺たちがいなければあの日、子供たちはクネヒトに攫われていました」


 学長はわざとらしく目を逸らし、蓄えられている髭を手でいじる。その問いを待っていたかのようだった。


「君の言う通りだ。クネヒトが子供を攫うことにルールなどない。だが、聖夜は彼らにとっても特別だ。彼にとって、クリスマスの日に子供を攫うことこそが、八年前の戒めなんじゃないかと思っている」

「要するに、玄野は八年前のことがトラウマになっていて、クリスマスの日には嫌でも子供たちを救うために動き出す。学長はそう言いたいんですか?」

「ああ、そうだ。ずっと疑問だったからね、何故クネヒトが最初に事件を起こしたのが、一年前のクリスマスだったのか。私はそこに、玄野呉人の想いのようなものを感じたんだ。だからわかる、彼はきっとクリスマスの夜、この島の子供たちを攫いに来るだろうと」

「事件を起こすであろう日だけでなく、場所まで言い切りますか」

「現に、一番最初に失踪事件が起きたのはこの島だ。恐らくだが、彼の時は八年前から止まってしまっている。クリスマスの夜こそ、彼を縛り付ける唯一の日かもしれないんだ」

「け、けれど、確実とは言えません。この島をターゲットと見せかけて、別の場所を狙う恐れだってあります。そもそも、そんな危険なことに俺たち生徒を巻き込むつもりなんですか?敵は魔道具を使うかもしれないんですよ?」


 来須の不満は最もだった。何一つ確実な部分がない、全てが不十分だ。このような穴だらけの計画、考えること自体が愚かしい。


「言い返す言葉が出てこないな、君の意見は正しい。私の計画は、全てが憶測と感情をベースにしたエセプロファイリングだ。だがね、これでも玄野呉人について最もよく知るのは、私じゃないかと自負しているのだよ。彼なら、きっとあの日のことを忘れない。だからこそ、彼を迎え撃つにはクリスマスの夜しかないと思っている」

「学長、あなたにこんなことを言うほど、俺は立派ではありません。だけど、そんなめちゃくちゃな計画に生徒を巻き込むなんて間違っています! 今すぐわかっている情報を公開して、本格的に彼らの行いを牽制すべきです! その方が先じゃないんですか?」


 思わず声を荒げる。まるで真純の性格が移ったようだった、珍しく訊ねてばかりいる。


「残念ながら、私は正義とはほど遠い人間なんだよ。世間に彼の悪事が公開されるより早く、我々が彼を止めなくてはならない。それが学園のケジメさ。本音を言えば、学園の尊厳を守りたい、そんな汚い大人の考えだよ。君はせいぜい、私とは違う答えを導き出すといい」

「ふざけんじゃねぇよ! 学園の尊厳だと? そんなもののためにこの一年、あんたはあいつらた闘ってきたのか? 子供にエゴを押し付けないってのは、単なる建前かよ!」


 さすがの来須も憤慨し、ぷるぷると体を震わせて叫んだ。

 もはや敬語を使うことすらやめ、口調を荒ぶらせる。


「がっかりだぜ、学園のメンツ守るために今まで隠してきたとか、クズ野郎もいいとこだ」

「どうとでも言うがいい、私にだって責任があるんだ。八年前、彼を止めることができなかったのだからね」

「勝手に責任感じてろよ、クソジジイが」

「おい、口が過ぎるぞ!」


 学年主任の教師が来須の肩を掴み、怒声を上げて威圧した。


「先生、あんただって同罪だろ? このジジイの口車に乗って、今まで玄野のこともクネヒトのことも隠してきたんだからな。自分たちでどうにかしようとするから、この一年ずっと子供が攫われてきたんじゃないのか?」

「うっ……そ、それは……」


 痛いところを突かれ、思わずたじろいでしまう。


「ふふ、こればっかりは来須に同意ね。大人たちときたら、話にならないわ。我が身可愛さしか頭にないのかしら」


 真純も呆れて肩をすくめた。


「聖ミラウス学園は歴史ある学園だ、今回の件で世間の評判を落とすわけには行かない。それに、今更もう遅いんだよ。結局のところ、クリスマスの夜に彼らを迎え撃つ以外、玄野を止める方法はないのだからね」

「なら最低限、聖夜には魔法界の上層部から優秀な魔法使いを派遣してもらうべきだろ」

「君がさっき言ったじゃないか。この計画に確実なものは何一つないのだよ。協力などしてくれないさ、それでは単に尊厳を失うだけだ」


 今更、事件の全てを話したところで力など貸してもらえるはずがない。

 聖ミラウス学園が事件を隠蔽しようとしていたとわかれば、それだけで信用は失う。そしてその信用を失った学園の穴の多い計画に、わざわざ協力してくれる者などいない。

 結局のところ、学園側のみでクネヒトを止める以外ないのだ。


「全部あんたのせいじゃねぇか」

「そうだな。だが、こうなってしまったのならばも仕方ない。この結果を受け入れ、我々だけでクネヒトを壊滅させる。もうそれしか残されていないのだよ。少なくとも、次の卒業試験まではね。聖夜に彼らが現れなかったり、取り逃がしてしまえば、嫌でも頼ることにはなるだろうがね。その時が来たら、さすがに腹をくくるよ」

「ちっ……不本意だが、どうにかその結果だけは迎えないようにしねぇとだな。あんたや学園のためじゃなく、未来ある子供たちのために」

「期待しているよ」


 学長は髭を触りながら、今にも殴りたくなるような、憎たらしい笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る