ルシファの剣

◆◆◆



 ―弱いジルなんて、大嫌い…―

 

 ―あたしを助けられないジルになんて、もう用はないわ…―


 ―ジルより、レイクの方が強いし、素敵…―

 

 ―レイク、大好きよ。あたしたち、ずっと幸せに暮らしましょうね…―




 勝ち誇ったレイクの顔


 あざけるようなメドゥーの顔




 ―…バイバイ、ジル。今までありがとう。もう会わない。さよなら…―





◆◆◆





 ジルは悪夢にうなされて飛び起きた。



 夢だとわかっているのに、体中に冷や汗が流れ、涙がとめどもなく溢れてくる。



 ―…勝てなかった…―


 ―…メドゥーを、取り戻せなかった…―




 地下牢から抜け出したジルとアンネは城門付近でスティーブに助けられ、スティーブの愛馬、シュバルツに乗ってジルの家へと戻った。

 スティーブの魔法によって回復されたジルは、すぐに家を飛び出そうとしたが、魔術が使えないようでは戦うのは無理だとさとされ、泣きわめいて部屋に引きこもり、夕方から高熱を出した。


 スティーブとローズは交互に氷嚢ひょうのうを入れ替えてはジルの頭を冷やし、首元と背中を拭いてやった。幼い頃から活発で元気印げんきじるしだったジルが寝込んだのは、3人が暮らした16年間で初めての事だった。

 光の魔法には傷を回復させる力はあるが、病気を治す力はない。

 アンネは横でジルを見守りながら、封じられた魔力が今にも戻りはしないかと何度も繰り返し魔法を唱えてみては、落ち込んでいる。



 ジルは何度も何度も、ベットの脇の赤くなった石壁を殴りつける。スティーブは、震えるジルの背中をそっとさすった。


 「オレは……ちっとも最強じゃなかった…。オレは負けたんだ……。光世界ライトに。レイクに。王の野郎に………。」


 スティーブはジルの涙と鼻水を拭いてやると、神妙な面持ちで切り出した。


 「今のまま城におもむいても、勝ち目はありません。ジルになにかあっては、メドゥーは一生あの城で働かされることになってしまうのですよ。そうならないためにも、まずはしっかりと体を休めて、対策を練りましょう。」


 ジルは額の汗を拭いながら、スティーブの服のすそを引いた。

 「……なぁ、オヤジ。影の魔術は封印された。だったら、オレが光の魔法を練習して、使うことはできないのか?もしくは、アンネが影の魔術を使うとか。もしかしたら、それならいけるんじゃないのか??…オレに、光の魔法を教えてくれ!!」



 「ジルが光の魔法を使いこなせるかどうかは、私にもわかりません。今現在、ジルの周りに見えている色は、影の色である紫と灰です。光の色が放たれるようにならないと、光の魔法を使うのは難しい。」


 「光の…色…???」

 ジルは両手を広げてまじまじと見つめた。


 「…どうしました。」


 「いや、なんか、そういえば…前に赤の闘技場でルシファの剣を触った時、一瞬変な色の光が出たなって…」


 「………!??」


 スティーブはジルの手を取って目を輝かせた。




 「ジル!!!……それです!!!ルシファ様です!!!!ルシファ様の剣!!!あの場所には、ルシファ様の光と影のお力と、奥方様の光のお力が眠っておられます。ジルとアンネの最大の守護神となってくれるのは、ルシファ様に他なりません!!!!赤の闘技場に急ぎましょう!!」


 スティーブはジルになにやら淡い光をかけた。ジルの身体の火照りがみるみるうちに引き、全身が軽くなる。

 

 「……!!!…なんだよ!!治す魔法あるじゃねぇか!!…ったく。最初から使えよな!!!」

 介抱されていたことも忘れて、ジルは生意気な口をたたく。

 

 「……ん?……やっぱり元に戻しましょうか。」

 スティーブは怖い顔をしてジルに手を向ける。


 「いや!待て待て。ごめん。悪かった。助かったよ、ありがとう。」

 慌てて取り繕うジルを見て、スティーブは思わず笑った。

 

 「ですが、本当は、使いたくないのですよ。この魔法。これは病気を治す魔法ではなく、痛みを感じさせないだけの魔法です。大昔、戦などで傷を負った兵士使用するために、魔法庁によって生み出された魔法です。」


 ジルは不思議そうな顔をしてスティーブを見る。

 「ん?兵士じゃないのか?」


 「はい、残念ながら。私は、疫病えきびょうおかされた者たちが苦しみながら死んでいくのを幾度も見てきました。その時、思ったのです。治すことはできなくとも、死の間際だけでも、苦しみから解放させてやることはできないだろうかと。そうして、この魔法を長い時間をかけて習得いたしました。」


