秘密

 「…ジル様。光の魔法は戦いのために使うものではございません。人を守るために使うものでございます。…興奮するとすぐに戦い、些細なことで元の言葉遣いに戻ってしまう今のジル様のご様子では、光の魔法を覚えて使いこなせるのは当分先のことになるでしょう。」


 ジルは不貞腐ふてくされた。


 「私たちはそれぞれもっている能力スキルが違います。私にはジル様のような戦いのスキルはまるでありませんが、回復の能力スキルであればジル様を超えることができます。ある能力スキルが一定以上にならないと、その属性の魔法や魔術は発動しないのです。」


 「オレは影世界シャドーで一番強い。なのに、この俺に覚えられないものがあるっていうのか?」


 「左様さようでございます。ジル様はこの先さらにもっと強い力を手にすることができます。ですが、強さとは”戦いに勝つ”ことだけではないのです。私はそれをジル様にお伝えしてきたつもりですし、これからもずっとお伝えしていきたいと思っております。今日ジル様は光の聖域で、きっと世界の違いを感じられたことでしょう。」


 「…あぁ。常識が常識でなくなった。」


 「影世界こちら光世界あちらでは価値観も、大切にするものも、物の見方も捉え方も大きく異なります。影世界こちらでは【遊び】の一部である戦いバトルも、光世界あちらでは【暴力】と呼ばれます。このんで戦おうとする光のヒトは、あまりいませんからね。」


 「へっ、つまんねぇ世界。」


 「ジル様はその"つまらない世界"に毎日望遠鏡を向けているのですよ。不思議なものですね。」


 「……確かにそうだな…変だよな。でも、スティーブがたくさん教えてくれた光の聖域あっちの世界には一体なにがあるんだろう、スティーブ以外の光のヒトってどんなだろうって、どうしても気になって仕方ないんだ…」



 ジルとスティーブが長々と語り合っているのを台所の奥で微笑ましく見ていたローズは、火を通してかき混ぜたミネストローネの大鍋に蓋をすると、珍しく自ら後片付けをして寝室へ向かっていった。ドアの閉まる音を聞いたスティーブは、声のトーンを落としてジルに静かに語りかける。


 「ジル様、私はジル様が16歳になったあかつきに、ご案内しようとずっと思っていた場所がございます。小さい時によくお連れした【黒の洞窟】のすぐそばの【赤の闘技場】でございます。」


 「…!??…あそこは立ち入り禁止区域ではなかったのか?昔、黒の洞窟の帰り道に、何度も行きたいといってきたはずだが。」


 「えぇ。もちろん覚えておりますとも。まだ幼かったジル様は闘技場の前に座り込んで駄々をこねておられましたね。ふふっ…」

 スティーブは幼いジルの姿を思い出し、ふと笑いをこぼした。


 「あの頃のジル様をお連れするには、赤の闘技場はあまりにも残酷な場所でした。あそこにはこの世界の真実が封印されております。みな、あの場所には入りたがらず、過去のまわしい歴史を記憶から消し去ろうとされております。ですが、ジル様はもう大人になられました。今のジル様には、光と影の歴史を知ることが必要なのではないか、私はそう思うのです。」


 「…スティーブ…お前は一体何者なんだ…?俺になにか隠しているのか??まぁいい、行こう。赤の闘技場へ。」


 「承知いたしました。では、明日の早朝には出発いたしましょう。今夜は、メドゥーさんとゆっくりお休みください。」

 「え?」

 スティーブはふふっと笑顔になると、ローズの待つ寝室へ入り、ドアを閉めた。


 「お…おい、スティーブ…」


 寝室のベットのほかには毛布は1枚しかない。

 ジルはさっきまで自分を挑発していた生意気な女の、少女のように可愛い寝顔を直視できず、背中合わせになって薄っぺらい毛布にもぐった。



 

 

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