 スティーブは切なげに視線を落とした。

 「ジル、私はジルに決して無理をしてほしくはない。けれども、ジルが今どうしたいかは、誰よりも一番よくわかっているつもりです。赤の闘技場で2人がルシファ様とすれば、きっと魔力も戻るし、何かが変わる。それを信じたいのです。」



◆◆◆


 

 ―赤の闘技場―

 


 3人は骸骨の間にいた。



 「…アンネ、オレ、びっくりしたぞ。おまえ、ホント強いんだな。」

 「え?なにがよ。」

 「骸骨がいこつとか、怖くねぇのか??」

 「全然。もっと怖いもの、たくさん見てきたから。」

 アンネはあっけらかんと答えた。


 「さすがはオレの妹。」

 「姉よ。」



 ジルは、普段の嫌味な性格とは裏腹に、骸骨に怯えて泣きながら自分にぴったりと身を寄せてきたメドゥーの姿を思い出し、無事助け出したら、メドゥーを絶対にまたここにと心に決めた。


 

 

 「さぁ、ジル、アンネ。ルシファ様の剣を引き抜くのです。」



 ジルは頭蓋骨に刺さった錆びた剣に向かって、頭を下げ、両手を高く掲げて祈った。

 

 「……ルシファ様。いや、父さん…オレたちに力を貸してくれ……。」


 「これが……私たちの………お父さんの…剣……??」

 アンネは大きな瞳でまじまじと剣に書かれた文字を眺めた。

 


 「アンネ、落ち着いたらいずれアンネにもルシファ様の記憶をお見せしましょう。ですが今は時間がない。レイクと、メドゥーを……早く助けましょう。」


 アンネは驚いてスティーブを見た。

 「………どうしてレイクまで!?レイクはあなたの大事なジルを殺そうとしたのよ!?」


 「アンネはレイクを助けたくはないのですか?」


 「……………………」



 「私が城にいた頃、レイクはとても心の綺麗なお子様でありました。2人の話がにわかに信じられないほどです。どうしてそんな風になってしまったのか、アンネも本当はわかっているでしょう。きっとアンネと同じように、レイクもあの城で、苦しみながら生きてきたのです。アンネ。いつまでも下らぬことに意地を張っていないで、素直になりなさい。」


 「……だけど……」

 アンネはぼそぼそとつぶやいてジルに目をやった。


 ジルはスティーブの表情や、地下牢に作られた秘密の抜け道から平然と脱出するアンネの姿を思い出し、レイクが歩んできたであろういばらの道に思いをせた。


 「なんだ、オレの事気にしてんのか?オレはオレ、おまえはおまえだ。だから、アンネやスティーブがあいつを救うのを止めはしない。けど、オレはあいつが気に入らねぇから、決着はつける。でも別に殺すのが目的じゃあないぜ。オレはあいつに勝てればそれでいい。他は何も気にしねぇよ。」

 

 「……すがすがしいわね。」

 

 戸惑うアンネに、ジルは首をかたむけて『グッジョブ』のポーズを決めた。



 「あ、でも今度こそオレが勝つからさ、アンネはボロボロになったアイツを魔法で回復して、つきっきりで看病してやれよ。それでめでたくゴールインだろ。な?」


 「え~っ……」


 恥ずかしそうに指で髪の毛を巻いているアンネに目をやりながら、ジルはルシファの剣のを握った。



 「ほら、アンネも早くこいよ。」



 剣を掴んだジルの手にアンネが手を重ねると、まばゆい光が辺り一面に広がった。

 次の瞬間、アンネの身体を紫の炎が、ジルの身体を淡い白い光が優しく包んだ。



 「……アンネ!!!でかした!!!影の炎が出てるぞ!!!」


 「ジル……!!ジルも白い光に包まれてる!!!!」 




 「……………!!!…………!!!」

 スティーブは感激のあまり言葉も出せずに口をパクパクしている。



 2人は薔薇の文様もんようが刻まれたそれぞれの右手から魔法と魔術が無事放たれることを確認すると、飛び上がってハイタッチした。



 「「イェーイ!!!!!」」



 ジルはルシファの剣を楽しそうにブンブンと振り回し、アンネはそんなジルを眺めてニコニコしている。



 


 「………ルシファ様……どうかどうか、2人をお導き下さい……」



 手の甲で涙を拭いながら感謝の言葉を紡ぐスティーブには、長い間刺さっていた剣を無事引き抜かれた頭蓋骨が、ほんの一瞬、微笑んだように見えた。



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《明日、朝7:01と夜20:31の2回投稿して完結となります!!ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。どうぞ最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。(●´ω`●)》



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